ホーム 芸能人プロフィール・現在 翔猿正也の本名・年齢・経歴は?兄・英乃海との関係と2026年最新情報を徹底解説

翔猿正也の本名・年齢・経歴は?兄・英乃海との関係と2026年最新情報を徹底解説

天海 凛 天海 凛 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

大相撲の土俵で、軽快な動きと鋭い攻めを見せる翔猿正也(とびざる・まさや)。東京都江戸川区出身の追手風部屋所属力士で、兄の英乃海とともに角界で活躍してきた人物です。2023年9月場所には最高位となる西小結に在位し、小柄な体格を生かしたスピード感のある相撲で存在感を示してきました。

2026年10月24日時点で34歳。本名や身長・体重といった基本プロフィールに加え、小松竜道場で相撲を始めた経緯、プロ野球選手を夢見た幼少期、保育士を志した子ども好きの一面も注目されています。加えて、実兄・英乃海は2026年3月場所限りで現役を引退しました。ここでは、日本相撲協会の力士プロフィールや本人に関する報道、公式関連作品の情報をもとに、翔猿の歩みと現在を整理します。

【この記事の重要ポイントまとめ】
  • プロフィール:本名は岩﨑正也、生年月日は1992年4月24日。東京都江戸川区出身で、追手風部屋に所属しています。
  • 相撲人生:兄・英乃海の影響で小松竜道場に通い始め、野球の夢を経て相撲の道へ。最高位は西小結(2023年9月場所)です。
  • 意外な素顔:子ども好きで保育士を志した過去があり、相撲健康体操の映像作品やテレビ番組でも親しみやすい一面を見せています。

【プロフィール】翔猿正也の本名・年齢・身長・体重と2026年の最新成績

翔猿正也

翔猿正也は、1992年4月24日生まれの大相撲力士です。四股名の読み方は「とびざる・まさや」。2026年10月24日現在、年齢は34歳です。出身地は東京都江戸川区で、所属する相撲部屋は追手風部屋です。

日本相撲協会の公式プロフィールによると、身長は173.0cm、体重は135.0kg。得意技は「押し」で、初土俵は2015年1月場所、新十両は2017年7月場所、新入幕は2020年9月場所です。最高位は小結で、2023年9月場所には西小結を務めました。(日本相撲協会公式サイト)

項目 プロフィール
四股名 翔猿 正也(とびざる まさや)
本名 岩﨑 正也(いわさき まさや)
生年月日・年齢 1992年4月24日・34歳(2026年10月24日時点)
出身地 東京都江戸川区
所属部屋 追手風部屋
身長・体重 173.0cm・135.0kg(日本相撲協会の掲載値)
得意技 押し
初土俵 2015年1月場所
新十両・新入幕 2017年7月場所・2020年9月場所
最高位 小結(2023年9月場所は西小結)
2026年9月場所 東前頭14枚目・4勝11敗

体重については、140kgと紹介する記事やプロフィールも見られます。一方、日本相撲協会の現行プロフィールには135.0kgと掲載されています。力士の体重は測定時期などによって変動するため、最新の数値を確認する際は公式プロフィールの掲載値を基準にするのが適切です。

本名の漢字も、資料によって「岩﨑」と「岩崎」の表記が見られます。日本相撲協会のプロフィールでは「岩崎正也」、日本コロムビアの関連作品のプロフィールでは「岩﨑正也」と表記されています。読み方はいずれも「いわさき・まさや」です。

2026年9月場所では東前頭14枚目で4勝11敗という成績でした。最高位の小結に到達した経験を持つ一方、直近の番付では平幕での戦いが続いています。最高位だけで現在の実力を判断するのではなく、各場所の番付と成績を合わせて見ることが、現状を理解するポイントです。

【検証資料 1】当時のメディア報道・掲載写真(出典:sponichi.co.jp)

【生い立ち】小松竜道場で相撲を始め、野球の夢を諦めた理由

翔猿が相撲を始めたきっかけは、兄・英乃海が通っていた地元の相撲道場でした。江戸川区立上一色小学校の1年生だった頃、兄について小松竜道場へ通うようになったことが、相撲人生の出発点です。

幼い頃の翔猿は、じっとしているよりも飛んだり跳ねたりすることが好きな、活発な子どもだったと紹介されています。四股名の「翔猿」は、猿のように動き回っていた幼少期の印象や、申年生まれであることにちなんだものとして知られています。

ただし、当初から相撲だけに打ち込んでいたわけではありません。野球、サッカー、水泳などにも親しみ、とりわけ野球には強い関心を持っていました。小学生の頃には少年野球チームに所属し、将来はプロ野球選手になることを夢見ていたと報じられています。

転機となったのは中学校への進学です。兄と同じ葛飾区立大道中学校へ進み、相撲と野球を両立することが難しくなったことで、次第に相撲へ専念するようになりました。2020年のインタビュー記事では、本人が野球を続けたい気持ちを持っていたことや、相撲を辞めたいと言い出しにくかった当時の心境について語っています。(ライブドアニュース掲載インタビュー、日刊ゲンダイDIGITAL)

この経緯から見えてくるのは、翔猿が最初から大相撲を唯一の夢として選んだわけではないということです。兄について行った道場が競技生活の入口となり、中学校での環境の変化を経て、相撲が本格的な進路になっていきました。

中学校では葛飾白鳥相撲教室でも稽古を重ね、幼なじみの剣翔とも相撲を通じて交流しました。その後は相撲の強豪校として知られる埼玉栄高校に進学し、日本大学経済学部へ。大学相撲を経験してから角界へ入るという道を歩んでいます。

野球の夢を諦めた過去は、単なる挫折のエピソードではありません。別のスポーツへの関心を持ちながらも、相撲の稽古と競技経験を積み重ね、最終的に幕内の土俵へたどり着いた翔猿のキャリアを理解するうえで重要な背景です。

【経歴年表】追手風部屋で小結まで上り詰めた歩み

翔猿の力士としての経歴は、少年相撲から高校・大学の競技相撲を経て、2015年の初土俵へとつながっています。兄・英乃海と同じ道場や学校で相撲を学んだ時期を経ながら、プロ入りでは兄が所属していた木瀬部屋ではなく、追手風部屋を選びました。

時期 出来事 ポイント
1992年4月24日 東京都江戸川区で誕生 本名は岩﨑正也
小学校1年生ごろ 小松竜道場で相撲を始める 兄・英乃海の影響
中学校時代 相撲に専念 野球との両立を断念
高校・大学時代 埼玉栄高校、日本大学で相撲を続ける 大学相撲を経験
2015年1月場所 初土俵 追手風部屋から角界入り
2017年7月場所 新十両 関取への昇進
2020年9月場所 新入幕 幕内力士としての挑戦が始まる
2022年11月場所 新三役・小結 幕内上位での地位を獲得
2023年9月場所 西小結 最高位での出場
2026年9月場所 東前頭14枚目、4勝11敗 直近の公式掲載成績

追手風部屋への入門は、翔猿のキャリアを考えるうえで見逃せない選択です。兄の英乃海は木瀬部屋に所属していましたが、翔猿は日本大学出身者の多い追手風部屋へ進みました。兄弟で相撲を学んできた一方、プロ入り後は別々の部屋で力士としての道を歩んだことになります。

初土俵から新十両まで約2年半、新入幕まではさらに約3年かかりました。2020年9月場所に幕内へ昇進すると、2022年11月場所に新三役となり、2023年9月場所には西小結に在位しています。幕内定着から三役昇進までの歩みは、体格差を補う技術やスピードを磨きながら、上位力士との対戦経験を重ねてきた過程でもあります。

なお、2023年9月場所の成績は6勝9敗でした。最高位への到達と、その地位で勝ち越すことは別の課題です。小結という番付は、翔猿が上位陣と競い合える位置まで進んだことを示す一方、三役の地位を維持する難しさも表しています。

【検証資料 2】活動歴および当時の関連ビジュアル記録(出典:st-note.com)

【相撲の特徴】173cmの体格を生かす押しとスピードの勝負

翔猿の得意技は押しです。相手の胸や体を押して土俵際へ追い込む押し相撲は、単に腕力だけで勝負するものではありません。立ち合いの反応、相手との距離、足の運び、攻める方向を瞬時に判断する能力が大切です。

身長173cmという体格は、幕内の大型力士と比べると小柄な部類です。しかし、翔猿の相撲では、その体格を不利な条件として受け入れるだけでなく、動きの速さや機敏な攻めにつなげることが見どころになっています。相手が攻めの形を整える前に仕掛けたり、体勢を崩した相手を逃さず攻めたりすることで、体格差を埋める余地が生まれます。

押し相撲を基本としながら、状況に応じて相手の動きを利用する取り口も特徴です。押し出しのほか、相手の体勢を崩して勝負を決める引き落としや叩き込みなども、相撲を見る際の注目点になります。

日本相撲協会の公式プロフィールでは、直近6場所の取組結果に基づく決まり手の傾向として、引き落としと寄り切りがそれぞれ16%、押し出しが14%と掲載されています。得意技として登録されている「押し」と、実際の勝ち方の分布は必ずしも一致しません。相手の研究や取組展開に合わせて勝負を組み立てる必要があることを示す数字です。(日本相撲協会公式サイト)

一方で、スピードを生かす相撲は、立ち合いで主導権を握れなかった場合や、相手に懐へ入られた場合に難しい展開になることもあります。小柄な力士が上位で勝ち続けるには、得意な攻めを磨くだけでなく、相手に動きを封じられたときの対応も欠かせません。

翔猿の相撲を観戦するなら、勝敗だけでなく、立ち合い直後にどちらが先に動いたか、相手の重心をどう崩したか、土俵際でどのように攻めをつないだかにも注目すると、取り口の特徴がより分かりやすくなります。

【兄弟関係】実兄・英乃海との絆と2026年の大きな節目

翔猿の実兄は、元幕内力士の英乃海(ひでのうみ)です。本名は岩崎拓也。翔猿より3歳年上で、東京都江戸川区出身という共通点があります。兄弟は少年時代から相撲に取り組み、道場や学校で経験を重ねてきました。

兄の影響で相撲を始めた翔猿ですが、プロ入り後は兄弟で同じ部屋に所属したわけではありません。英乃海は木瀬部屋、翔猿は追手風部屋に所属し、それぞれ別の環境で番付を上げていきました。英乃海の最高位は前頭6枚目、翔猿の最高位は小結です。ともに幕内の土俵を経験した兄弟力士として知られています。

英乃海は2026年3月場所限りで現役を引退しました。日本相撲協会の公式プロフィールにも引退場所が記録されており、同年10月3日には両国国技館で断髪式が行われています。報道によると、断髪式では弟の翔猿と最後の一番を行い、長年の力士生活に区切りをつけました。(日本相撲協会公式サイト、スポニチ、デイリースポーツ)

兄の引退によって、兄弟がともに現役力士として土俵に立つ時間は終わりました。ただし、翔猿自身の競技生活は続いています。兄弟の歩みを振り返る際には、英乃海の引退という節目と、現役を続ける翔猿の今後を分けて捉えることが大切です。

また、インターネット上の古いプロフィールや記事には、英乃海を現役力士として紹介するものが残っている場合があります。2026年の情報を調べる際は、記事の公開日だけでなく、引退に関する公式記録や報道も確認すると、現在の状況を取り違えずに済みます。

【検証資料 3】公の場での発言・インタビュー報道記録(出典:osaka-yataimura.com)

【素顔とメディア出演】子ども好き、保育士の夢、餃子100個の話

土俵上では俊敏な動きが目を引く翔猿ですが、素顔については子ども好きな一面が知られています。本人は高校時代に保育士を志していたことがあり、子どもと関わる仕事に関心を持っていたとインタビューで語っています。相撲を続けるか、別の進路を選ぶかという迷いがあったことも、当時の報道で紹介されました。(ライブドアニュース掲載インタビュー、日刊ゲンダイDIGITAL)

この子ども好きという一面が、具体的な形になったのが、2021年10月27日に発売された「翔猿関といっしょに! 相撲健康体操/ハッキヨイ!大相撲 ひよの山かぞえ歌」です。日本コロムビアの公式作品紹介によると、DVDには翔猿が子ども向けに相撲健康体操を教える映像が収録され、CDには「ひよの山かぞえ歌」の翔猿関バージョンが収められています。(日本コロムビア公式作品紹介)

相撲健康体操は、相撲の基本動作をもとに、親しみやすく体を動かすことを目指したものです。翔猿は単に歌を歌うだけでなく、子どもたちに体操を伝える役割も担いました。保育士を志した過去と、相撲を通じて子どもたちに関わる活動がつながった点は、本人の人柄を知るうえで興味深いエピソードです。

テレビ出演では、2020年12月28日放送の日本テレビ系「有吉ゼミ」も話題になりました。番組では翔猿と大栄翔らが、約4.8kgのギガ盛り天ぷらそばプレートに挑戦しています。放送内容を紹介した報道では、チャレンジを完食できなかったことも伝えられています。(WEBザテレビジョン、番組内容紹介)

一方、「餃子100個」というエピソードも翔猿の人物紹介などで見かけます。ここで注意したいのは、「餃子を一度に100個食べられる」という話と、「有吉ゼミで餃子100個を完食した」という話は同じではないことです。2020年12月28日の放送内容として報じられているのは、4.8kgのギガ盛りそばへの挑戦です。番組の大食い企画と餃子100個の話を、ひとつの出来事として混同しないようにしたいところです。

SNSでは、Instagramに「翔猿 正也(@tobizaru_masaya)」名義のアカウントがあり、プロフィールには追手風部屋所属であることなどが記載されています。公開プロフィールではゴルフを始めたことにも触れられており、土俵外の趣味を知る手がかりになります。フォロワー数や投稿内容は変わるため、最新の活動を確認する際は本人名義の公開アカウントを参照するのがよいでしょう。

なお、子ども好きであることや保育士を志した過去は、本人の人柄を伝える情報です。それだけで、現在の家族構成や子どもの有無などが分かるわけではありません。公表された活動や本人の発言と、私生活に関する推測は分けて考える必要があります。

【プロの結論】翔猿正也を理解するための3つの視点

翔猿を知るうえで押さえたいのは、第一に、最高位の小結という実績です。2023年9月場所に西小結まで上がったことは、幕内上位で戦う力を示した重要な到達点です。ただし、番付は場所ごとに変わるため、過去の最高位と直近の成績は分けて見る必要があります。

第二に、体格と取り口の関係です。173cmという身長で幕内の大型力士と対戦するには、押しの威力だけでなく、立ち合いの判断、機動力、相手の体勢を崩す技術が欠かせません。翔猿の持ち味は、体格差をスピードと動きで補い、相手に自分の形を作らせないところにあります。

第三に、相撲以外の経験が人柄を形作っている点です。幼少期には野球選手を夢見て、高校時代には保育士という進路も考えていました。最初から一直線に力士を目指したというより、さまざまな選択肢を考えながら相撲を続け、プロの世界で実績を積み重ねてきた人物です。子ども向けの相撲健康体操に参加したことも、こうした背景と結びついています。

翔猿を評価する際は、体格や明るいキャラクターだけに注目するのではなく、番付の推移、対戦相手、取組内容、そして本人が取り組んできた活動を総合的に見ることが大切です。華やかな一番だけでは見えにくい、長い競技生活の積み重ねが浮かび上がります。

【翔猿正也】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:翔猿正也の本名と年齢は? A1:本名は岩﨑正也(いわさき・まさや)で、1992年4月24日生まれです。2026年10月24日時点で34歳です。日本相撲協会のプロフィールでは、本名が「岩崎正也」と表記されています。

Q2:翔猿正也の最高位は何ですか? A2:最高位は小結です。2023年9月場所には西小結を務めました。2026年9月場所は東前頭14枚目で、4勝11敗でした。

Q3:翔猿正也は有吉ゼミで餃子100個を食べたのですか? A3:「餃子100個」という話は人物紹介などで見られますが、2020年12月28日の「有吉ゼミ」で報じられたチャレンジは、約4.8kgのギガ盛り天ぷらそばプレートです。「番組で餃子100個を完食した」と一括りにするのは正確ではありません。

まとめ:翔猿正也の現在と今後の注目ポイント

翔猿正也は、東京都江戸川区出身の追手風部屋所属力士で、本名は岩﨑正也、1992年4月24日生まれの34歳です。小松竜道場で相撲を始め、野球を諦めて競技に専念し、2015年の初土俵から2023年9月場所の西小結まで番付を上げてきました。

兄・英乃海の影響で相撲を始めた一方、プロ入り後は別々の部屋で活躍しました。英乃海は2026年3月場所限りで引退し、同年10月には断髪式を迎えています。兄弟力士として歩んだ歴史は、翔猿の来歴を語るうえで欠かせない要素です。

また、子ども好きで保育士を志した過去や、相撲健康体操の映像作品への参加は、土俵上とは異なる魅力を伝えています。2026年9月場所の成績は4勝11敗でしたが、過去に小結まで上がった実績を持つ翔猿が、今後どのような相撲で巻き返しを図るのかは引き続き注目点です。

最新の番付や成績を知りたい場合は日本相撲協会の公式プロフィールを、土俵外の活動を知りたい場合は本人名義の公開SNSや公式関連作品を確認すると、古い情報との混同を避けやすくなります。翔猿の魅力は、機敏な押し相撲だけでなく、相撲にたどり着くまでの紆余曲折と、子どもたちに相撲の楽しさを伝える一面にもあります。

同じカテゴリの記事

天海 凛
トレンドリサーチャー 天海 凛
プロフィールを見る →

美容・ファッション領域のライター。ブランドの公式発表、商品の成分表示、取材先の一次コメントをもとに構成し、体験談と公開情報を区別して記載します。

おすすめの関連記事