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王林はなぜりんご娘を卒業?2026年の事務所復帰と青森での現在を徹底解説

白石 澪 白石 澪 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
目次

青森県弘前市出身のタレント・王林は、かつて青森発のダンス&ボーカルグループ「りんご娘」でリーダーを務め、津軽弁を生かした親しみやすいキャラクターで全国的な知名度を獲得した人物です。2013年の加入から約9年間、グループの中心メンバーとして活動しましたが、2022年3月31日をもって卒業。その後はタレント、モデル、ソロ歌手として活動の幅を広げてきました。

さらに2026年3月31日には、それまで所属していた株式会社ボンドを契約満了で退所し、4月1日から古巣のリンゴミュージックに復帰。現在は芸能活動に加え、弘前市の地域活性化プロジェクト「OURIN PROJECT」にも取り組んでいます。卒業の本当の経緯、元メンバーとの関係、ソロ歌手としての実績、2026年の所属事務所変更まで、これまでの歩みを時系列で整理します。

【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 卒業理由:2022年3月、メンバーそれぞれが新しい目標へ進むことを決めたため。王林自身は4人での活動継続を望んでいました。
  • 卒業後の活動:2022年4月からソロ活動を開始。2023年には「Ourin-王林-」名義で歌手デビューし、モデルやブランドプロデュースにも進出しました。
  • 2026年の最新動向:3月31日にボンドを退所し、4月1日にリンゴミュージックへ復帰。弘前市では57cafeなどを通じた地域活性化にも取り組んでいます。

【卒業理由を解説】王林がりんご娘を離れた本当の経緯とは?

りんご娘王林

王林のりんご娘卒業が発表されたのは、2022年2月9日です。所属事務所リンゴミュージックは、王林、とき、ジョナゴールド、彩香の4人全員が同年3月末をもってグループを卒業すると発表しました。

突然の発表にファンの間では驚きが広がりましたが、発表内容を詳しく見ると、単なるメンバー交代ではありませんでした。長年活動してきた4人が、それぞれの将来を考えたうえで、新しい目標に向かうことを決断した大きな転換点だったのです。

王林自身は4人での活動継続を望んでいた

卒業発表と同時に、りんご娘の公式noteではメンバーそれぞれのメッセージが公開されました。その中で注目されたのが、当時リーダーだった王林のコメントです。

王林は、メンバーから新しい目標に向かって進みたいという話が出たことを明かしています。一方、自身は4人でりんご娘を続けていきたいという気持ちが強く、グループを存続させる方法を模索していたことも説明しました。

「私はこの4人でりんご娘として生きていきたいという想いが強かった」

出典:2022年2月9日公開・りんご娘公式note「グループ卒業のお知らせ・メッセージ」

しかし、ほかのメンバーの決意は固く、最終的に王林はリーダーとしてそれぞれの意思を尊重する道を選びました。つまり、王林が自分の意思だけでグループを離れたというより、4人の将来を話し合った結果として全員卒業が決まったという経緯です。

不仲やトラブルが原因だったのか?

卒業のニュースが出た際には、4人全員が同時に卒業するという異例の展開から、不仲や事務所との対立を疑う見方も生まれました。

しかし、当時公開された公式メッセージで説明されているのは、メンバーそれぞれの新しい目標と、将来に向けた話し合いです。王林自身もメンバーへの感謝を述べ、今後の活動を応援する姿勢を示しています。

また、ジョナゴールドも卒業後はリンゴミュージック所属のソロアーティストとして音楽活動を続ける意向を表明。彩香は以前からの夢だったモデル活動を目指すと説明していました。

当時の発表内容から読み取れるのは、対立による解散ではなく、それぞれが自分の将来を選ぶための卒業だったということです。

卒業後もりんご娘というグループは存続

もう一つ重要なのが、王林たち4人の卒業によって、りんご娘そのものが解散したわけではない点です。

2022年4月1日からは、妹分ユニット「アルプスおとめ」で活動していた4人が新メンバーとして加入。先輩から後輩へグループの看板を引き継ぐ形で、新生りんご娘がスタートしました。

りんご娘は2000年に誕生した地域密着型グループであり、メンバーの卒業や交代を経ながら青森の魅力を発信し続けています。王林の卒業はグループの終わりではなく、次の世代へのバトンタッチだったのです。

【検証資料 1】りんご娘王林の当時の様子・関連報道写真(出典:ナタリー)

【加入から卒業まで】王林の経歴とりんご娘の歴代メンバー

王林の芸能活動は、りんご娘への加入から始まったわけではありません。小学生の頃から地元・弘前で芸能活動に取り組み、妹分グループを経て、りんご娘のメンバーになりました。

青森県弘前市出身、芸能活動のスタートは小学生時代

王林は1998年4月8日生まれ、青森県弘前市出身です。小学3年生の頃に弘前アクターズスクールへ入り、2007年から妹分グループのアルプスおとめで活動を開始しました。

アルプスおとめ時代の活動名は「斉藤」。その後、2013年にりんご娘へ加入し、7期メンバーとして活動することになります。

ちなみに、現在の「王林」という名前は本人にとって初めてではありません。りんご娘には以前にも同じ名前のメンバーが在籍しており、本人は2代目王林として活動しました。りんごの品種を芸名に採用するというグループ独自の文化も、特徴の一つです。

王林が在籍した時代のメンバー構成

2015年10月以降、王林が卒業する2022年3月までは、とき、王林、ジョナゴールド、彩香の4人体制でした。

王林はリーダーとしてグループをまとめ、青森県内のイベントや県外でのPR活動などに参加。地域密着型アイドルという枠を超えて、全国的なテレビ出演にもつながる活動を展開していきました。

特に2017年にはテレビ朝日系のオーディション番組「ラストアイドル」に参加し、派生ユニットGood Tearsのメンバーとしても活動。2018年6月まで、りんご娘との兼任を経験しています。

王林の加入から2026年までの主要な年表

時期 人物・組織 出来事・関係性
2007年 アルプスおとめ 妹分グループで芸能活動を開始。活動名は斉藤。
2013年 りんご娘・王林 7期メンバーとして加入。2代目王林として活動。
2015年10月 とき・王林・ジョナゴールド・彩香 4人体制での活動がスタート。
2017年~2018年6月 Good Tears ラストアイドルの派生ユニットにも参加。
2022年3月30日・31日 りんご娘 弘前市民会館で卒業ライブを開催。4人全員が卒業。
2022年4月 ソロ活動 王林として個人活動を開始。ボンド所属で活動。
2023年11月 Ourin-王林- 「Play The Game / ハイテンション」でソロ歌手デビュー。
2024年9月 Ourin-王林- 2ndシングル「So what」をリリース。
2026年4月1日 リンゴミュージック ボンド退所後、古巣の事務所に復帰。
2026年7月25日 OURIN PROJECT 弘前市の中央弘前駅に57cafeと中央弘前混ぜそばセンターが本格オープン。

この年表から分かるのは、王林が約9年間りんご娘で活動した一方、芸能活動そのものは2007年から続いているということです。本人が卒業メッセージで14年半の活動を振り返ったのも、妹分グループ時代を含めた長い歩みがあったためです。

【卒業後の現在】タレント・モデル・ソロ歌手としての活動

2022年4月、王林はりんご娘を卒業してソロ活動を開始しました。グループ時代は4人の一員として青森の魅力を発信していましたが、個人活動に移ってからは、テレビ、ファッション、音楽など、表現の幅を広げています。

津軽弁を武器に全国区のタレントへ

王林の知名度を大きく押し上げた要素の一つが、特徴的な津軽弁です。

全国ネットのバラエティー番組でも地元の言葉を自然に使い、青森県の食文化や観光、地域の魅力について自分の言葉で発信してきました。単に方言を話すタレントというだけではなく、青森で暮らしてきた経験を背景に、地域の魅力を全国の視聴者へ伝える存在になっています。

リンゴミュージックの公式プロフィールには、「ヒルナンデス!」や「くりぃむクイズ ミラクル9」「秘密のケンミンSHOW」「THE突破ファイル」などの出演番組が掲載されています。

また、俳優としても活動し、映画「バカ塗りの娘」、映画「じょっぱり 看護の人 花田ミキ」、ミュージカル「プロデューサーズ」などの出演実績があります。バラエティーだけに活動領域を限定していない点も、ソロ転向後の特徴です。

Ourin-王林-名義で2023年に歌手デビュー

王林は2023年、音楽活動を本格的にスタートさせました。アーティスト名義は「Ourin-王林-」。同年11月15日にファーストシングル「Play The Game / ハイテンション」をリリースしています。

ユニバーサルミュージックの発表によると、音楽活動で意識したテーマは、やはり青森でした。

「Play The Game」はりんごを歌詞に取り入れたダンスナンバー。「ハイテンション」は恋愛をテーマにしながら、津軽弁で意地っ張りを意味する「じょっぱり」の精神も取り入れた楽曲です。

加えて、2024年3月には「Dear My Friend」を配信リリース。同年9月4日には2ndシングル「So what」を発売しました。

「So what」はテレビドラマ「初恋不倫~この恋を初恋と呼んでいいですか~」のオープニングテーマにも採用されています。地元の文化や自身の感性を楽曲に反映させる姿勢は、りんご娘時代から続く王林らしさです。

ファッションブランド「What Is Heart」も展開

音楽と並んで注目されるのがファッション分野です。

2023年3月には、自身のアパレルブランド「What Is Heart(わいは)」を設立。青森の伝統工芸や地域の文化を取り入れたファッションプロデュースにも取り組んできました。

青森の魅力を発信するという軸は変えずに、音楽ではアーティスト、ファッションではプロデューサー、テレビではタレントという複数の顔を持つようになったのが、ソロ活動の大きな特徴です。

グループ時代との違いは、活動の選択肢を自分自身で広げられること。りんご娘の一員として地域をPRする立場から、個人名義で商品や作品を企画し、発信する立場へと変化しています。

【検証資料 2】りんご娘王林の活動歴およびメディア掲載記録(出典:J-CASTニュース)

【2026年最新】王林がボンドを退所してリンゴミュージックに復帰した理由

2026年の王林を語るうえで大きなニュースとなったのが、所属事務所の変更です。

2026年3月31日、王林は株式会社ボンドとの専属契約を終了して退所しました。そして翌4月1日、青森県弘前市に拠点を置くリンゴミュージックへの復帰が発表されました。

リンゴミュージックの公式発表でも、3月31日をもってボンドを退所し、4月1日から同社に復帰することが明記されています。

ボンド退所の公式理由は契約満了

今回の退所について、ボンドが公式に発表した理由は契約満了です。事務所側は王林との活動を振り返り、関係者やファンへの感謝を表明するとともに、今後の活躍を応援するメッセージを公開しました。

一方、2026年4月1日付のデイリースポーツは、関係者の話として、王林が以前から音楽やファッションを中心とした活動を希望していたこと、契約満了のタイミングで今後について話し合ったことを報じています。

したがって、退所の背景には今後の活動方針の見直しがあったと考えられます。ただし、公式発表で確認できるのは契約満了という事実であり、特定のトラブルや対立が原因だったとする発表はありません。

2022年の卒業と2026年の退所は別の出来事

ここは混同されやすいポイントです。

2022年3月の出来事は、りんご娘というグループからの卒業です。一方、2026年3月の出来事は、ソロ活動を支えてきたボンドとの契約終了です。

2022年4月からボンドに所属した王林は、その間もリンゴミュージックとの業務提携を続け、青森関連の活動にも関わっていました。2026年4月の復帰は、かつての所属先との関係を再び正式な所属という形に戻したものです。

つまり、今回の復帰はりんご娘への再加入を意味しません。王林はリンゴミュージック所属の個人アーティスト・タレントとして活動しています。

なぜ地元のリンゴミュージックに戻ったのか

リンゴミュージックは弘前市に拠点を置き、りんご娘やライスボール、ジョナゴールドなど、青森に根差したアーティストを育成・マネジメントしている芸能事務所です。

王林にとっては、小学生時代から芸能活動を続けてきた原点ともいえる場所です。青森を中心に活動する事務所へ戻ることは、音楽やファッションだけでなく、地域の事業や文化発信にも力を入れるうえで自然な選択と考えられます。

特に2026年には、弘前市の鉄道駅を起点にした地域活性化事業が具体的に動き始めました。所属事務所の変更と青森での新しい取り組みが同じ時期に進んでいることは、今後の活動を考えるうえで要点です。

【青森での最新活動】OURIN PROJECTと57cafeが本格始動

2026年の王林は、テレビや音楽活動に加え、地元・弘前市での地域活性化にも力を入れています。その中心となっているのが「OURIN PROJECT」です。

中央弘前駅に57cafeをオープン

2026年4月19日、王林がプロデュースする「57cafe(ゴーナナカフェ)」が弘南鉄道大鰐線の中央弘前駅に期間限定でオープンしました。

同店では、青森県産りんごを使ったアップルパイやりんごジュースなどを販売。王林自身もオープンイベントで店頭に立ち、商品を来店者に手渡しました。

この取り組みの背景には、弘南鉄道大鰐線の運行休止があります。同路線は2028年3月末で運行休止となることが決まっており、王林は高校時代に利用していた鉄道への思いから、中央弘前駅を新たなにぎわいの拠点にするプロジェクトを始めました。

2026年7月25日に2店舗が本格オープン

4月から5月にかけての期間限定営業を経て、2026年7月25日には「57cafe」と「中央弘前混ぜそばセンター」の2店舗が本格オープンしました。

57cafeではアップルパイやフィナンシェ、りんごジュース、スムージーなどを提供。中央弘前混ぜそばセンターでは、りんご醤油を使った混ぜそばや水餃子などを販売しています。

弘前市の観光情報サイトが2026年9月8日に掲載した特集でも、両店舗は王林がプロデュースするOURIN PROJECTの取り組みとして紹介されています。

また、店舗には弘南鉄道のつり革や津軽塗の技法を取り入れた装飾なども取り入れられています。単なる飲食店の出店ではなく、地域の文化や鉄道の歴史を組み合わせた空間づくりが特徴です。

王林の活動は芸能から地域プロデュースへ

このプロジェクトで注目したいのは、王林がテレビに出演して青森を紹介するだけでなく、実際に地域の人が訪れる場所をつくる側に回っていることです。

弘南鉄道大鰐線の運行休止という地域課題に対して、飲食店やイベント、駅を利用するきっかけを生み出す方法でアプローチしています。

これは、りんご娘時代から続く地域発信を、個人事業やプロジェクトという形に発展させたものです。

2026年10月時点での王林は、タレント・モデル・歌手としての活動に加え、青森での店舗プロデュースや地域活性化を進める立場にもなっています。

【検証資料 3】りんご娘王林に関する近況・インタビュー報道記録(出典:日刊スポーツ / Yahoo!ニュース)

【元メンバーとの現在の関係】ジョナゴールド・とき・彩香と新生りんご娘

王林の卒業から数年が経過した現在も、元メンバーの名前は関連ニュースに登場します。特にジョナゴールドとは、2026年の地域プロジェクトでも接点が確認できます。

ジョナゴールドとは現在も仕事で接点がある

ジョナゴールドは、2022年3月の卒業後もリンゴミュージックに所属し、ソロアーティストとして音楽活動を続けています。

2026年4月19日に開催された57cafeのオープニングイベントでは、ジョナゴールドがワークショップの進行を担当しました。また、同日に実施されたOURIN PROJECTのミーティングと王林の誕生会でも司会進行を務めています。

このように、りんご娘時代の仲間が現在はそれぞれ別の立場で活動しながら、青森の地域プロジェクトで協力する場面もあります。

2022年の卒業時にジョナゴールドが語った、別々の道を歩んでも互いに高め合う仲間であるという考え方は、こうした現在の活動にもつながっています。

とき・彩香もそれぞれの道へ

ときは卒業と同時にリンゴミュージックを退所し、新しい場所で活動する意向を示しました。

彩香もリンゴミュージックを退所し、幼い頃からの目標だったモデルの道へ進むことを表明しています。

4人は卒業後、同じ事務所に残ったわけでも、全員が同じ仕事を続けたわけでもありません。それぞれが別の方向へ進みながら、自分の目標を追いかけています。

王林についても、卒業後にグループへ戻るのではなく、ソロとして自分の活動領域を広げてきたことが、ほかの元メンバーとの大きな共通点です。

2026年現在の新生りんご娘メンバーは誰?

王林たち4人が卒業した後、りんご娘を引き継いだのはアルプスおとめ出身のメンバーです。

2026年10月31日時点で、りんご娘の公式サイトに掲載されているメンバーは次の4人です。

  • ピンクレディ
  • はつ恋ぐりん
  • 金星
  • スターキングデリシャス

2022年4月に始まった新体制は、2026年も継続しています。公式サイトでは10月30日にもイベント出演情報が掲載されており、11月1日のなかどまり町民文化祭への出演など、青森を中心とした活動が続いています。

王林が所属事務所に復帰したからといって、現メンバーの立場が変わったわけではありません。現在のりんご娘は新しい4人を中心としたグループとして活動しています。

【王林とりんご娘に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:王林はなぜりんご娘を卒業したのですか?
A1:2022年、メンバーそれぞれが新しい目標へ進みたいという意思を示したためです。王林自身は4人での活動継続を望んでいましたが、最終的にほかのメンバーの意思を尊重し、全員で卒業することになりました。

Q2:王林はりんご娘にいつ加入したのですか?
A2:2013年です。加入前は妹分グループのアルプスおとめで活動していました。りんご娘では7期メンバー、2代目王林としてリーダーを務めました。

Q3:王林は2026年現在、どこの事務所に所属していますか?
A3:2026年4月1日から、青森県弘前市に拠点を置くリンゴミュージックに所属しています。3月31日付でボンドを契約満了により退所しました。

Q4:王林はりんご娘に復帰したのですか?
A4:りんご娘のメンバーとして復帰したわけではありません。復帰したのは所属事務所のリンゴミュージックです。現在は個人のタレント・モデル・歌手として活動しています。

Q5:王林はソロ歌手としてどんな曲をリリースしていますか?
A5:「Ourin-王林-」名義で2023年11月に「Play The Game / ハイテンション」を発売しました。その後、2024年には「Dear My Friend」や「So what」などをリリースしています。

Q6:りんご娘の元メンバーとは現在も交流がありますか?
A6:2026年4月にはジョナゴールドが王林のプロデュースする57cafeのイベントやOURIN PROJECTの企画に参加しています。元メンバーが別々の活動を続けながら、仕事で協力する関係も確認できます。

Q7:2026年現在のりんご娘のメンバーは誰ですか?
A7:公式サイトに掲載されているのは、ピンクレディ、はつ恋ぐりん、金星、スターキングデリシャスの4人です。2022年4月から新体制で活動しています。

まとめ:【プロの結論】王林の卒業は終わりではなく、青森発の活動を広げる転機だった

王林のりんご娘卒業を振り返ると、その理由はメンバー同士の不仲や芸能活動からの引退ではなく、それぞれが新しい目標へ進むための決断だったことが分かります。

2013年に7期メンバーとして加入し、2022年3月までリーダーを務めた王林は、卒業後も芸能活動を継続。タレントとして全国のテレビ番組に出演する一方、2023年には「Ourin-王林-」としてソロ歌手デビューし、モデルやファッションプロデュースにも活動を広げました。

そして2026年4月にはボンドを契約満了で退所し、リンゴミュージックに復帰。7月には弘前市の中央弘前駅で57cafeと中央弘前混ぜそばセンターを本格オープンさせ、地域活性化にも取り組んでいます。

王林のキャリアを理解するうえで押さえたいのは、次の3つの転換点です。

  • 2022年:りんご娘を卒業し、グループの一員から個人で活動するタレントへ。
  • 2023~2024年:ソロ歌手デビューやファッションブランドなど、表現活動を多角化。
  • 2026年:リンゴミュージックへ復帰し、青森での地域プロデュースを本格化。

注目すべきなのは、全国的な知名度を獲得した後も、青森を活動の中心的なテーマに据えていることです。テレビ出演だけに依存せず、音楽、ファッション、飲食、鉄道を通じた地域づくりへと活動を広げています。

りんご娘時代の王林を知る人にとって、2026年の姿は大きな変化に映る可能性があります。しかし、その根底にある青森への思いは一貫しています。

今後はソロアーティストとしての音楽活動に加え、OURIN PROJECTを通じた弘前市のまちづくりがどこまで広がるのかにも注目です。王林にとって、りんご娘の卒業は故郷との別れではなく、青森の魅力をより広い形で届けるための新たな出発点だったといえるでしょう。

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白石 澪
デジタルマーケター 白石 澪
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アイドルグループと音楽シーンの取材を担当。公式サイトのスケジュール、リリース情報、 Billboard JAPAN などの公開チャートを照合してから記事を構成します。

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