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牧野真莉愛と日ハムの絆を徹底解説!2005年の出会いから2026年の始球式、卒業後まで

橘 蒼 橘 蒼 • 更新: • 公開: • 読了約 22 分
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「牧野真莉愛と日ハムは、なぜこれほど深い関係にあるのか?」。モーニング娘。の元メンバーで、北海道日本ハムファイターズの熱烈なファンとして知られる牧野真莉愛。そのファイターズ愛の原点は、彼女がまだ4歳だった2005年7月15日の札幌ドームにある。新庄剛志選手に手紙を渡そうと呼びかけた幼い少女と、それに応えて手紙を受け取ったスター選手。この出来事が、20年以上続く特別な関係の始まりだった。

2026年には、エスコンフィールドで3年連続となるファーストピッチを務め、6月24日には約12年間活動したモーニング娘。を卒業。さらに9月には鎌ケ谷スタジアムでの始球式も予定された。卒業後もファイターズへの応援を続ける牧野真莉愛の歩みを、本人のインタビュー、所属事務所の公式プロフィール、球団関連情報、スポーツ紙の報道から時系列で整理する。

【この記事の重要ポイントまとめ】

  • ファンになった理由:2005年7月15日、4歳で訪れた札幌ドームで新庄剛志選手に手紙を受け取ってもらったことがきっかけ。
  • 2026年の始球式:5月31日にエスコンフィールドで3年連続3回目のファーストピッチを実施。9月21日の鎌ケ谷での登板は雨天中止となった。
  • 卒業後の活動:2026年6月24日にモーニング娘。を卒業。タレント活動を継続し、道新スポーツで「LOVE新庄」の連載もスタートした。

【人物と球団の関係】牧野真莉愛はなぜ日本ハムファイターズの大ファンなのか

牧野真莉愛日ハム

牧野真莉愛は2001年2月2日生まれ、愛知県西尾市出身のタレント。2012年にハロプロ研修生となり、2014年9月にモーニング娘。へ加入した。2026年6月24日にグループとハロー!プロジェクトを卒業し、現在はソロタレントとして活動している。

所属するアップフロントクリエイトの公式プロフィールでも、趣味として「北海道日本ハムファイターズの応援」が掲載されている。単なる野球好きではなく、幼少期から球場へ通い、選手の応援歌まで覚えてきた熱心なファンだ。

注目したいのは、愛知県出身でありながら北海道の球団を応援している点だ。牧野の家族は、ひいおじいさんの代から中日ドラゴンズのファンだった。本人も3歳までは中日ファンで、ナゴヤドームに足を運んでいたという。

ところが4歳のとき、北海道旅行で訪れた札幌ドームで運命的な出会いを経験する。そこで出会ったのが、当時北海道日本ハムファイターズのスター選手だった新庄剛志だ。

この出会いによって、牧野の応援する球団は中日から日本ハムへと変わった。2026年9月の道新スポーツのインタビューでも、本人は新庄との出会いをファンになった原点として振り返っている。

【検証資料 1】牧野真莉愛日ハムの当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【ファンになった理由】2005年7月15日、札幌ドームで起きた新庄剛志との出会い

牧野真莉愛の日本ハム愛を語るうえで欠かせないのが、2005年7月15日の札幌ドームでの出来事だ。

当時4歳だった牧野は、家族旅行で北海道を訪れ、北海道日本ハムファイターズ対東北楽天ゴールデンイーグルスの試合を観戦した。

試合前、グラウンドにはまだ選手が出ていなかった。牧野は新庄選手に手紙を渡そうと考え、事前に自分で手紙を書いていたという。

母親は、幼い娘が選手本人に手紙を渡せるとは思っていなかったようだ。しかし、牧野は諦めなかった。

スタンドから新庄選手に向かって、何度も声をかけ続けたのである。

「SHINJO、お手紙だよ」

その呼びかけに気づいた新庄選手は、グラウンドに姿を見せ、手紙を受け取ってくれた。

このエピソードは、2026年9月12日に公開された道新スポーツの単独インタビューでも本人が詳しく語っている。2005年7月15日の楽天戦は日本ハムが4対8で敗れた試合だったが、牧野にとっては勝敗以上に忘れられない一日となった。

新庄剛志が受け取った手紙がファイターズファン誕生の瞬間

牧野が惹かれたのは、単に新庄選手のプレーや知名度だけではない。幼い自分の呼びかけに応えてくれたという、実際の交流が大きかった。

2020年に週刊ベースボールのインタビューで語ったエピソードでは、手紙にリボンを巻き、スタンドから落としたところ、新庄選手がナイスキャッチしてくれたことも紹介されている。

本人にとって、そのときの「ありがと」という言葉は、今も記憶に残る大切な思い出だ。

さらに興味深いのは、牧野だけでなく母親もファイターズファンになったこと。家族全員が中日ファンだった環境から、娘の新庄選手への憧れをきっかけに、母親も日本ハムを応援するようになったという。

新庄監督を「つーたん」と呼ぶ理由

2026年2月7日、牧野は写真集「Blooming MARIA25」の発売イベントで、新庄監督を親しみを込めて呼ぶ理由についても説明した。

幼少期から新庄を好きになり、手紙を渡そうとスタンドから呼び続けたことが、現在まで続く特別な関係の出発点になっている。

牧野によると、実際に会ったときには「つーたん」と呼んでいるという。新庄から「新庄さんやろ」と言われることもあると明かしており、長年のファンならではの距離感が伝わってくる。

新庄剛志は、牧野にとって憧れの野球選手であり、ファイターズという球団を好きになるきっかけを与えた存在なのだ。

【日ハム愛の実態】年間50試合の観戦、中田翔推し、応援歌への深い知識

牧野真莉愛が本当に熱心なファイターズファンなのかを判断するうえで、注目したいのが球場への通い方と選手への思い入れだ。

所属事務所の公式プロフィールによれば、モーニング娘。加入前には年間50回以上もスタジアムで観戦し、春季キャンプにも足を運んでいた。

2021年6月のスポーツナビのインタビューでも、グループ加入前は年間50試合近く球場で観戦していたことが紹介されている。外野席での観戦を好み、選手の応援歌や球場の雰囲気を楽しんできた。

中田翔が当時の推し選手だった

牧野のファイターズ愛を象徴するエピソードの一つが、中田翔選手への応援だ。

2021年のスポーツナビのインタビューで、牧野は球場での応援スタイルについて、大好きな中田翔選手のユニホームを着て外野席で応援していたと説明している。

加えて、自作の「LOVE中田」と書かれたボードを持参していたことも明かした。

ここで注意したいのは、これは2021年当時の推し選手についての話だという点だ。過去のインタビューで語られた中田翔への思いを、2026年現在の唯一の推し選手と断定することはできない。

ファイターズの応援歌を歌えるほどの知識

牧野の野球好きは、選手の名前を知っているだけでは終わらない。

アップフロントクリエイトの公式プロフィールには、外野席で観戦することが多かったため、幼少期に覚えたファイターズのほとんどの選手の応援歌を歌えると記載されている。

日刊スポーツも2026年9月の報道で、牧野がステージでファイターズの応援歌を披露したことがあると紹介している。

野球の応援歌は、選手ごとに異なるメロディーや歌詞があり、球場で何度も聞き、歌いながら覚えていくものだ。幼いころから外野席に通っていた牧野にとって、応援歌はファンとしての記憶そのものでもある。

ファームや春季キャンプにも関心を持つ

牧野の応援対象は、一軍のスター選手だけではない。

2025年2月には沖縄・名護で行われた日本ハムの春季キャンプを訪問。同年の報道では、二軍の本拠地である鎌ケ谷にも足を運ぶほどのファンとして紹介された。

一軍の試合だけでなく、キャンプやファームにも目を向けている点は、長年のファン歴を裏付けるエピソードだ。

【検証資料 2】牧野真莉愛日ハムの活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【完全年表】牧野真莉愛と日本ハムの関係、始球式から2026年卒業まで

牧野とファイターズの関係は、2005年の出会いから、アイドルとしての活動、球団イベントへの参加、そして卒業後の応援活動へと続いている。

主要な出来事を時系列で整理すると、次のようになる。

時期 出来事・関係 注目ポイント
2005年7月15日 札幌ドームで新庄剛志選手と出会う 4歳で手紙を渡し、ファイターズファンになる
幼少期~2014年 球場観戦・応援歌を覚える 年間50試合以上観戦、キャンプにも訪問
2014年9月 モーニング娘。に加入 アイドル活動とファイターズ応援を両立
2021年 応援スタイルをインタビューで紹介 中田翔のユニホーム、「LOVE中田」ボード
2024年6月2日 エスコンフィールドでファーストピッチ ノーバウンド投球を披露
2025年4月27日 エスコンフィールドで2年連続のファーストピッチ 山崎福也投手の指導を受け、再びノーバウンド
2026年5月31日 エスコンフィールドで3年連続のファーストピッチ 新庄監督の顔が描かれたスカートで登場
2026年6月24日 モーニング娘。・ハロー!プロジェクトを卒業 約12年間のグループ活動に幕
2026年9月21日 鎌ケ谷スタジアムで始球式を予定 雨天による試合中止で登板は実現せず
2026年9月~10月 道新スポーツの連載、ソロ活動を継続 「LOVE新庄」の連載がスタート

2024年:エスコンフィールドで初めてファーストピッチ

2024年6月2日、日本ハム対横浜DeNA戦で牧野がエスコンフィールドに登場した。

この日は球団OBの糸井嘉男氏との一球勝負も行われ、始球式では見事なノーバウンド投球を披露。事前には斎藤佑樹氏から投球のアドバイスを受けていた。

日刊スポーツの報道では、牧野は憧れの新庄監督の前で投球フォームを披露したことも紹介されている。

2025年:2年連続のノーバウンド投球

2025年4月27日の日本ハム対ロッテ戦でもファーストピッチを担当した。

この日は山崎福也投手から投球指導を受け、2年連続でノーバウンド投球を達成。試合後にはモーニング娘。'25のミニライブも予定され、アイドル活動とファイターズ応援が一体となったイベントになった。

牧野は大好きなエスコンフィールドのマウンドに立てた喜びを表現し、球場への愛着を改めて示した。

2026年5月31日:新庄愛が全開の3年連続始球式

2026年5月31日、日本ハム対巨人戦で牧野は3年連続3回目となるエスコンフィールドのファーストピッチを務めた。

この日の衣装は、ひときわ目を引くものだった。新庄監督の顔が全面に描かれたスカートを着用し、新庄の現役時代の登場曲に合わせて登場したのである。

投球はストライクゾーンから外れたものの、見事なノーバウンド。過去2年に続いてノーバウンド投球を披露した。

登板前にはモーニング娘。'26として「LOVEマシーン」を歌唱。試合後にはスペシャルライブも予定されていた。

投球後には日本ハムOBの斎藤佑樹氏に向けて感謝を伝え、球場のファンに向かって「LOVE新庄!」とメッセージを送った。

デイリースポーツの2026年5月31日の報道によれば、これでエスコンフィールドでのファーストピッチは3年連続3回目となった。

【2026年卒業後の現在】牧野真莉愛の芸能活動とファイターズ応援はどう変わった?

2026年4月9日、ハロー!プロジェクト公式サイトは、牧野真莉愛がモーニング娘。'26とハロー!プロジェクトを卒業すると発表した。

卒業理由について、所属事務所は本人から次の夢に向かいたいという申し出があったと説明している。

「思う存分モーニング娘。の活動を愉しむことができたので、次の夢に向かっていきたい」

卒業公演は2026年6月24日に日本武道館で開催された。これによって、2014年9月の加入から続いた約12年間のモーニング娘。としての活動に一区切りがついた。

卒業後も芸能活動を継続

牧野は卒業後も芸能界で活動を続けることを明らかにしている。

2026年10月23日のORICON NEWSの取材では、卒業後もアップフロントに所属し、楽しく芸能活動をしていると説明した。

同日発売の雑誌「アップトゥボーイ」vol.368では表紙・巻頭を担当。通算18回目の表紙登場となり、ソロタレントとしての新しいスタートを印象づけた。

本人は卒業後の夢として、つんくの楽曲でアニメ「ONE PIECE」の主題歌を歌い、日本レコード大賞の新人賞を獲得するという目標も語っている。

道新スポーツで「LOVE新庄」の連載がスタート

ファイターズとの関係で特に注目されるのが、2026年9月から始まった道新スポーツの連載だ。

連載タイトルは「一味道新 牧野真莉愛の『LOVE新庄』」。本人がタイトルを考案した。

2026年9月30日に公開された第1回では、これまでのファーストピッチや始球式の思い出、今後取り組みたい企画について語っている。

タイトルに使われた「一味同心」は、心を一つにして同じ目的に向かうという意味を持つ言葉。牧野は道新という言葉からこの表現を知り、そこに自身の大好きな言葉である「LOVE新庄」を組み合わせたと説明している。

この連載は、単に有名人が野球についてコメントする企画とは異なる。20年以上のファン歴を持つ本人が、これまでの経験や応援への思いを自分の言葉で伝える場になっている。

2026年9月21日の鎌ケ谷スタジアム始球式は雨天中止

卒業後のファイターズ関連活動として、2026年9月21日に予定されていた鎌ケ谷スタジアムでの始球式も大きな話題になった。

日本ハムは9月17日、ファーム・リーグの巨人戦で牧野が始球式を務めると発表。球団によると、イベントを含めて鎌ケ谷スタジアムには初登場となる予定だった。

牧野も、6月24日の卒業から間もなく始球式の機会を得られたことを喜び、新庄の言葉として知られる「努力は一生 本番は一回 チャンスは一瞬」を胸に臨む意気込みを示していた。

しかし、当日は台風の影響による雨天で試合そのものが中止となった。牧野本人も公式発信で中止を伝えており、鎌ケ谷での始球式は実現していない。

9月30日の道新スポーツの連載でも、牧野は鎌ケ谷で投げることを楽しみにしていたため残念だったと振り返っている。

したがって、2026年の鎌ケ谷スタジアムについては「始球式を務めた」ではなく、「始球式が予定されたが雨天中止になった」と理解するのが正確だ。

2026年10月現在のレギュラー活動

所属事務所の公式プロフィールでは、北海道のテレビ番組「キタコイ」へのレギュラー出演や、道新スポーツでの不定期連載が掲載されている。

また、2026年9月には公式Xアカウントを開設。10月には「アップトゥボーイ」創刊40周年関連のイベントにも登場した。

10月30日時点では、第32回日本トライアスロン選手権のYouTubeライブ中継への音声出演も公式に発表されている。

グループ卒業によって活動の形は変わったが、テレビ、雑誌、イベント、スポーツ関連の仕事など、個人としての活動領域を広げている。

【検証資料 3】牧野真莉愛日ハムに関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【プロの結論】牧野真莉愛の日ハム愛が特別な理由と、知っておきたい3つの誤解

牧野真莉愛と日本ハムの関係を理解するうえで重要なのは、始球式やメディア出演だけを切り取らないことだ。

彼女のファン歴は2005年の札幌ドームに始まり、球場通い、選手の応援歌、春季キャンプ、ファームへの関心へと広がっている。アイドルとして注目を集める以前から続く趣味であり、卒業後も変わらない活動の軸になっている。

誤解1:2026年の始球式はすべて卒業後に行われた?

これは正確ではない。

2026年5月31日のエスコンフィールドでのファーストピッチは、6月24日のモーニング娘。卒業より前に実施されている。

一方、9月21日の鎌ケ谷スタジアムでの始球式は卒業後に予定されたものの、雨天中止となった。時系列を分けて理解する必要がある。

誤解2:3年連続の始球式は2026年が初めての登板?

これも違う。

3年連続という表現は、2024年、2025年、2026年にエスコンフィールドでファーストピッチを務めたことを指す。牧野の始球式経験全体を初めてから数えた表現ではない。

誤解3:中田翔が2026年現在も唯一の推し選手?

中田翔を推していたことは、2021年のスポーツナビのインタビューで確認できる。しかし、その当時の発言を現在の推し選手として扱うのは適切ではない。

牧野の応援の中心には新庄剛志監督への長年の思いがあり、選手やチームの状況に応じたファイターズへの応援を続けている。

ファンとしての活動と仕事としての出演を分けて見る

もう一つ重要なのは、牧野のファイターズ関連活動には、個人的な観戦と、仕事としての球団イベント出演の両方があるという点だ。

始球式やライブ出演は球団イベントとしての活動。一方、年間50試合以上の観戦やキャンプ訪問、選手応援歌への知識は、長年のファンとしての経験を示している。

両者を区別することで、牧野の野球愛を単なる芸能活動の一環として過小評価することも、反対にすべてを球団公認の活動として誤解することも避けられる。

今後のファイターズ関連情報を見る際には、球団公式発表、本人の公式発信、本人が登場したインタビューを優先して確認するとよい。特に始球式のようなイベントは、開催決定と実際の開催結果を分けて把握することが大切だ。

【牧野真莉愛と日ハムの関係】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:牧野真莉愛が日ハムファンになった理由は?
A1:4歳だった2005年7月15日に札幌ドームで新庄剛志選手に手紙を受け取ってもらったことがきっかけ。それまでは地元の中日ドラゴンズを応援していた。

Q2:牧野真莉愛は新庄剛志とどこで出会った?
A2:2005年7月15日の札幌ドームでの日本ハム対楽天戦。試合前にスタンドから手紙を渡したいと呼びかけ、新庄選手が応えて手紙を受け取った。

Q3:牧野真莉愛のエスコンフィールドでの始球式は何年連続?
A3:2024年、2025年、2026年の3年連続3回目。2026年5月31日の日本ハム対巨人戦でもノーバウンド投球を披露した。

Q4:2026年の鎌ケ谷スタジアムでの始球式は実現した?
A4:実現していない。9月21日のファーム・リーグ巨人戦で予定されていたが、雨天による試合中止で登板も中止となった。

Q5:牧野真莉愛はモーニング娘。を卒業した後も日ハムファン?
A5:はい。2026年9月には道新スポーツで「LOVE新庄」の連載がスタート。卒業後もファイターズへの応援を続けている。

Q6:牧野真莉愛の現在の芸能活動は?
A6:2026年10月現在、アップフロントに所属するソロタレントとして活動中。テレビ番組「キタコイ」、雑誌出演、イベント、道新スポーツの連載などに取り組んでいる。

まとめ:牧野真莉愛の日ハム愛は2005年から続く本物のファン歴

牧野真莉愛と北海道日本ハムファイターズの関係は、2005年7月15日の札幌ドームで始まった。4歳の少女が新庄剛志選手に手紙を渡し、それを受け取ってもらったことが、20年以上続くファン活動の原点になっている。

年間50試合以上の観戦、春季キャンプへの訪問、中田翔のユニホームや応援ボード、選手の応援歌を歌えるほどの知識。こうしたエピソードを振り返ると、牧野のファイターズ愛が長年の積み重ねによって育まれたことが分かる。

2024年から2026年まではエスコンフィールドで3年連続のファーストピッチを担当。2026年6月24日のモーニング娘。卒業後も、道新スポーツの連載「LOVE新庄」などを通じてファイターズとのつながりを発信している。

一方、9月21日に予定されていた鎌ケ谷スタジアムでの始球式は雨天中止となった。今後、再び鎌ケ谷で投げる機会が設けられるかも注目点の一つだ。

4歳のときに新庄剛志へ届けようとした一通の手紙。その思いは、アイドルとしての約12年間を経ても消えることなく、ソロタレントとなった2026年現在も続いている。牧野真莉愛にとってファイターズは、仕事上の関係だけではなく、人生の長い時間をともに歩んできた特別な存在なのだ。

主な根拠資料: ハロー!プロジェクト公式発表、アップフロントクリエイト公式プロフィール、道新スポーツ、スポーツナビ、日刊スポーツ、デイリースポーツ、ORICON NEWS、Full-Count。

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橘 蒼
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