2026年10月現在、パティシエ・実業家の鎧塚俊彦さんは再婚を公表していません。女優の川島なお美さんと2009年2月1日に結婚し、2015年9月24日に胆管がんで死別してから、11年以上が経過しています。
再婚説が注目される背景には、川島さんとの結婚生活や死別後の歩み、そして2025年12月に公開されたインタビューで語った将来の結婚観があります。鎧塚さん本人は、当時「現時点で再婚は考えていない」としながらも、将来の可能性までは否定していません。2026年2月には、亡き妻との17回目の結婚記念日についても自身の思いを発信しました。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 再婚の真相:2026年10月30日現在、再婚したという本人発表や確かな報道は確認されていない。
- 妻との関係:2009年2月1日に川島なお美さんと結婚。2015年9月24日に胆管がんで死別した。
- 本人の結婚観:2025年のインタビューでは、現在は再婚を考えていないものの、将来の可能性は否定していない。
- 現在の活動:トシ・ヨロイヅカのオーナーシェフとして活動し、2026年10月には新ブランド「Beurre D'or」を立ち上げた。
【再婚の真相】鎧塚俊彦は2026年現在、再婚しているのか?
最初に結論を整理すると、鎧塚俊彦さんが川島なお美さんとの死別後に再婚したという公表情報はありません。
再婚相手の名前や新しい結婚の発表、婚姻関係を裏付ける信頼できる報道も確認されていません。そのため、現在の鎧塚さんについては、再婚した人物としてではなく、川島さんと死別した後もパティシエとして活動を続けている人物として理解するのが適切です。
2025年のインタビューで本人が再婚について回答
再婚説を考えるうえで重要なのが、2025年12月13日に文春オンラインで公開された鎧塚さんのインタビューです。
川島さんの遺書に「一緒のお墓に入りたいからできれば再婚はしないでね」という趣旨の言葉が記されていたことについて質問されると、鎧塚さんは、その言葉を守り続けるという考えではないと説明しました。
加えて、亡き妻を生涯弔っていく気持ちは変わらないとしながらも、将来の人生について次のように語っています。
「現時点で再婚は考えていない」
同じ回答の中で、いつか一緒にいたいと思える人と出会えば交際する可能性はあり、将来的な再婚についても絶対にないとは言い切れないという考えを明かしました。
この発言から読み取れるのは、再婚を急いでいるわけではない一方で、亡き妻への思いと自分自身のこれからの人生を切り離して考えているということです。
つまり、本人の発言は「再婚した」という報告ではありません。現在は再婚を考えていないものの、将来の選択肢まで閉ざしてはいないという、率直な人生観を示したものです。
出典:文春オンライン「川島なお美さんへの思い、動物愛護活動、引退については…パティシエ・鎧塚俊彦(60)が語る“これからのこと”」(2025年12月13日)。
2026年2月には17回目の結婚記念日を報告
2026年2月2日には、テレビ朝日系の報道で、鎧塚さんが前日の2月1日に17回目の結婚記念日を迎えたことを自身のInstagramで報告したと伝えられました。
投稿には川島さんとのウェディング写真が添えられ、2006年に出会ってから20年という年月が流れたことや、亡くなってから10年が経過したことへの思いがつづられていました。
また、鎧塚さんは、悲しみの中に沈むのではなく、その思いを支えに変えて日々を全力で過ごすことが、亡き妻への感謝につながるという考えを示しています。
こうした発信は、川島さんとの関係を大切にしていることを示すものです。ただし、結婚記念日の投稿だけで将来の再婚の可能性を判断することはできません。
【川島なお美との結婚生活】出会いから2015年9月24日の死別まで
鎧塚俊彦さんと川島なお美さんは、2006年に出会いました。パティシエとして活躍していた鎧塚さんと、テレビドラマや舞台で知られる女優の川島さん。異なる分野で活動していた2人は交際を経て、2009年に結婚しました。
2009年2月1日に入籍、6月には結婚式と披露宴
2人が婚姻届を提出したのは、2009年2月1日です。川島さんは当時、自身の公式ブログで入籍を報告し、鎧塚姓になった喜びを伝えていました。
同年6月3日にはイタリア・トスカーナ地方で挙式。6月23日には東京都内のホテルで結婚披露宴を開催しました。披露宴には約350人が出席し、神田うのさんや片岡鶴太郎さんなど、多くの著名人が2人の門出を祝福しています。
披露宴の最後に振る舞われたデザートは、もちろん鎧塚さん自身が担当しました。パティシエとしての仕事と人生の大切な節目が重なった結婚式でした。
左目の視力を失った夫を支えた川島なお美
2人の結婚生活を語るうえで知られているのが、鎧塚さんの目の病気です。
鎧塚さんは2010年、網膜中心静脈閉塞症を患い、左目の視力をほとんど失ったことを公表しました。パティシエにとって、菓子の細かな仕上がりや色合いを確認する視覚は仕事に直結します。職人として大きな転機となる出来事でした。
当時の報道では、川島さんが夫を支える思いを「私生活では私が彼の左目になります」と表現したことも伝えられています。
川島さん自身も女優として仕事を続けながら、夫の病気と向き合っていました。互いの仕事や健康上の問題を支え合っていたことが、当時の報道からうかがえます。
川島なお美の死因は胆管がん、2015年9月24日に逝去
2014年1月、川島さんは肝内胆管がんの手術を受けました。その後も舞台などへの出演を続け、女優としての活動を再開していました。
しかし、2015年9月に入ると体調が悪化。出演していたミュージカル「パルレ~洗濯~」を降板し、療養に専念することになりました。
そして、2015年9月24日午後7時55分、東京都内の病院で胆管がんのため亡くなりました。享年54歳でした。
訃報は所属事務所から発表され、夫の鎧塚さんも自身のFacebookを通じて妻の死を報告しました。
当時のマイナビニュースなどの報道によると、鎧塚さんは妻について、亡くなる直前まで女優として、妻として、一人の人間として全力で生きたという思いを伝えていました。
この出来事が、2人の結婚生活に突然の別れをもたらしました。
【関係性と時系列】鎧塚俊彦と川島なお美の重要な出来事一覧
2人の関係と、死別後の鎧塚さんの歩みを時系列で整理すると、再婚説をめぐる情報の位置づけが分かりやすくなります。
| 時期・年月日 | 人物・出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 1965年10月16日 | 鎧塚俊彦 | 京都府宇治市で生まれる。 |
| 2006年 | 鎧塚俊彦・川島なお美 | 2人が出会う。 |
| 2009年2月1日 | 2人の結婚 | 婚姻届を提出。 |
| 2009年6月3日 | 2人の挙式 | イタリア・トスカーナ地方で挙式。 |
| 2009年6月23日 | 結婚披露宴 | 東京都内で披露宴を開催。 |
| 2010年 | 鎧塚俊彦 | 網膜中心静脈閉塞症により左目の視力を失う。 |
| 2014年1月 | 川島なお美 | 肝内胆管がんの手術を受ける。 |
| 2015年9月24日 | 川島なお美 | 胆管がんのため54歳で逝去。 |
| 2025年12月13日 | 鎧塚俊彦 | インタビューで現在の再婚観と将来の可能性について回答。 |
| 2026年2月1日 | 鎧塚俊彦 | 川島さんとの17回目の結婚記念日について発信。 |
| 2026年10月 | 鎧塚俊彦・トシ・ヨロイヅカ | 新ブランド「Beurre D'or」を立ち上げ、期間限定販売を開始。 |
この年表で注目したいのは、川島さんとの死別後も、鎧塚さんが結婚記念日などの節目に思いを発信していることです。
一方、2025年のインタビューでは将来の交際や再婚の可能性を否定していません。亡き妻を大切に思うことと、自分自身の人生をこれからも歩んでいくことは、必ずしも相反するものではないという姿勢が見て取れます。
【プロフィール】鎧塚俊彦の生年月日・出身地・経歴を紹介
鎧塚俊彦さんは、洋菓子の世界で国内外の経験を積み、独自のブランドを築いたパティシエであり実業家です。
川島なお美さんの夫として知られる一方、本人のキャリアも非常に長く、海外での修業経験や農園事業など、多方面で活動してきました。
鎧塚俊彦の基本プロフィール
- 名前:鎧塚俊彦(よろいづか・としひこ)
- 生年月日:1965年10月16日
- 年齢:61歳(2026年10月30日現在)
- 出身地:京都府宇治市
- 職業:パティシエ・実業家
- 代表ブランド:Toshi Yoroizuka(トシ・ヨロイヅカ)
- 会社:株式会社サンセリーテ
- 役職:代表取締役
鎧塚さんは関西のホテルなどで修業した後、ヨーロッパに渡りました。スイス、オーストリア、フランス、ベルギーなどで8年間にわたり経験を積み、ヨーロッパの三つ星レストランで日本人初のシェフパティシエを務めた経歴を持っています。
その後、日本に帰国し、2004年に恵比寿で「Toshi Yoroizuka」をオープンしました。
2004年の開業から独自のパティスリーブランドへ
鎧塚さんがブランドを立ち上げた当初から大切にしてきたのは、完成したお菓子を販売するだけでなく、できたてのスイーツを提供することでした。
六本木の東京ミッドタウンには、顧客の目の前でデザートを仕上げるカウンタースタイルの店舗も展開。素材の組み合わせや温度、食感までこだわったデザートを提供してきました。
また、2011年には神奈川県小田原市に「一夜城 Yoroizuka Farm」を開設。農園とレストラン、パティスリーを組み合わせた事業にも取り組んでいます。
さらに南米エクアドルにもカカオ農園を設け、原材料の生産からチョコレートづくりまで一貫して関わる取り組みを進めてきました。
こうした経歴は、単に有名パティシエとして店舗を経営するだけではなく、素材の生産や地域の農業にも関わる経営者としての特徴を示しています。
出典:株式会社OICグループの2024年10月23日付プレスリリース、PREMIUM JAPANの2025年7月10日付インタビュー。
【2026年現在の活動】トシ・ヨロイヅカと株式会社サンセリーテの経営
2026年現在、鎧塚さんはパティシエとしての仕事を続けながら、株式会社サンセリーテの代表取締役としてブランドの運営にも携わっています。
私生活では川島さんとの死別を経験しましたが、仕事面では新しい商品や事業に取り組み続けています。
株式会社サンセリーテは2024年にOICグループへ参画
2024年10月23日、株式会社OICグループは、鎧塚さんが代表を務める株式会社サンセリーテがグループに参画したと発表しました。
同社は「Toshi Yoroizuka」ブランドを運営する企業で、洋菓子の製造・販売、パティスリー運営、農園事業などを手がけています。
この参画は、単なる店舗運営の規模拡大にとどまりません。食品の生産から製造、流通、小売、外食までを展開するOICグループと連携することで、素材開発や新しいスイーツ事業の可能性を広げるものです。
2026年10月更新の企業情報でも、株式会社サンセリーテの代表取締役として鎧塚俊彦さんの名前が掲載されています。
2026年3月には東京ミッドタウン店が閉店
2026年3月29日には、Toshi Yoroizukaの東京ミッドタウン店が営業を終了しました。
鎧塚さんは閉店について、京橋本店に機能を集約することで、より明確で深いブランド表現ができると考えたことを説明しています。
長年展開してきた店舗を閉じる一方で、ブランド全体を再構築する方向に舵を切ったことが分かります。
この動きは、鎧塚さんが現在も経営判断とブランドづくりに深く関わっていることを示しています。
2026年10月には新ブランド「Beurre D'or」を展開
2026年10月21日、株式会社サンセリーテは新しい焼き菓子ブランド「Beurre D'or(ブール・ドール)」の立ち上げを発表しました。
ブランドのコンセプトは、鎧塚さんがヨーロッパで修業した時代の思い出を背景に、伝統的なヨーロッパの焼き菓子を届けることです。
フランス産バターやブルターニュ地方の塩など、素材にこだわった商品を展開。パレ・ブルトン、ガトー・ナンテ、パルミエ・パイなどの焼き菓子が用意されています。
初のポップアップショップは、2026年10月29日から11月4日まで、神奈川県川崎市のラゾーナ川崎プラザで開催。鎧塚さん本人も10月29日と31日に来店予定と発表されています。
2026年10月30日時点で、まさに新ブランドの展開が始まった時期です。川島さんとの死別後も、鎧塚さんは新しい挑戦を続けていることが分かります。
出典:株式会社サンセリーテの2026年10月21日付プレスリリース、株式会社OICグループの2024年10月23日付発表、日刊スポーツの2026年3月報道。
【再婚説が広がる理由】噂と本人の発言を混同しないためのポイント
鎧塚さんの再婚が検索され続ける背景には、いくつかの事情があります。ただし、再婚の噂が存在することと、実際に再婚したことは別の問題です。
理由1:川島なお美との死別から11年以上が経過した
2015年9月24日に川島さんが亡くなってから、2026年10月で11年以上が経過しました。
長い年月が過ぎると、遺された配偶者が新しい人生を歩んでいるのか、交際相手がいるのか、再婚を考えているのかという関心が生まれやすくなります。
鎧塚さんの場合、知名度の高い女優との結婚と死別だったこともあり、私生活に関する検索が続いていると考えられます。
理由2:本人が将来の再婚の可能性を否定していない
2025年12月のインタビューで、鎧塚さんは現在の再婚を考えていないと説明する一方、将来については絶対にないとは言い切れないと話しました。
この発言は、再婚を発表したものではありません。しかし、再婚の可能性を完全に否定していないという部分だけが切り取られると、すでに再婚を決めたかのような誤解につながることがあります。
実際の発言の趣旨は、現在は再婚を考えていないというものです。
理由3:結婚記念日や命日に亡き妻を思い出す発信
鎧塚さんは、川島さんとの結婚記念日などに、思い出や感謝の気持ちをSNSで発信してきました。
2024年2月には15回目の結婚記念日について投稿し、2人で祝った日々よりも、一人で祝う記念日のほうが多くなったという心境を明かしています。
2026年2月にも17回目の結婚記念日を迎えたことを報告しました。
こうした投稿は、亡き妻を忘れずにいる姿として受け取れます。一方で、結婚記念日の投稿を見ただけで、再婚の有無や新しい交際相手の存在を判断することはできません。
再婚の噂と確認できる事実を比較
- 「鎧塚俊彦はすでに再婚している」:2026年10月現在、再婚を裏付ける本人発表や確かな報道は確認されていない。
- 「新しい交際相手がいる」:公表された確かな情報は確認されていない。
- 「川島なお美の遺言で再婚できない」:本人は遺書の言葉を守り続けるという考えではないと説明している。
- 「今後も絶対に再婚しない」:本人は将来の可能性を完全には否定していない。
情報を見極める際は、本人の発言、所属企業の発表、信頼できる報道を優先することが大切です。交際や再婚を断定する記事であっても、具体的な発表や根拠が示されていなければ、事実として受け取ることはできません。
【鎧塚俊彦の再婚】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:鎧塚俊彦は2026年現在、再婚していますか?
A1:2026年10月30日現在、再婚したという本人発表や確かな報道は確認されていません。2025年12月のインタビューでは、現在は再婚を考えていないと本人が説明しています。
Q2:鎧塚俊彦の元妻・川島なお美はいつ亡くなりましたか?
A2:2015年9月24日午後7時55分、胆管がんのため東京都内の病院で亡くなりました。享年54歳でした。
Q3:鎧塚俊彦は今後、再婚する可能性がありますか?
A3:本人は2025年のインタビューで、将来一緒にいたいと思える人と出会えば交際する可能性があり、再婚も絶対にないとは言い切れないと語っています。ただし、現時点で再婚の予定を公表しているわけではありません。
Q4:鎧塚俊彦は現在何歳ですか?
A4:1965年10月16日生まれで、2026年10月30日現在は61歳です。京都府宇治市出身のパティシエ・実業家です。
Q5:鎧塚俊彦は現在どのような仕事をしていますか?
A5:「Toshi Yoroizuka」のオーナーシェフとして活動し、株式会社サンセリーテの代表取締役も務めています。2026年10月には新しい焼き菓子ブランド「Beurre D'or」を立ち上げました。
Q6:鎧塚俊彦と川島なお美の結婚はいつですか?
A6:2009年2月1日に入籍しました。同年6月3日にイタリア・トスカーナ地方で挙式し、6月23日には東京都内で結婚披露宴を開催しています。
まとめ:鎧塚俊彦の再婚の真相と2026年現在の人生
鎧塚俊彦さんの再婚について、2026年10月30日現在、再婚したという公表情報はありません。
2009年に結婚した川島なお美さんとは、2015年9月24日に胆管がんによって死別しました。それから11年以上が経過した現在も、鎧塚さんは結婚記念日などに亡き妻への思いを発信しています。
一方、2025年12月のインタビューでは、川島さんへの思いを大切にしながら、自分自身の将来についても率直に語りました。現時点では再婚を考えていないものの、将来の可能性まで否定していないという姿勢です。
仕事面では、トシ・ヨロイヅカのオーナーシェフとして活動を続け、株式会社サンセリーテの経営にも携わっています。2026年には新ブランド「Beurre D'or」を立ち上げるなど、新たな事業にも挑戦しています。
【プロの結論】
鎧塚俊彦さんの再婚をめぐる話題で最も大切なのは、亡き妻を思い続けることと、新しい人生を歩む可能性を持つことは両立するという点です。
川島なお美さんとの結婚生活は、2015年の死別によって終わりました。しかし、その思い出まで終わったわけではありません。同時に、鎧塚さん自身も自分の人生を歩み、パティシエとして新しい挑戦を続けています。
2026年現在の確かな姿は、再婚した人物ではなく、亡き妻への思いを胸に、仕事と人生の両方を前向きに歩み続けている一人の職人です。今後の再婚についても、本人が新たな発表を行うかどうかが、事実を判断するうえでの要点になります。
再婚説だけに注目するのではなく、鎧塚俊彦さんが積み重ねてきた職人としての実績や、現在の活動にも目を向けたいところです。