モデル・タレントとして活躍する押切もえさん。若い頃の写真を振り返ると、ティーン誌の読者モデルとして注目された高校時代から、『CanCam』の専属モデルとして人気を集めた時代まで、ファッションやメイクの印象が大きく変化していることがわかります。
1979年12月29日生まれの押切さんは、10代でモデル活動を始め、2001年に『CanCam』の専属モデルに就任。2007年から2016年までは『AneCan』でも活躍しました。2026年10月にもテレビ番組に出演し、モデル時代の経験を振り返っています。高校時代の読者モデル姿、ギャル時代のメイク、「押切巻き」と呼ばれた髪型、そして現在までの歩みを時系列で整理します。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 高校時代:10代半ばから『Popteen』や『egg』などのティーン誌で読者モデルとして活動し、注目を集めた。
- モデル全盛期:2001年に『CanCam』専属モデルとなり、「押切巻き」や「もえカジ」と呼ばれるスタイルでも知られるようになった。
- 2026年現在:モデル業にとどまらず、執筆やテレビ出演など幅広く活動。昔と現在の違いは、年齢だけでなく、時代ごとのメイクや表現方法にも表れている。
【高校時代】押切もえはどんな雰囲気だった?読者モデルとして注目された10代

押切もえさんの昔を知るうえで、まず押さえておきたいのが高校時代の読者モデル活動です。2022年の『週刊女性』のインタビューでは、15歳ごろにティーン誌の読者モデルとして活動を始め、雑誌に出ていた友人の紹介で撮影に参加したと振り返っています。
当時は、現在のようにスマートフォンで簡単に自撮りをしたり、SNSで個人がファッションを発信したりする時代ではありませんでした。ファッション誌に掲載されること自体が、同世代の読者にとって大きな憧れにつながっていた時期です。押切さんも、千葉から東京の撮影スタジオへ通うことに緊張しながら、少しずつ誌面で存在感を高めていきました。
転機となったのは、撮影に来られなかったモデルの代役として、私服ではなく衣装を着て撮影に参加した経験です。その写真が大きく扱われたことで注目度が上がり、当時のティーンから支持される存在になりました。
高校時代の写真では、現在の上品で落ち着いた印象とは異なり、細い眉や日焼けしたような肌、カジュアルなファッションが目を引きます。ただし、押切さん自身は、当時の流行を象徴する「ガングロ」だったというイメージについて、実際とは異なる部分があると説明しています。
本人のインタビューによると、撮影以外では20歳ごろまでファンデーションを塗らないと決めており、撮影時には健康的に見せるために肌を暗く仕上げることもあったそうです。つまり、昔の写真に見られるギャル風の印象は、本人の普段の姿だけでなく、当時の流行や撮影時の演出も反映しているのです。
【Popteen・egg時代】押切もえのギャル系ファッションと人気の背景
押切もえさんの若い頃を語る際に欠かせないのが、『Popteen』や『egg』などのティーン向けファッション誌です。所属事務所のプロフィールや過去の著者インタビューでも、ティーン誌の読者モデルからキャリアをスタートさせたことが紹介されています。
当時の女子高校生にとって、ティーン誌は単に服を紹介する媒体ではありませんでした。ヘアスタイル、眉の形、肌の見せ方、私服の組み合わせなど、学校生活のなかで取り入れられる流行を知るための情報源でもありました。押切さんは、そうした雑誌文化のなかで「スーパー高校生」と呼ばれるほどの注目を集めていきます。
ただし、読者モデルとして人気が出たからといって、その後のキャリアが順調だったわけではありません。『CanCam』の20周年ではなく創刊40周年企画として2022年に掲載された『CanCam.jp』のインタビューでは、専属モデルになる前に仕事がない時期もあったと振り返っています。
また、2019年のラジオ関連インタビューでは、『CanCam』への挑戦について、当初は年齢を理由に難しい反応を受けたものの、後からテスト撮影の機会を得た経緯を語っています。ティーン誌での知名度だけで次のステージに進めたのではなく、新しい媒体の求めるモデル像に合わせて挑戦する必要があったのです。
この時代の押切さんを理解する要点は、単に「昔はギャルだった」という見た目の変化だけではありません。読者モデルとして身につけた流行への感度やポージングの経験が、後の『CanCam』時代の個性につながっていきました。
【押切もえの経歴・年表】2001年のCanCamからAneCan時代まで
押切もえさんの経歴は、ティーン誌の読者モデル、『CanCam』の専属モデル、『AneCan』の専属モデルという流れで整理できます。所属事務所の公式プロフィールと出版社の記録を照らし合わせると、主要な転機は次のとおりです。
| 時期 | 出来事・活動 | 当時のポイント |
|---|---|---|
| 1979年12月29日 | 千葉県に生まれる | 公式プロフィールに記載された生年月日。 |
| 10代半ば・高校時代 | ティーン誌の読者モデルとして活動 | 『Popteen』『egg』などを通じて同世代から注目を集める。 |
| 2001年8月号 | 『CanCam』専属モデルに就任 | きれいめファッションからカジュアルまで幅広く着こなすモデルとして活躍。 |
| 2005年前後 | 「押切巻き」「もえカジ」が話題に | 巻き髪やカジュアルファッションが、本人を象徴するスタイルとして知られる。 |
| 2007年4月号以降 | 『AneCan』専属モデルへ | 『CanCam』から、より大人の女性を意識したファッションへと活動の軸を移す。 |
| 2013年 | 小説『浅き夢見し』を刊行 | モデル以外に執筆活動の幅も広げる。 |
| 2016年11月 | 『AneCan』最終号が発売 | 小学館が同誌の休刊を発表。押切さんも同誌での活動に一区切りをつける。 |
| 2026年10月 | ABEMA『エイジレスボーイズ』に出演 | 若い頃のモデル活動や美容、体型管理について振り返る。 |
『CanCam』の専属モデル期間は、所属事務所の公式プロフィールによると2001年8月号から2007年4月号まで。『AneCan』では2007年4月号から2016年12月号まで専属モデルを務めました。『AneCan』は2007年3月に月刊誌として創刊され、2016年11月7日発売の12月号をもって休刊しています。
『CanCam』時代には、蛯原友里さんや山田優さんらとともに誌面を盛り上げ、ファッション誌を代表するモデルの一人として知られるようになりました。一方で、本人は2022年の『CanCam.jp』のインタビューで、専属モデルになった当初は自分の個性をどう表現するか悩んでいたと話しています。
同誌が「かわいい」「モテ」を重視していた時期に、押切さんは自分に似合う表現を模索し、かっこよさも感じさせるポージングや表情を工夫したといいます。人気モデルとしての地位は、与えられたイメージをそのまま受け入れた結果ではなく、自分の持ち味を見つけて磨いた積み重ねでもありました。
【昔のメイク・髪型】押切巻きともえカジはなぜ人気だった?
押切もえさんの昔の写真を見たとき、特に印象に残るのが、華やかな巻き髪と目元を強調したメイクです。2000年代の『CanCam』時代には、髪にしっかりとカールをつけながら、動きが出るように崩したスタイルが「押切巻き」と呼ばれました。
この名称は、単なるネット上の呼び方ではありません。マンダムが2005年12月に公表したヘアケアブランド「ルシードエル」の広告キャラクター起用に関する資料でも、押切さんの巻いて崩したヘアスタイルが「押切巻き」として紹介されています。同資料は、彼女が着こなすカジュアル系ファッションを「もえカジ」と表現していました。
当時のメイクも、現在のナチュラルな仕上がりを中心とした美容トレンドとは印象が異なります。2020年の『女性自身』のインタビューで、押切さんは『CanCam』時代のメイクについて、アイメイクを含めて濃く、衣装でもデニムやアニマル柄、濃い色を担当することが多かったと振り返っています。
ここで重要なのは、押切さんのメイクやファッションが、当時の雑誌の企画と結びついていたことです。モデルには一人ひとり異なる役割があり、押切さんは華やかさや強さ、カジュアルな格好よさを表現することで、自分らしい立ち位置を築いていきました。
「もえカジ」も同じ視点で理解できます。本人が着用した服をそのまままねるだけでなく、カジュアルなアイテムをどう組み合わせるか、髪型やメイクでどのように印象を整えるかという、トータルコーディネートへの関心が背景にありました。
当時の写真を見返すときは、髪型やメイクだけでなく、服のシルエット、色使い、表情、ポージングも合わせて見ると、押切さんがファッション誌のなかでどのような役割を担っていたのかが理解しやすくなります。
【昔と現在の比較】押切もえの印象はどう変わった?写真を見るポイント
押切もえさんの昔の写真と現在の姿を比べると、若い頃はギャル系や華やかな巻き髪の印象が強く、現在は大人の女性として落ち着いた雰囲気を感じる人もいるでしょう。ただし、写真の印象は年齢だけで決まるものではありません。メイク、照明、撮影角度、髪型、衣装、そして掲載された媒体のコンセプトによっても変わります。
時代ごとの特徴を整理すると、次のようになります。
- 高校時代:ティーン誌の流行を反映した細い眉やカジュアルなファッションが目立つ。撮影時には日焼けしたような肌を演出することもあった。
- CanCam時代:巻き髪や目元を強調したメイク、デニムなどのカジュアルな衣装を取り入れ、華やかさと格好よさを表現。
- AneCan時代:大人の女性を対象にした雑誌で、より成熟した年代のファッションやライフスタイルを提案。
- 2026年現在:モデルとしての経験を土台に、テレビ出演や執筆などにも活動の幅を広げている。
なお、昔と現在で顔立ちが違って見えることを理由に、美容整形などの施術歴を断定するのは適切ではありません。写真だけでは、メイクや撮影条件による違いと、実際の顔立ちの変化を区別できないためです。
押切さんの場合、本人が過去のメイクや衣装の方向性、モデルとして個性を確立するまでの試行錯誤について語っています。見た目の変化を理解するには、根拠のない噂よりも、本人の発言と当時のファッション誌が求めていたスタイルを照らし合わせることが有効です。
また、「昔はガングロだった」というイメージにも注意が必要です。押切さん自身の説明では、撮影以外ではファンデーションを塗らない時期があり、撮影では健康的に見せるために肌の色を調整していました。ギャル文化の時代に活動していたことと、常に極端な日焼けメイクをしていたことは同じではありません。
【2026年最新】押切もえの現在は?モデル時代を振り返った発言にも注目
2026年の押切もえさんは、かつてのファッション誌の専属モデルという枠にとどまらず、テレビ出演や執筆活動などを続けています。所属事務所の公式サイトには、2026年7月の日本テレビ系番組やテレビ東京系番組への出演情報に加え、10月1日のABEMA『エイジレスボーイズ』への出演情報も掲載されています。
この10月の番組では、20代のトップモデル時代に行った体型管理についても話題になりました。ABEMA TIMESの報道によると、押切さんは過去に無理な食事制限を行い、約10kg体重が落ちた際には、ほぼ絶食に近い状態だったと振り返っています。
このエピソードは、昔の写真の華やかさだけでは見えにくい、モデルという仕事の難しさを考える材料になります。ファッション誌で理想の姿を表現する一方、体型へのプレッシャーや、求められるイメージとの向き合い方にも苦労があったということです。過度な食事制限は美しさの手本としてまねるべきものではなく、本人が過去を振り返るなかで語った経験として受け止める必要があります。
また、2026年10月4日付のライブドアニュースが紹介したABEMAの番組内容では、押切さんが自分のキャリアを振り返り、周囲から順調に見られることがあっても、本人の実感は必ずしも同じではなかったと語っています。専属モデルになった当初には、自分を認めない読者の声もあり、ポージングや表現を工夫しながら支持を得る方法を探っていたそうです。
高校時代の読者モデルから『CanCam』の人気モデルへ、さらに『AneCan』を経て現在の幅広い活動へ。押切さんの歩みをたどると、昔と現在の違いは外見だけでなく、仕事の領域や自分の経験を語る立場にも表れていることがわかります。
【押切もえ昔】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:押切もえは高校時代、どの雑誌で読者モデルをしていた? A1:『Popteen』や『egg』などのティーン向けファッション誌で読者モデルとして活動していました。15歳ごろから注目され、同世代の女子高校生に支持される存在となりました。
Q2:押切もえがCanCamの専属モデルになったのは何年? A2:2001年です。所属事務所のプロフィールでは、2001年8月号から2007年4月号まで専属モデルを務めたとされています。
Q3:「押切巻き」とはどんな髪型? A3:髪を巻いたあとに適度に崩し、動きや華やかさを出したヘアスタイルです。2000年代の押切さんを象徴する髪型として知られ、当時の広告資料でも「押切巻き」と紹介されました。
Q4:押切もえは昔、ガングロだった? A4:本人のインタビューによると、当時の流行を取り入れ、撮影で健康的な肌色を演出することはありましたが、普段から極端なガングロメイクをしていたわけではありません。
Q5:押切もえは2026年現在、何をしている? A5:所属事務所の公式情報では、テレビ番組への出演や執筆など多方面で活動しています。2026年10月にはABEMA『エイジレスボーイズ』に出演し、若い頃のモデル活動や美容について振り返りました。
まとめ:【プロの結論】押切もえの昔の写真から見える本当の変化
押切もえさんの昔を振り返ると、高校時代の読者モデルから『CanCam』『AneCan』の専属モデル、そして2026年現在の幅広い活動まで、一貫して自分の表現方法を探してきたことが見えてきます。
「押切巻き」や「もえカジ」が象徴するのは、単に華やかな髪型や服装ではありません。当時の流行を理解しながら、自分に合うポージングやファッションを工夫し、読者に支持される個性を築いてきた歩みです。
昔と現在の印象を比較する際は、写真の見た目だけで人物の変化を判断せず、撮影された年代、メイクの傾向、雑誌のコンセプト、本人の発言を合わせて確認することが大切です。
2026年の活動やインタビューからも伝わるのは、華やかな全盛期の裏側に、仕事への葛藤や試行錯誤があったということ。押切もえさんの昔の写真は、平成のファッション文化を振り返る資料であると同時に、一人のモデルが自分の個性を見つけ、長くキャリアを築いてきた過程を知る手がかりにもなっています。