「てつおじさんのチーズケーキ」は、福岡・博多から全国へ広がり、1990年代に大きなブームを巻き起こしたスフレタイプのチーズケーキです。かつては北海道から宮崎まで全国45店舗を展開。その後、国内の店舗網は縮小しましたが、現在も福岡の店舗やオンライン通販を通じて、その味を楽しめます。
創業の歴史をたどると、重要なのは1984年、1990年、1991年という3つの年です。洋菓子店「HANA JAM(ハナジャム)」の開店、看板商品の開発と命名、そして全国的なブームの到来。それぞれの出来事を区別すると、創業者・溝上徹思の歩みとブランドの変遷が見えてきます。2026年の最新の店舗状況、閉店の経緯、海外展開、評判や通販事情まで整理します。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 創業の起点:1984年に洋菓子店HANA JAMが開店。チーズケーキの開発・命名は1990年、全国的なブームは1991年です。
- 全盛期と縮小:1995年までに全国45店舗へ拡大。その後、ブームの沈静化などを経て国内店舗は減少しました。
- 2026年の現状:公式サイトでは福岡次郎丸本店とウエストコート姪浜店を案内。楽天市場の通販や福岡市のふるさと納税返礼品でも購入できます。
【創業はいつ?】1984年のHANA JAM開店と1990年の商品誕生を整理
てつおじさんのチーズケーキの創業年を調べる際、最初に押さえたいのが「店の始まり」と「看板商品の誕生」は同じではないという点です。運営元の公式沿革では、1984年に洋菓子店HANA JAMを開店し、1990年に名物チーズケーキを開発して「てつおじさんのチーズケーキ」と命名したと説明しています。
創業者・溝上徹思とはどんな人物?
「てつおじさん」のモデルとなった人物は、溝上徹思(みぞかみ・てつし)です。公式沿革によると、1948年に博多の菓子店の長男として生まれ、西南学院大学在学中にはミニコミ誌「tessy」を発行。その後、若者が集まる飲食店などを手がけ、飲食と菓子づくりの両方に携わってきました。
チーズケーキの開発につながったのが、1984年に開店した洋菓子店HANA JAMです。さまざまな活動を通じて培った店舗運営の経験を背景に、同店の名物商品としてチーズケーキが形づくられていきました。
1990年の開発を支えた「クマちゃん」
公式沿革では、1990年のチーズケーキ開発を担った人物として、当時の責任者「クマちゃん」を挙げています。この人物は、現在の有限会社バランスの代表取締役である熊懐弘毅です。創業者の溝上と、製造・店舗運営を支える責任者との協力が、看板商品を生み出す土台になりました。
商品名に使われた「てつおじさん」は、溝上のニックネームに由来します。チーズケーキそのものだけでなく、親しみやすい人物のイメージを商品名と焼き印に結び付けたことも、ブランドを記憶に残す仕掛けでした。
つまり、創業年を一つだけ挙げるなら、ブランドの前身となる洋菓子店の開店は1984年、商品としての誕生は1990年、ブームが広がった年は1991年と整理するのが適切です。
【年表で一目瞭然】1991年のブームから全国45店舗への拡大と縮小
てつおじさんのチーズケーキの歴史は、福岡の洋菓子店から全国展開へ進み、ブームの沈静化を経て地域密着型の販売へと軸足を移した歩みです。公式サイトの沿革を中心に、主な出来事を時系列でまとめました。
| 年 | 主な出来事 | 歴史上の意味 |
|---|---|---|
| 1948年 | 溝上徹思が博多の菓子店の長男として誕生 | 創業者の原点 |
| 1984年 | 洋菓子店HANA JAMを開店 | ブランドの前身となる店舗が始動 |
| 1990年 | チーズケーキを開発し、商品名を決定 | 看板商品の誕生 |
| 1991年 | ハナジャム公園通り店から全国的なブームへ | ブランドが広く知られる契機 |
| 1992年 | 西新ビブレ店、天神コア店、西鉄久留米駅店、JR博多駅店などへ出店 | 福岡県内で店舗網を拡大 |
| 1993年 | 名古屋・栄店、札幌東急店が開店 | 県外への出店が本格化 |
| 1995年 | 全国45店舗を展開 | 北海道から宮崎まで広がる |
| 2002年 | JR一宮駅店が閉店 | 店舗網の縮小が進む |
| 2005〜2006年 | 楽天市場で通信販売を開始。2006年にはJR宮崎駅店が閉店 | 通販を開始する一方、店舗は整理 |
| 2009年 | 百貨店などで催事出店 | 実店舗以外で販売機会を確保 |
| 2011年 | 博多駅マイングに出店。台湾・台北駅にも姉妹店が開店 | 国内での再展開と海外展開が進む |
| 2012年 | 次郎丸店をリニューアル | 福岡の拠点を強化 |
| 2015〜2017年 | 福岡の商業施設への出店・退店が続く | 出店先や販売形態を再編 |
| 2022年 | 福岡市のふるさと納税返礼品に登録 | 地域産品としての販路を拡充 |
| 2024年 | 博多マルイ店が退店 | 商業施設内の店舗を整理 |
| 2026年3月 | イオン乙金店が閉店 | 公式サイト掲載の国内店舗は福岡の2店に |
出典:有限会社バランス「てつおじさんの店」公式沿革。1991年のブームについては天神経済新聞の2012年記事も参照。
この年表から読み取れるのは、1990年代前半の成長スピードです。1992年に福岡県内で出店を進め、翌1993年には名古屋と札幌へ進出。1995年までに45店舗に達しており、誕生から数年で全国ブランドへ成長したことが分かります。
一方、2000年代には店舗の閉鎖が確認できます。2005年には楽天市場での通信販売を始め、2009年には百貨店などの催事販売を実施。常設店だけに依存しない販売形態が、ブランドを継続させるうえで重要になっていきました。
【なぜ大ブームになった?】ふわふわの食感と親しみやすいブランド設計
1991年に全国的なブームとなった背景を考えるうえで、まず注目したいのは商品の個性です。現在の公式サイトでは、チーズのコクとまろやかさ、九州産の新鮮な卵、余計な添加物を加えず甘さを抑えた味わいを特徴として紹介しています。
濃厚さだけではない、軽い口当たり
チーズケーキというと、濃厚で密度の高いベイクドタイプを思い浮かべる人もいるでしょう。一方、てつおじさんのチーズケーキは、ふんわりとした軽い食感が特徴です。濃厚さを前面に出すのではなく、チーズの風味を残しながら、口当たりと甘さのバランスを重視しています。
公式の商品説明では、オーストラリア産クリームチーズと九州産の卵を使い、素材の持ち味を生かす姿勢を打ち出しています。現在の商品づくりにも通じるこの方向性は、長年親しまれてきた理由の一つです。
商品名と焼き印がつくった記憶への残りやすさ
もう一つの特徴は、「てつおじさん」という名前と、ケーキに押された人物の焼き印です。一般的な洋菓子の商品名とは異なり、人物像そのものをブランドの目印にしています。商品を食べた記憶と、名前やイラストの印象が結び付きやすい設計です。
2012年の天神経済新聞の記事でも、かつて西新ビブレや天神コアなどに店舗を構え、行列ができるほどの人気を集めたことが紹介されています。味の特徴に加え、店頭で焼き上がる商品を買う体験や、覚えやすいブランド名が、ブームを支えたと考えられます。
ただし、当時の売上高や広告費、顧客属性などを示す詳細な統計は、今回参照した公式沿革や報道資料からは確認できません。ブームの理由を一つに絞るより、商品の食感、ブランドの分かりやすさ、駅や繁華街への出店が重なった結果と見るのが自然です。
【ブーム終焉と閉店の経緯】なぜ全国45店舗から縮小したのか
全国45店舗を展開したブランドが、なぜ国内の店舗を減らしていったのでしょうか。公式沿革には、2002年のJR一宮駅店閉店、2006年のJR宮崎駅店閉店が記録されています。また、運営元は公式メッセージの中で、かつての全国的なブームが過ぎ去り、チーズケーキが一時は存続の危機に直面したと振り返っています。
「ブームが去ったこと」と「すべての閉店理由」は別
ここで注意したいのは、ブームの沈静化が語られていることと、個々の店舗が閉店した理由がすべて明らかになっていることは別だという点です。公式沿革は一部の閉店日を記録していますが、全国45店舗が減少した過程について、全店共通の原因や経営上の数値を詳しく説明しているわけではありません。
一方、後年の閉店については具体的な理由が記されています。2015年のハナジャム西新店は入居ビルの建て替え、博多マイング店と博多大丸店は大規模改装などを理由に退店。2024年の博多マルイ店もフロアの大規模改装に伴って退店しました。これらは、必ずしも商品の人気低下だけで説明できる閉店ではありません。
店舗数を追うだけでは見えない事業の変化
飲食・小売業では、常設店舗を維持するために、立地、賃料、人員配置、製造体制などを継続的に調整する必要があります。全国展開によって認知度が高まる一方、ブームが落ち着けば、店舗数を維持すること自体が経営課題になります。こうした一般的な構造は、てつおじさんのチーズケーキの店舗縮小を考える際にも参考になりますが、同ブランドの閉店を特定の費用や経営判断だけに帰す根拠はありません。
重要なのは、常設店の数が減っても、ブランド自体が消滅したわけではないことです。2005年に始めた通販、2009年以降の催事販売、2011年の博多駅への出店、そして海外展開と、販売の場を変えながら継続してきました。店舗網の縮小とブランドの存続を分けて見る必要があります。
【海外展開の歴史】台湾からカナダ・アジアへ広がった「Uncle Tetsu」
てつおじさんのチーズケーキの歴史で見逃せないのが、海外での展開です。日本国内では常設店が減少する一方、海外では「Uncle Tetsu」の名称で日本発のチーズケーキが広がりました。ただし、海外のブランド展開と、国内の「てつおじさんの店」を運営する有限会社バランスの店舗網は、同一のものとして数えるべきではありません。
2011年の台湾出店が海外展開の節目
国内の公式沿革によると、2011年には博多駅マイングに「てつおじさんの店」が出店するとともに、台湾・台北駅にも姉妹店がオープンしました。海外側の公式ブランド資料も、福岡での誕生から台湾を経て世界へ広がった歩みを紹介しています。
日本貿易振興機構(JETRO)が2016年に公表した北米展開の事例報告では、台湾への出店後、中国や東南アジアを中心にフランチャイズ方式で店舗を増やし、2015年3月にはカナダ・トロントに直営店を開いた経緯が紹介されています。トロント店は、海外展開の中心がアジアから北米にも広がった節目でした。
2016年以降は北米でも知名度を獲得
2016年には米国・ハワイのロイヤル・ハワイアン・センターに店舗がオープンしました。2017年にはインドネシアにも進出し、現地メディアは開店初日から行列ができたと報じています。海外では、店内で焼くふわふわのチーズケーキがSNSを通じて話題になったことも伝えられています。
この海外展開は、国内ブームの単純な再現ではありません。国や地域によって店舗運営の主体や出店方式が異なり、現地パートナーとの連携も事業の一部になっています。国内の店舗数だけを見てブランドの規模を判断すると、海外で続く「Uncle Tetsu」の動きを見落とすことになります。
なお、海外の店舗数は出店・閉店や運営主体の変更によって変動します。過去の報道に掲載された世界の店舗数を、2026年現在の確定値として扱うことはできません。現在の海外店舗については、各地域の公式店舗案内を確認する必要があります。
【2026年最新】てつおじさんの店はどこで買える?評判と通販を解説
2026年10月時点で、国内の販売状況を把握するには、運営元の公式サイトと通販ページを確認するのが確実です。公式の店舗案内に掲載されている常設店は、福岡次郎丸本店とウエストコート姪浜店の2店舗です。公式沿革では、2026年3月にイオン乙金店が閉店したことも記録されています。
福岡の常設店舗は次郎丸本店と姪浜店
次郎丸本店は福岡市早良区次郎丸3丁目1-1にあり、公式案内では営業時間を9時30分から19時まで、駐車場を8台分としています。チーズケーキの焼き上がりは10時過ぎごろからと案内されていますが、品切れになる場合もあります。
ウエストコート姪浜店は、福岡市西区内浜1丁目7-8のウエストコート姪浜内にあります。公式案内の営業時間は10時から20時まで。チーズケーキのほか、マドレーヌや焼チーズタルトなども取り扱っています。営業時間や商品在庫は変わる場合があるため、来店前には公式の店舗案内を確認するのが安心です。
楽天市場の通販なら福岡以外からも購入できる
遠方に住んでいる人には、楽天市場の「てつおじさんのチーズケーキ店」が選択肢になります。公式沿革では2005年に通信販売を開始したとされ、現在もオンラインショップが運営されています。楽天市場の商品一覧では、チーズケーキの単品や複数個セットが掲載されています。
楽天市場で確認できる掲載価格は、閲覧時点で単品1,166円、4個セット4,665円、6個セット6,998円です。送料は地域によって異なるため、購入時には商品代金だけでなく、配送先に応じた送料やセットの条件も含めて総額を確認してください。掲載価格は変動する可能性があります。
また、公式沿革によれば、2022年6月には福岡市のふるさと納税返礼品として認定・登録されました。通常の通販に加え、ふるさと納税を通じて入手する方法もあります。返礼品の内容や寄付条件は、申し込み時点の案内で確認する必要があります。
評判は?「懐かしさ」と「ふんわりした食感」が評価される一方、好みの差も
楽天市場のレビュー欄では、閲覧時点で商品評価が5点満点中4.33、レビュー数は114件と表示されていました。レビューには、自然解凍後のしっとり感、温めた際のふんわりした食感、甘さが控えめで食べやすいこと、昔を思い出す味わいなどを評価する声があります。一方で、食感がパサつく、表面が硬いといった否定的な感想も見られます。
こうした評価から分かるのは、てつおじさんのチーズケーキが、濃厚で重たいチーズケーキを求める人だけでなく、軽くて素朴な味わいを好む人にも向いているということです。ただし、通販レビューは購入者の感想であり、すべての人に同じ食感や味の印象を保証するものではありません。
購入時の判断基準は明快です。焼きたてを味わいたいなら福岡の店舗、遠方から取り寄せたいなら楽天市場、地域の返礼品制度を利用したいなら福岡市のふるさと納税を検討するとよいでしょう。価格だけでなく、送料、受け取りやすさ、食べるタイミングも含めて選ぶのが現実的です。
【プロの結論】てつおじさんのチーズケーキが長く残った理由
てつおじさんのチーズケーキの歩みを振り返ると、成功と縮小を分けたのは、単純な人気の有無だけではありません。1984年に洋菓子店HANA JAMが始まり、1990年に看板商品が生まれ、1991年にはブームが到来。1995年までに全国45店舗に拡大した後、常設店舗は減少しましたが、通販や催事、地域の店舗、海外事業へと販売の形を変えてきました。
この歴史から得られる第一の教訓は、ブランドの創業年と商品の誕生年、ブームの年を混同しないことです。1984年はHANA JAMの開店、1990年はチーズケーキの開発・命名、1991年は全国的なブームという整理が、沿革を最も正確に理解する手がかりになります。
第二に、閉店はブランドの消滅を意味しません。常設店が減っても、オンライン販売や催事、ふるさと納税などの販路があれば、商品を届ける方法は残ります。てつおじさんの店は、全国45店舗という規模を維持する道ではなく、福岡を拠点に商品を作り続け、通販でも届ける道を歩んできました。
第三に、海外ブランドの広がりと国内店舗数は分けて考える必要があります。国内の販売拠点は現在、福岡の2店舗が公式に案内されています。一方、「Uncle Tetsu」は台湾、東南アジア、北米へと広がった歴史を持ちます。国内店舗が少ないことだけを理由に、ブランド全体が衰退したと判断するのは早計です。
購入を検討している人にとっては、次郎丸本店や姪浜店で焼きたてを買うのか、楽天市場で取り寄せるのかが、最も実用的な判断ポイントです。懐かしさだけでなく、軽い食感や甘さを抑えた味わいを好む人には、今も選ぶ理由がある商品です。
【てつおじさんのチーズケーキ創業】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:てつおじさんのチーズケーキの創業年は何年ですか?
A1:ブランドの前身となる洋菓子店HANA JAMの開店は1984年です。チーズケーキの開発・命名は1990年、全国的なブームは1991年と整理できます。
Q2:てつおじさんのチーズケーキは1990年と1991年のどちらに誕生したのですか?
A2:公式沿革では1990年に開発・命名され、1991年にハナジャム公園通り店から一大ブームになったと説明されています。商品の誕生とブームの到来を区別すると、年の違いを理解できます。
Q3:全国45店舗を展開したのはいつですか?
A3:公式沿革によると、1995年までに北海道の釧路市からJR宮崎駅まで、全国45店舗を展開していました。
Q4:てつおじさんのチーズケーキは2026年現在も買えますか?
A4:購入できます。公式サイトでは福岡次郎丸本店とウエストコート姪浜店を案内しており、楽天市場の通販や福岡市のふるさと納税返礼品でも入手できます。
Q5:てつおじさんのチーズケーキが全国から姿を消したのはなぜですか?
A5:公式沿革では、2000年代以降の店舗閉鎖やブームの沈静化が確認できます。ただし、全国45店舗が減少した原因を一つに特定できる詳細な説明はありません。建物の建て替えや商業施設の改装など、個別の閉店理由が公表されているケースもあります。
Q6:創業者の溝上徹思は現在も国内店舗を運営しているのですか?
A6:国内の「てつおじさんの店」の公式会社概要では、有限会社バランスの代表取締役は熊懐弘毅とされています。溝上徹思はブランドの創業者として紹介されていますが、現在の国内店舗運営体制と創業者個人の活動は区別して捉える必要があります。
まとめ:1984年の開店から続く福岡発ブランドの現在
てつおじさんのチーズケーキの歴史は、1984年のHANA JAM開店、1990年の商品開発・命名、1991年のブーム、1995年までの全国45店舗への拡大という流れで理解できます。その後は常設店舗が縮小したものの、通販や催事、海外展開などを通じてブランドは継続してきました。
2026年現在、国内で実際に商品を購入するなら、公式サイトに掲載されている福岡次郎丸本店とウエストコート姪浜店、または楽天市場のオンラインショップが主な選択肢です。店舗の閉店情報や価格は変動するため、購入前には最新の公式案内を確認してください。
一時代のブームを生んだチーズケーキが、規模を変えながら今も販売されている。その歩みは、流行の商品を長く続くブランドへと育てる難しさと、味を守りながら販売方法を変えることの意味を伝えています。