安美錦関は現在、現役力士ではなく、日本相撲協会の年寄・安治川として活動している。本名は杉野森竜児。1978年10月3日生まれ、青森県西津軽郡深浦町出身だ。
日本相撲協会の公式部屋紹介でも、安治川部屋の師匠として登録されている。部屋の所在地は東京都江東区石島4番1号で、現役時代の経験を生かしながら力士の指導と部屋の運営を担っている。
現在の主な活動は力士の育成と部屋の運営
安治川親方の仕事は、稽古場で相撲を教えることだけではない。
- 力士の技術指導と体づくり
- 本場所や巡業に向けた調整
- 新弟子の発掘と育成
- 相撲部屋の経営・運営
- 地域社会や支援者との交流
- 力士の人間形成や教育面のサポート
安治川部屋の公式サイトでは、部屋の方針として「感謝する姿勢」「学び続ける意欲」「社会貢献する心」の3つを掲げている。
特に注目したいのが、相撲の技術だけでなく、学業や社会との関わりも重視している点だ。力士が高校・大学に進学することや、資格取得に挑戦することも後押しする考えを示している。
2026年10月29日には安青錦の稽古を指導
2026年10月29日、安治川親方が率いる部屋は九州場所に向けた調整を進めていた。
日刊スポーツの報道によると、大関・安青錦は福岡県久留米市の安治川部屋宿舎で相撲を取る稽古を再開。三段目の力士を相手に21番を取り、全勝した。
安青錦は左足首や左足親指のけがからの回復を目指しており、師匠の安治川親方も足首の状態について「だいぶ良くなった」と説明している。
このニュースからも、安治川親方が弟子のコンディションを見極め、出場に向けた調整を支えていることが分かる。
つまり、2026年の安美錦関を知るうえで重要なのは、かつての名力士という肩書だけではない。大関を育てる師匠として、現場の第一線に立ち続けていることだ。
【引退理由と経緯】2019年7月場所、右膝の負傷が決断の引き金に
安美錦関が現役引退を決断したのは、2019年7月の名古屋場所だった。
引退の直接的なきっかけは右膝の負傷である。ただし、それだけが理由ではない。長年にわたる故障との闘いと、思い描いた相撲を取れなくなったことが重なっていた。
2003年の右膝損傷、2016年のアキレス腱断裂
安美錦の現役生活は、華々しい成績と同時に、けがとの闘いでもあった。
2003年7月場所には右膝の前十字靱帯と半月板を損傷。さらに2016年5月場所には左脚のアキレス腱を断裂した。
一般的には、こうした大けがを経験すると、従来の相撲を維持すること自体が難しくなる。
しかし安美錦は復帰を諦めなかった。
2017年11月場所には敢闘賞を獲得。39歳で幕内復帰を果たし、長年培った技術と経験で再び存在感を示した。
けがをしても土俵に戻る姿は、安美錦を象徴するエピソードの一つとなっている。
最後の取組は2019年7月8日の竜虎戦
2019年7月8日、名古屋場所2日目。
当時40歳だった安美錦は、西十両11枚目として竜虎と対戦した。この取組で右膝を負傷し、休場を余儀なくされた。
再出場が難しい状況となり、翌場所には幕下へ陥落する可能性も高まっていた。
そして7月14日、師匠の伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)に引退の意思を伝えた。
7月16日には引退が明らかになり、22年半に及ぶ力士人生に幕を下ろした。
引退時に語った言葉が示す覚悟
引退を決断した際、安美錦はデイリースポーツの取材で、次のように話している。
「全部受け止めて出した結果。何の悔いもないですよ。膝の状態とも相談してきたが思った相撲が取れない。むちゃはできない」
【検証資料 1】安美錦関の当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)
また、最後の取組についても、若い力士に敗れたことを前向きに受け止めていた。
「自分も大横綱(貴乃花)から(バトンを)もらって、若い人にバトンタッチできて終われたのはうれしい」
これらは2019年7月17日付のデイリースポーツの取材記事に掲載された実際の発言だ。
興味深いのは、引退を単なる敗北として捉えていないことだ。
貴乃花という大横綱と戦い、そこから次の世代へつないでいく。安美錦の言葉には、現役力士としての誇りと、指導者への転身を受け入れる覚悟が表れていた。
【生涯戦歴と獲得記録】907勝・金星8個・三賞12回の実力
安美錦関の実績を語るうえで欠かせないのが、長期にわたる関取生活と、横綱を相手に積み重ねた金星である。
日本相撲協会の力士プロフィールと安治川部屋の公式紹介によると、主な記録は次のとおりだ。
生涯戦歴907勝908敗55休
生涯勝利
生涯敗戦
休場
関取在位
通算135場所・幕内在位97場所・最高位は東関脇
通算成績だけを見ると、勝ち星と負け星はほぼ同数。しかし、この数字の背景には、長期間にわたって幕内と十両で戦い続けた事実がある。
特に関取在位117場所は、元大関・魁皇と並ぶ歴代1位の記録として安治川部屋の公式プロフィールにも掲載されている。
金星8個は5人の横綱から獲得
金星とは、平幕力士が横綱を破った際に記録される殊勲である。
安美錦は現役時代、対戦した5人の横綱全員から金星を獲得した。
| 横綱 | 金星獲得数 |
|---|---|
| 貴乃花 | 1個 |
| 武蔵丸 | 1個 |
| 朝青龍 | 4個 |
| 白鵬 | 1個 |
| 鶴竜 | 1個 |
| 合計 | 8個 |
特に注目したいのは、朝青龍から4個の金星を挙げていることだ。
2003年初場所には横綱・貴乃花を破って初金星を獲得。2016年初場所には鶴竜を破り、通算8個目の金星を記録した。
当時の日刊スポーツは、安美錦が対戦した5横綱すべてから金星を獲得したことを伝えている。
三賞12回は技能派としての評価を裏付ける
三賞とは、幕内力士の活躍を評価する殊勲賞・敢闘賞・技能賞の総称だ。
安美錦の受賞内訳は以下のとおり。
- 殊勲賞:4回
- 敢闘賞:2回
- 技能賞:6回
- 合計:12回
なかでも技能賞6回は、安美錦の相撲の特徴をよく表している。
単純な体格や力比べに頼るのではなく、相手の重心や動きを読み、適切なタイミングで技を仕掛ける。相手の得意な形を崩し、自分の有利な展開に持ち込む能力が高く評価された。
なお、幕内最高優勝は0回。優勝回数だけでは測れない価値を持つ力士だったことも、安美錦の記録を理解するポイントだ。
【経歴・プロフィール年表】青森県深浦町から関脇、そして指導者へ
安美錦は1978年10月3日、青森県西津軽郡深浦町に生まれた。
小学校1年生から相撲を始め、鰺ケ沢高校を経て角界入り。1996年12月に安治川部屋へ入門し、翌1997年1月場所で初土俵を踏んだ。
ここでは、現役時代から2026年までの主な転換点を整理する。
安美錦関のキャリアと関係者・組織の変遷
得意技は右四つ・寄り。小技と判断力を生かした相撲
安美錦の得意技は右四つと寄り。ほかにも出し投げや叩き込みを使いこなした。
右四つとは、相手と組んだ際に右手を相手の左下手に差し込む形を基本とする組み手だ。
安美錦の強さは、単に右四つが得意だったという点だけではない。
相手の体勢を見極め、組み合いの中で重心を崩し、出し投げなどを織り交ぜながら勝機をつかむ。大型力士に対しても正面から力でぶつかるだけではなく、相手の力を利用する相撲を展開した。
そのため、上位力士を苦しめる存在として知られ、「上位キラー」「くせ者」と評された。
最高位は関脇だったが、横綱を相手に8個の金星を獲得した事実は、番付だけでは測れない実力を示している。
【安治川部屋の創設】早稲田大学大学院での学びを指導に生かす
引退後の安美錦が選んだ道は、単に部屋付きの親方として指導を続けることではなかった。
自ら相撲部屋を興し、力士の育成環境を一から整えることだった。
2022年12月1日に独立が正式承認
日本相撲協会は2022年12月1日付で、安治川親方が伊勢ヶ濱部屋から独立し、安治川部屋を新設することを承認した。
当初は東京都江東区千田の仮住まいを拠点としていたが、2023年6月16日には江東区石島で正式な部屋開きを実施した。
新しい建物は4階建てで、1階に稽古場、2階にちゃんこ場と大部屋を設けた。
また、階段には平安時代や江戸時代の相撲を描いた錦絵を取り入れ、力士が相撲の歴史や文化に触れられる空間を目指した。
安治川親方は、弟子が強くなるだけでなく、人間としても成長できる環境づくりを重視している。
独立の理由は自分の経験を次世代に伝えるため
2023年1月のデイリースポーツの取材では、独立の理由について次のように説明している。
「少しでも力士たちのためになるなら、自分がやってきたことを教えたいなという思いが強くなってきた。すべて一から部屋を作るところから始めたいなという思いがあった」
加えて、目標として「みんなに応援してもらえる力士を育てたい」と語った。
この考え方は、安美錦の現役時代と重なる。
けがをしても土俵に戻り、試行錯誤しながら自分の相撲を磨き続けた経験があるからこそ、弟子の成長を長い目で見守る指導方針につながっている。
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科を2022年3月に修了
安治川親方の経歴で見逃せないのが、早稲田大学大学院での学びだ。
現役引退後、スポーツ科学研究科で相撲部屋の経営などについて学び、2022年3月に修了した。
単なる競技経験だけでなく、スポーツ科学や組織運営の視点を身につけたことは、独立後の部屋づくりにもつながっている。
2026年2月には、早稲田大学相撲部出身の川副楓馬の入門会見にも出席した。
スポニチの報道によると、安治川親方は以前から早稲田大学から力士を出し、その力士を関取に育てることを目標にしていたという。
大学で学んだ経験を自分だけのものにせず、次の世代の進路や育成にも結び付けている点が特徴的だ。
【安青錦との師弟関係】安美錦の名前を受け継ぐ大関が誕生
2026年の安治川部屋を象徴する存在が、大関・安青錦新大だ。
ウクライナ出身の安青錦は、2023年9月場所で初土俵を踏み、2025年11月の九州場所で幕内初優勝を果たした。2026年1月場所には大関へ昇進している。
その成長を支えてきたのが、師匠の安治川親方だ。
安青錦という四股名には師匠とのつながりがある
2026年2月6日、安青錦と安治川親方はフジテレビの番組「ぽかぽか」に出演し、四股名の由来について説明した。
スポニチの報道によると、安治川親方は四股名について、次のように説明している。
「部屋の安っていうのと、私が現役の時使っていた錦と、その間に何か入れようかなと」
つまり「安」は安治川部屋、「錦」は師匠の現役時代の四股名である安美錦から受け継いだものだ。
「青」は安青錦本人が考えた要素で、母国ウクライナの国旗の色とも結び付いている。
師匠の名前の一部を受け継ぎながら、自分自身のルーツも表現した四股名になっている。
これは単なる命名ではなく、安治川部屋の歴史と新しい世代の力士を結び付ける象徴でもある。
2026年の安治川部屋に所属する力士
日本相撲協会の部屋紹介に掲載されている2026年11月場所向けの力士は、次のとおりだ。
- 幕内:安青錦
- 幕下:安響、安大翔
- 三段目:川副、安強羅、安琉海
- 序二段:安寿真
- 序ノ口:安氣乃山、安櫻
幕内の大関から序ノ口まで、幅広い番付の力士が所属している。
この顔ぶれからも、安治川部屋が一人の看板力士だけに依存するのではなく、複数の段階にいる力士を育成する組織として成長していることが分かる。
安青錦の活躍は安治川親方の指導力を示す一例
安青錦は2026年7月の名古屋場所で3度目の幕内優勝を果たし、9月場所から大関に復帰した。
10月29日には九州場所に向けた稽古で21戦全勝を記録。師匠もけがの回復状況を確認しながら調整を支えている。
もちろん、一人の力士の成功だけで指導力のすべてを評価することはできない。
しかし、安青錦が初土俵から短期間で大関に昇進し、複数回の優勝を経験するまでに成長したことは、安治川部屋の育成を考えるうえで重要な実績だ。
安美錦が現役時代に貴乃花や朝青龍らの横綱と戦いながら身につけた技術と経験。その蓄積が、安青錦をはじめとする弟子たちの指導に生かされている。
【安美錦関に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:安美錦関は2026年現在、何をしていますか?
A1:年寄・安治川として、東京都江東区の安治川部屋で師匠を務めている。力士の稽古指導、新弟子の育成、部屋の運営などが主な活動だ。
Q2:安美錦関の引退理由は何ですか?
A2:2019年7月場所2日目に右膝を負傷したことが直接のきっかけ。過去の右膝の損傷や左脚アキレス腱断裂など、度重なるけがの影響もあり、思い描いた相撲を取ることが難しくなったため引退を決断した。
Q3:安美錦関の最高位は横綱や大関ですか?
A3:最高位は東関脇。横綱や大関には昇進していない。ただし、金星8個、三賞12回という優れた実績を残している。
Q4:安美錦関の生涯戦歴は何勝ですか?
A4:日本相撲協会の公式プロフィールでは、907勝908敗55休(135場所)。幕内では678勝730敗47休(97場所)を記録している。
Q5:安治川親方は早稲田大学を卒業していますか?
A5:現役引退後に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で学び、2022年3月に修了している。相撲部屋の経営などについても学んだ。
Q6:安青錦は安美錦の弟子ですか?
A6:はい。安青錦は安治川部屋所属で、師匠は元安美錦の安治川親方。四股名の「錦」にも師匠の現役時代の名前が受け継がれている。
まとめ:安美錦関の本当の功績は次世代へ受け継がれる
安美錦関は、現役時代に907勝908敗55休、金星8個、三賞12回という記録を残した関脇力士だ。関取在位117場所という長期記録や、5人の横綱全員から金星を獲得した実績は、相撲史に残る特徴的な功績である。
2019年7月の引退後は、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で学び、2022年12月に安治川部屋の独立を実現。2023年6月には新しい部屋を開き、師匠として本格的な活動を始めた。
そして2026年現在、安治川部屋には大関・安青錦をはじめ、さまざまな番付の力士が所属している。安青錦の大関昇進と優勝は、安美錦が現役時代に培った経験を次世代へ伝える取り組みの一つの成果だ。
安美錦の評価を考える際には、現役時代の勝ち星や最高位だけでなく、引退後にどのような環境をつくり、どのような力士を育てているかにも注目したい。
土俵で横綱に挑み続けた安美錦から、弟子を育てる安治川親方へ。その歩みは、2026年以降も安治川部屋の力士たちの活躍を通じて受け継がれていく。