北海道日本ハムファイターズの監督として10年間チームを率い、2012年のリーグ優勝や2016年の日本一を成し遂げた栗山英樹氏。監督退任後も野球界で重要な役割を担い、2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では侍ジャパンを世界一に導きました。
2026年現在、栗山氏は何をしているのでしょうか。監督を退任した理由、10年間の監督成績、選手の育成に対する考え方、そして後任の新庄剛志監督との違いまで、北海道日本ハムファイターズの公式発表やNPBの年度別成績、NHKアーカイブスの人物資料などをもとに整理します。
この記事の重要ポイントまとめ
- 現在の役職: 2024年1月から北海道日本ハムファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)を務めている。
- 監督時代の実績: 2012~2021年の10シーズンで通算684勝672敗54分。リーグ優勝2回、日本一1回、Aクラス入り5回を記録した。
- 退任の経緯: 2021年シーズン終了をもって監督を退任。その後は侍ジャパンの監督としてWBC優勝を達成し、球団の運営・編成を担う立場に移った。
- 新庄監督との違い: 栗山氏は長期的なチームづくりと選手の能力開花、新庄氏はチームの再建と競争力の向上という観点から比較できる。
【2026年最新】栗山英樹は現在何をしている?日ハムCBOとしての役割
2026年10月現在、栗山英樹氏は北海道日本ハムファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)を務めています。
球団は2023年12月26日、栗山氏が2024年1月1日付でCBOに就任すると発表しました。球団創設50周年の節目を見据え、球団運営とチーム編成の強化を進めるために新設された役職です。
つまり、栗山氏は監督としてベンチから采配を振るう立場ではなく、球団全体の運営やチームづくりを担う立場にあります。
監督退任後も日本ハムとの関係は続いている
栗山氏は2021年に監督を退任した後、2022年から2023年にかけて野球日本代表「侍ジャパン」の監督を務めました。
2023年3月のWBCでは、日本代表を3大会ぶり3度目の世界一に導いています。大谷翔平選手をはじめとする実力者をまとめ上げ、国際舞台で結果を残したことは、栗山氏の指導者としての評価をさらに高める実績となりました。
その後、2024年からは日本ハムのCBOに就任。日本代表監督としての経験も経て、再び球団のチームづくりに携わることになりました。
2025年12月の報道でも、栗山CBOが翌シーズンに向けてチームの優勝を目指す姿勢を語っています。2026年現在も、その活動の中心は日本ハムの球団運営と編成です。
CBOと監督は何が違う?
監督の主な仕事は、試合の采配、選手起用、試合中の戦術判断、現場の指導などです。一方、CBOは球団公式発表によると、球団運営とチーム編成を担う役職です。
選手をどのように獲得するか、どのような戦力構成を目指すか、球団としてどの方向に進むかといった、より長期的な視点が大切です。
栗山氏は監督時代に選手の能力を引き出すことに取り組み、退任後には侍ジャパンで国際大会を経験しました。現在は、こうした経験を球団の運営や編成に生かす立場にいるのです。
【経歴を整理】東京学芸大学からヤクルト、そして日ハム監督へ
栗山英樹氏は1961年4月26日生まれ、東京都出身です。2026年10月現在は65歳。プロ野球選手、野球解説者、大学教員、球団監督、日本代表監督と、複数の立場を経験してきました。
NHKアーカイブスの人物資料によると、栗山氏は東京学芸大学から1984年にヤクルトスワローズへ入団。現役引退後は野球解説者やスポーツキャスターなどを経て、2012年に日本ハムの監督に就任しました。
現役時代は守備力と俊足を生かした外野手
栗山氏は創価高校、東京学芸大学を経て、1983年のドラフト外でヤクルトに入団し、1984年から1990年までプレーしました。
1989年には外野手としてゴールデングラブ賞を受賞。NPB公式の個人成績によると、現役通算成績は494試合出場、336安打、7本塁打、67打点、打率.279です。
1990年に現役を引退した後は、野球解説者やスポーツキャスターとして活動。さらに白鷗大学で教員を務めるなど、競技現場以外でも経験を積みました。
こうした経歴は、監督就任前から野球を技術面だけでなく、選手の成長や組織づくりという観点から考える土台になったと見ることができます。
監督経験がない状態から日本ハムの指揮官に
栗山氏が日本ハムの監督に就任したのは2012年です。就任前にプロ野球の監督経験はありませんでしたが、初年度からパ・リーグ優勝を達成しました。
その後もチームを率い、2016年にはリーグ優勝と日本一を実現。2021年までの10シーズン、同じ球団の指揮を執りました。
日本ハムの歴代監督を振り返るうえでも、栗山氏の10年間は長期政権として際立っています。球団公式発表は、栗山氏が10シーズンで球団歴代最多となる684勝を挙げたとしています。
【監督成績を一覧化】栗山英樹の10年間と5度のAクラス入り
栗山氏の監督時代を評価するには、優勝回数だけでなく、年度別の順位や勝敗を確認する必要があります。
NPBの年度別成績と球団公式の退任発表をもとに、2012年から2021年までの成績を整理しました。
監督通算成績
684勝672敗54分
通算勝率 .504 / 10シーズン
出典:日本野球機構(NPB)年度別成績、北海道日本ハムファイターズの監督退任発表。勝率は公式戦の記録に基づく。
2012年は監督1年目でリーグ優勝
2012年の日本ハムは74勝59敗11分、勝率.556でパ・リーグを制しました。
監督経験のない指揮官が、就任初年度に優勝を達成したことは大きな成果です。栗山氏の評価を語る際、まず挙げられるのがこの初年度の実績です。
2016年は11.5ゲーム差を逆転して日本一
栗山政権を象徴するシーズンが2016年です。日本ハムは87勝53敗3分、勝率.621を記録してリーグ優勝。球団公式発表によると、球団新記録の15連勝を達成し、最大11.5ゲーム差を逆転しました。
さらに日本シリーズでは広島を破り、日本一に輝いています。
この年の実績は、単に強い戦力を保有していたというだけでは説明しきれません。シーズンを通じた選手起用やチームの立て直しを含め、長いペナントレースを戦い抜いた成果として評価できます。
「5度のAクラス入り」はどの年度?
Aクラスとは、通常、リーグ順位が1~3位のチームを指します。栗山政権でAクラス入りを果たしたのは、2012年、2014年、2015年、2016年、2018年の5シーズンです。
一方、残る5シーズンはBクラスでした。10年間の成績は優勝と日本一という華やかな実績だけでなく、成績が伸び悩んだ時期も含めて評価する必要があります。
通算勝率は.504で、勝利数が敗戦数をわずかに上回っています。リーグ優勝2回と日本一1回という実績は大きいものの、毎年安定して上位を維持した政権ではありませんでした。
【なぜ退任した?】栗山監督の退任発表と経緯
北海道日本ハムファイターズは2021年10月16日、栗山監督が同シーズン限りで退任すると公式発表しました。栗山氏はシーズンの全日程終了まで指揮を執り、同年11月1日に退任会見を行っています。
ただし、退任の背景を「成績不振だけ」と説明するのは十分ではありません。10年間という長期政権の節目、直近の成績、本人が抱えていた責任感など、複数の要素を分けて考える必要があります。
理由1:直近のシーズンで優勝争いから遠ざかった
2016年に日本一となった日本ハムは、その後、順位が安定しませんでした。
2017年は5位、2018年は3位、2019年から2021年までは3年連続で5位。特に政権終盤は、優勝争いに継続して加わることが難しい状況でした。
2021年も55勝68敗20分で5位に終わっています。チームの成績を立て直すことは、球団にとって大きな課題でした。
ただし、成績だけを理由として退任を決めたと断定できるわけではありません。球団の退任発表は、10シーズンの指導と育成、これまでの実績を説明していますが、退任理由を単一の要因に限定してはいません。
理由2:10年間の長期政権に区切りをつけた
プロ野球の監督は、成績に対する責任を負う立場です。同じ球団で10年間指揮を執ることは、選手やスタッフの入れ替わり、戦力構成の変化、チームの再建など、多くの課題に向き合うことを意味します。
栗山氏は2012年に監督へ就任してから、2016年の日本一を経験し、その後の低迷期も指揮を続けました。
10年という期間は、単に在任期間が長いというだけでなく、成功と停滞の両方を経験した時間でもあります。2021年の退任は、長期政権を終え、球団が新たな体制へ移る転換点になりました。
退任会見で語った10年間への思い
球団公式サイトが掲載した2021年11月1日の退任会見では、栗山氏は10年間を振り返り、選手やファンに喜んでもらおうと全力で取り組んできたことを語りました。また、振り返れば後悔や悔いも残っているという趣旨の言葉を述べています。
この発言からは、優勝や日本一という実績があっても、本人が10年間のすべてを成功と受け止めていたわけではないことがうかがえます。
退任は監督としてのキャリアの終わりでしたが、野球界から離れることを意味しませんでした。その直後に侍ジャパンの監督へ就任し、2023年にはWBC優勝を達成しています。
【指導と育成を分析】栗山英樹監督の評判と大谷翔平への判断
栗山氏の監督時代を特徴づける要素の一つが、選手の可能性を引き出す姿勢です。成績だけでなく、選手が持つ能力や将来性をどう評価し、チームの戦力へつなげるかという点でも注目されてきました。
大谷翔平の二刀流を支えた監督
栗山氏の指導を語るうえで欠かせないのが大谷翔平選手です。
大谷選手は2013年に日本ハムへ入団し、投手と打者を兼ねる二刀流に取り組みました。投打の両方で高い水準を目指す選択は、一般的な選手育成の枠組みでは簡単に扱えるものではありません。
栗山氏は、二刀流という挑戦を支える立場にありました。野球殿堂博物館の人物紹介でも、大谷選手の投打二刀流への道を拓いた監督として紹介されています。
この事例から読み取れるのは、選手の可能性を既存の役割に当てはめるのではなく、その選手に適した成長の道筋を考える姿勢です。
もちろん、選手本人の努力や能力、球団の育成体制など、成功には複数の要素が関係します。大谷選手の成長を栗山氏一人の功績として扱うのは適切ではありませんが、二刀流を継続するための環境づくりに関わったことは、監督時代の重要な実績です。
若手起用と育成をどう評価するべきか
栗山氏の監督時代には、優勝を目指すことと若手選手を育てることの両立が課題となりました。
短期的な勝利を優先すれば、実績のある選手を中心に起用する判断が増えます。一方、将来のチームを強くするには、若い選手に経験を積ませ、成長の機会を与える必要があります。
両者のバランスをどう取るかは、どの球団にも共通する難題です。
栗山政権では2012年と2016年に優勝を果たす一方、Bクラスに終わったシーズンも5回ありました。したがって、若手を起用したことだけを評価するのではなく、起用によってチームがどれだけ勝利につながる戦力を築けたかという観点も必要です。
栗山監督への評価は、優勝実績と長期的な結果を分けて考える
栗山氏には、選手の可能性を信じる指導や、長期にわたってチームを率いた点を評価する見方があります。一方で、監督としての評価にはシーズンごとの順位も欠かせません。
特に政権終盤は、優勝した2016年と比べて成績が伸び悩みました。10年間という長さを考えると、優勝の記憶だけでなく、戦力の維持や再建にどのような課題があったのかも検討すべきです。
栗山氏の監督としての強みは、選手の可能性を見いだし、結果につなげた経験があることです。一方、長期政権の後半に成績を安定させられなかった点は、実績を評価する際に残る課題です。
【新庄剛志監督と比較】栗山時代から日本ハムはどう変わった?
栗山氏の後を継いだのは、新庄剛志監督です。新庄氏は2022年に監督へ就任し、2026年もチームを率いています。球団は2026年10月8日、2027年シーズンも新庄監督が続投することを発表しました。
両者は同じ日本ハムを率いた監督ですが、在任期間もチームを取り巻く状況も異なります。
栗山監督と新庄監督の違い
2012~2021年
10年間の長期政権。リーグ優勝2回、日本一1回。選手の能力開花や二刀流への支援など、個々の可能性を生かすチームづくりが特徴。
通算684勝672敗54分
2022~2026年の実績
就任後の再建を経て、2024年と2025年に2位、2026年に3位。チームの競争力を高め、上位を継続して狙える体制づくりを進めている。
2027年も続投が決定
栗山時代は「優勝の実績」、新庄時代は「継続的な上位進出」が焦点
栗山氏は10年間で2度のリーグ優勝と1度の日本一を達成しました。特に2016年の大逆転優勝は、球団の歴史に残る成果です。
新庄監督は、就任1年目の2022年と2023年には最下位に終わりましたが、2024年に2位へ躍進。2025年も2位となり、2026年は3位でシーズンを終えています。
新庄政権は、低迷期から上位争いに戻るまでの過程が評価の焦点です。一方、栗山政権は、優勝と日本一を達成した実績に加え、長期政権をどのように維持したかが評価のポイントになります。
ただし、両者を単純に勝敗だけで比較することには限界があります。監督就任時の戦力、若手選手の成長段階、球団の編成方針が異なるためです。
新庄監督が栗山氏の優勝回数を上回るかどうかは、今後のシーズンを通じて評価されることになります。現時点では、栗山氏の優勝実績と新庄氏のチーム再建後の成績を分けて見るのが妥当です。
【よくある質問】日ハム監督栗山に関する疑問を解説
Q1:栗山英樹は2026年現在、何をしていますか?
A1:北海道日本ハムファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)を務めています。2024年1月に就任し、球団運営とチーム編成を担っています。監督として現場の采配を行う立場ではありません。
Q2:栗山英樹監督の退任理由は何ですか?
A2:球団は2021年10月16日に、そのシーズン限りでの退任を発表しました。政権終盤の成績低迷や10年間の長期政権という節目が背景にありますが、球団は退任理由を単一の要因に限定して説明していません。
Q3:栗山英樹は日ハムを何回優勝させましたか?
A3:パ・リーグ優勝は2012年と2016年の2回です。2016年には日本シリーズも制し、日本一を達成しました。10年間でAクラス入りは5回です。
Q4:栗山英樹と新庄剛志では、どちらの監督実績が上ですか?
A4:栗山氏はリーグ優勝2回、日本一1回という確かな実績があります。新庄氏は2024年と2025年に2位、2026年に3位と、近年の上位進出が評価されています。在任期間や就任時の戦力が異なるため、優勝実績とチーム再建の成果を分けて比較する必要があります。
まとめ:栗山英樹の現在と日ハム監督時代をどう評価するか
栗山英樹氏は、2012年に北海道日本ハムファイターズの監督に就任し、10シーズンで684勝を挙げました。2012年と2016年のリーグ優勝、2016年の日本一、そして5度のAクラス入りは、球団の歴史に残る実績です。
一方、10年間のすべてが成功だったわけではありません。政権終盤には順位が低迷し、2021年に監督を退任しました。その後は侍ジャパンの監督としてWBC優勝を達成し、2024年からは日本ハムのCBOとして球団運営とチーム編成に携わっています。
栗山氏のキャリアを理解するうえで重要なのは、監督時代の優勝回数だけを見るのではなく、選手の育成、チームの再建、長期政権の課題、そして退任後の役割までを一続きの歩みとして捉えることです。
新庄剛志監督が率いる日本ハムは、2024年以降、リーグ上位を争うチームへと成長しています。今後の注目点は、新庄政権が優勝という結果を残せるかどうか、そして栗山CBOが担う球団運営・編成が、その競争力をどこまで支えられるかという点にあります。