2026年現在、モデル・タレントとして活躍する西山茉希の元夫は、俳優の早乙女太一です。2人は2013年6月に結婚し、2人の娘を授かりましたが、2019年6月26日に離婚を発表しました。結婚前には路上での大げんかやDV報道もあり、当時から2人の関係には大きな注目が集まっていました。
しかし、離婚の背景は単純な夫婦げんかや過去の騒動だけではありません。西山本人はその後のインタビューで、夫婦間の会話ができなくなっていた苦しさや、相手を大切に思いながら別れを選んだ心境を明かしています。2026年にはNHK「あさイチ」でも離婚後の生活について語り、さらにAERA DIGITALのインタビューでは、元夫に伝えた最後の言葉が話題になりました。
この記事では、2人の馴れ初め、2013年の結婚、2019年の離婚、DV報道の経緯、娘2人の親権、離婚後の同居説、そして2026年現在のそれぞれの活動と関係までを時系列で整理します。
【この記事の重要ポイントまとめ】 - 元夫は早乙女太一: 劇団朱雀の二代目座長を務める俳優で、2013年6月30日に西山茉希と結婚。 - 離婚は2019年6月26日: 夫婦間のコミュニケーションの変化や孤独感などが、本人のインタビューから明らかになっている。 - 子供は女の子2人: 2013年生まれの長女と2016年生まれの次女で、親権は西山が持つと報道された。 - 別れの言葉は「あなたは羽ばたいてください」: 2026年のインタビューで西山本人が明かした言葉。 - 2026年もそれぞれ活動中: 西山はシングルマザーとして育児と仕事に取り組み、早乙女は俳優・舞台演出家として活動している。
【元夫は誰?】西山茉希と早乙女太一のプロフィール・馴れ初め
西山茉希
モデル・タレント・女優
早乙女太一
俳優・舞台演出家
西山茉希の元夫である早乙女太一は、大衆演劇の世界で幼少期から活躍し、女形としても高い知名度を獲得した俳優です。
一方、西山茉希はファッションモデルとして人気を集め、女性ファッション誌『CanCam』の専属モデルを務めた経歴を持ちます。
異なる芸能分野で活動していた2人は、共通の知人を通じて知り合いました。
早乙女太一とはどんな人物?
早乙女太一は1991年9月24日生まれ、福岡県出身の俳優です。
幼少期から舞台に立ち、大衆演劇で磨いた演技力や舞踊の技術によって注目を集めました。「流し目王子」という愛称でも知られ、映画やテレビドラマなどにも活動の幅を広げています。
特に重要なのが、父親が立ち上げた劇団朱雀との関係です。
早乙女は同劇団の二代目座長として活動し、2019年の復活公演以降も舞台づくりに携わっています。
2026年には劇団朱雀の公演「OMIAKASHI」が東京・大阪・福岡の3都市で上演され、早乙女は総合演出も担当しました。
西山茉希と早乙女太一の馴れ初め
2人の出会いについては、2013年の「Numero TOKYO」のインタビューが参考になります。
西山によると、2人は共通の知人を通じて知り合いました。
当時の西山は25〜26歳ごろ。仕事への向き合い方や人生について考え直していた時期だったといいます。
お互いの考え方や仕事に対する姿勢に共通点を感じ、親しくなるまでに時間はかからなかったようです。
特に印象的なのは、交際当初から結婚を意識していたというエピソードです。
西山は知り合って約1カ月で同居を始めたことも明かしており、双方の両親に結婚を前提とした付き合いを伝えていたと振り返っています。
2012年2月には、日刊スポーツなどが2人の交際を報道。早乙女の所属事務所も真剣交際を認めました。
当時は西山が26歳、早乙女が20歳。6歳差のカップルとしても注目されました。
【結婚から離婚まで】2013年〜2019年の出来事を時系列で整理
2人の関係を理解するには、結婚発表だけでなく、交際中の騒動や一度の破局、復縁なども把握する必要があります。
特に2012年から2013年にかけては、交際関係が大きく揺れ動いた時期でした。
西山茉希と早乙女太一の結婚・離婚年表
2013年6月に結婚、同年10月に長女が誕生
2013年4月17日、2人は連名で妊娠と結婚の予定を発表しました。
発表時、西山は妊娠3カ月。交際当初から結婚を前提としていたことも説明しています。
そして、2013年6月30日に婚姻届を提出しました。
同年10月30日には長女が誕生。2016年4月には次女も生まれ、4人家族となりました。
結婚後、西山は育児や家庭生活を中心とする時期を過ごしました。一方、早乙女は俳優として舞台などの仕事を続けていました。
2019年6月26日に離婚を正式発表
2019年6月26日、2人はそれぞれの公式サイトで離婚を発表しました。
連名の報告では、夫婦関係を解消した後も、子供たちの父親と母親として協力していく意思が示されました。
今後は、夫婦という形ではなく、パートナーとして、変わらずお互いに尊重し合い、協力し合いながら、2人の間に生まれてくれた大切な子供達の笑顔を守っていきます。
これは当時のスポーツニッポン、日刊スポーツ、デイリースポーツなどでも報じられた内容です。
離婚届を提出したのは2019年6月26日。6月30日の6回目の結婚記念日を迎える直前でした。
注目したいのは、離婚報告に相手を非難する言葉がなかったことです。
2人は夫婦としての関係を終える一方、子供たちの親としての責任を果たす姿勢を示しました。
【離婚理由の真相】DV報道だけでは説明できない夫婦関係の変化
西山茉希と早乙女太一の離婚理由については、交際中のDV報道や生活リズムの違い、価値観の不一致などが取り上げられてきました。
しかし、2019年の公式離婚発表には、具体的な離婚理由は記載されていません。
その後の本人インタビューをたどると、夫婦間のコミュニケーションや精神的な距離が重要なテーマだったことが分かります。
2012年の路上騒動とDV報道
2人の交際中、2012年5月に路上での大げんかが週刊誌によって報じられました。
報道では、早乙女が西山を突き飛ばすなどの行為をしたとされ、DV疑惑が大きく取り上げられました。
この件について早乙女は2012年5月14日に会見を開き、行為を認めて謝罪しています。
一方で、本人は殴ったり叩きつけたりしたという説明は否定し、強く引っ張った結果として転倒したという趣旨の説明をしました。
つまり、単なるネット上の噂ではなく、本人の謝罪会見まで行われた実際の騒動です。
ただし、この出来事を結婚後の生活にも継続していた暴力と同一視することには注意が必要です。
2015年7月、フジテレビ系「直撃LIVE グッディ!」のインタビューで、西山は結婚後の暴力について質問され、なかったと回答しています。
また、夫婦げんかの際には、西山はその場から離れたくなるタイプで、早乙女はとことん話し合いたいタイプだったとも説明しました。
この発言からは、2人の衝突の背景に、感情の表現方法や問題への向き合い方の違いがあったこともうかがえます。
離婚の大きな背景は夫婦間の会話の減少
離婚理由を考えるうえで重要な資料が、2023年4月27日に掲載された「CHANTO WEB」の西山本人へのインタビューです。
このインタビューで西山は、2019年の離婚について具体的に振り返っています。
当時の西山が苦しんでいたのは、身近にいるはずの相手と会話ができなくなっていたことでした。
西山は、夫婦関係を続けるには互いの支え合いや会話が必要だと説明したうえで、当時は最も近くにいる大切な人と話せない悲しさが大きくなっていたと明かしています。
特に、思っていることがたくさんあるのに言葉にできない状態が数カ月続いたことが、苦しい経験だったと振り返りました。
つまり、離婚は突然の感情的な判断というより、夫婦としてのコミュニケーションが難しくなっていった末の決断だったと考えられます。
2026年に明かした「あなたは羽ばたいてください」という別れの言葉
2026年6月、AERA DIGITALのインタビューで、西山は元夫との離婚に至るまでの心境をさらに詳しく語りました。
記事では、結婚生活の中で感じていた孤独感についても触れています。
西山は、2人でいるはずなのに一人でいるような感覚を抱くようになっていたと振り返りました。
そして、離婚を切り出したときの状況についても説明しています。
子供を預けて2人で外食しているとき、自分はここから相手を見送るのだという気持ちで話をしたそうです。
相手を責める気持ちはなかったといいます。
西山が語った別れの言葉は、次のものでした。
「あなたは羽ばたいてください」
この言葉には、早乙女の才能や芸事の世界での可能性を認めながら、家庭内で求めていた役割から相手を解放したいという気持ちが込められていました。
西山は、早乙女には芸事の世界で輝く才能がある一方、自分は家庭人としての役割を求め、同じ屋根の下に縛り続けていたのではないかと振り返っています。
相手を大切に思う気持ちが残っていても、夫婦という関係を続けることが難しくなる。
この本人の説明は、離婚理由を単純な不仲や価値観の違いだけで片付けられないことを示しています。
生活リズムや価値観の違いは離婚理由だったのか?
ネット上では、2人の離婚理由について「生活リズムのすれ違い」「価値観の違い」「育児方針の違い」などが挙げられています。
実際、2019年の離婚報道では、関係者の話として育児などをめぐる夫婦間のすれ違いが紹介されました。
また、西山は2015年のテレビインタビューで、けんかに対する向き合い方が違っていたことを説明しています。
ただし、生活リズムの違いや特定の育児方針が離婚の決定的な原因だったと、2人が公式に発表した事実はありません。
2023年と2026年の本人インタビューを合わせて読むと、より具体的な問題として見えてくるのは、コミュニケーションの難しさ、家庭内での役割への期待、そして精神的な孤独感です。
離婚の背景を理解するうえでは、単一の原因を探すより、こうした複数の要素を重ねて見る必要があります。
【子供は2人の娘】親権は西山茉希が持ち、2026年も子育て中
西山茉希と早乙女太一の間には、2人の娘がいます。
2019年の離婚発表時には、2人の子供たちの笑顔を父親と母親として守っていくという方針が示されました。
長女と次女の誕生時期
2人の娘について、確認できる情報を整理します。
- 長女:2013年10月30日生まれ
- 次女:2016年4月生まれ
長女は両親が結婚した年に誕生し、次女はその約2年半後に生まれました。
2026年4月には、西山が長女の中学校入学を報告しています。
また、2026年2月のテレビ出演では、2人の娘について12歳と9歳と紹介されていました。
現在は中学生と小学生の姉妹を育てていることになります。
子供の親権は誰が持っている?
2019年6月の離婚報道では、親権は西山茉希が持つと伝えられました。
スポーツニッポンや日刊スポーツなども、離婚時の親権について西山が持つと報じています。
その後も西山はシングルマザーとして娘2人を育てていることを公に語っています。
ただし、父親との面会交流の具体的な頻度や養育費など、個別の取り決めについては詳細が公表されていません。
2026年「あさイチ」で語ったシングルマザーとしての苦労
2026年4月15日、西山はNHK「あさイチ」に出演しました。
この日のテーマは「離婚後の暮らし」。
西山は離婚して大変だったこととして、育児を1人で引き受けることを挙げました。
当時、子供たちは5歳と3歳。大人の人数が1人になることで、ちょっとした外出や買い物も子供2人を連れて行動しなければならなくなったと振り返っています。
一方、離婚してよかったこととして、家事の負担が減った点も挙げました。
大人と子供では食事のタイミングや内容が異なり、以前は1日に5〜6回料理を作ることもあったそうです。
家事の負担が減り、自分の時間に余裕ができたという率直な話もありました。
加えて、子供たちの気持ちについては、親が簡単に代弁できるものではないと涙ながらに語っています。
離婚という選択が子供たちにとって正解だったかどうか、今も向き合いながら生活しているという姿勢が印象的でした。
2026年4月16日には、日刊スポーツが西山のSNSでの発信も報道しています。
西山は、娘たちが自分らしく人生を選べるように、寄り添いながら成長を見守っていきたいという思いを伝えました。
【離婚後の現在の関係】元夫との同居説や再婚の噂を検証
西山茉希と早乙女太一については、離婚後も交流が続いているのではないか、同居しているのではないかという話題がたびたび取り上げられてきました。
この背景には、2019年10月の離婚後初の取材があります。
2019年に浮上した元夫との同居説
2019年10月10日、デイリースポーツは、西山が離婚後初めて公の場で取材に応じた際の様子を報じました。
その際、早乙女との同居について質問された西山は、報道を明確に否定せず、うなずくような反応を見せたとされています。
また、西山は「作った家族はあり続ける」という趣旨の発言もしていました。
この報道が、離婚後も2人が一緒に生活しているのではないかという見方につながりました。
ただし、ここで重要なのは、これは2019年10月当時の取材内容だということです。
2026年10月現在も同居しているという確かな公表情報はありません。
過去に同居を否定しなかったことと、現在も同居していることは別の話です。
離婚後も父親と母親としての関係は続く
2019年の離婚発表で、2人は夫婦という形を終えても、子供たちの父親と母親として協力していくことを表明しました。
この方針は、離婚後の西山の発言ともつながっています。
西山は2023年のCHANTO WEBのインタビューで、シングルマザーという立場に対する世間の見方や、子供たちとの生活について率直に話しています。
また、2026年のAERA DIGITALのインタビューでは、元夫を責めるために離婚を選んだわけではないという心境が明かされました。
ただし、現在の2人がどの程度連絡を取り合っているのか、子供たちと父親がどのように交流しているのかについては、詳しい情報は公表されていません。
確認できるのは、離婚時に共同で子供たちを守る姿勢を示したことと、西山が現在も母親として子育てに取り組んでいることです。
早乙女太一は2026年現在も俳優として活躍
早乙女太一は離婚後も、俳優として舞台を中心に活動しています。
2026年のLDH公式プロフィールには、次のような出演情報が掲載されています。
- 劇団朱雀「OMIAKASHI」
- 「TOKYO INSIDE CLUB/OTOGI」30周年記念舞台
- 劇団輝とのコラボ公演
- 劇団新感線46周年興行「髑髏城の七人 LAST STAND」
特に劇団朱雀では、二代目座長として舞台の総合演出も担当しています。
2026年の「OMIAKASHI」は東京・大阪・福岡で上演され、劇団の活動における大きな節目となりました。
西山との離婚後も、早乙女は自身の芸能活動と舞台の仕事を継続していることが分かります。
【プロの結論】西山茉希と早乙女太一の離婚から分かる本当の関係性
ここまでの経緯を整理すると、2人の結婚生活と離婚について、要点が3つ見えてきます。
1. DV報道と2019年の離婚理由は分けて考える
2012年の路上騒動は、早乙女本人が会見で行為を認めて謝罪した出来事です。
一方、2015年には西山が結婚後の暴力はなかったと説明しています。
したがって、交際中の騒動をそのまま2019年の離婚理由に結び付けることはできません。
2. 離婚の核心は本人が語ったコミュニケーションの変化
2023年のCHANTO WEBでは、夫婦間の会話ができなくなっていた苦しさが語られました。
2026年のAERA DIGITALでは、相手を大切に思いながらも、家庭内での役割への期待を手放すために別れを選んだ心境が明かされています。
これらは、離婚発表時には明らかにされなかった本人の内面を理解する重要な材料です。
3. 離婚後も子供たちを中心とした家族のつながりは残る
夫婦としての関係は終わりましたが、2人には娘が2人います。
西山は現在も子供たちの成長を見守りながら、仕事と育児を両立しています。
早乙女も俳優として活動を続けており、双方がそれぞれの人生を歩んでいます。
ここで大切なのは、離婚したからといって父親と母親の役割までなくなるわけではないということです。
西山が語った「あなたは羽ばたいてください」という言葉は、単なる別れの言葉ではなく、相手の人生を尊重しようとした決断の象徴として受け止められます。
【西山茉希の元夫】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:西山茉希の元夫は誰ですか?
A1:俳優の早乙女太一です。2013年6月30日に結婚し、2019年6月26日に離婚しました。早乙女は劇団朱雀の二代目座長としても活動しています。
Q2:西山茉希と早乙女太一の離婚理由は何ですか?
A2:公式な離婚発表では具体的な理由は明かされていません。西山本人は後年のインタビューで、夫婦間の会話ができなくなったことや、精神的な孤独感、家庭内での役割への期待などを振り返っています。
Q3:2人の子供は何人で、親権は誰が持っていますか?
A3:子供は2013年生まれの長女と2016年生まれの次女の2人です。2019年の離婚報道では、親権は西山茉希が持つと伝えられました。2026年現在、西山はシングルマザーとして2人を育てています。
Q4:離婚後も早乙女太一と同居しているのですか?
A4:2019年10月には同居を否定しなかったと報じられました。ただし、2026年現在も同居しているという確かな公表情報はありません。
Q5:西山茉希が元夫に伝えた別れの言葉は何ですか?
A5:2026年のAERA DIGITALのインタビューで明かした言葉は「あなたは羽ばたいてください」です。相手の才能や芸事の世界での可能性を尊重し、夫婦関係を終える決断を伝えた際の言葉でした。
まとめ:西山茉希と元夫・早乙女太一はそれぞれの道へ
西山茉希の元夫は、俳優で劇団朱雀の二代目座長を務める早乙女太一です。
2人は2013年6月に結婚し、長女と次女の2人に恵まれました。しかし、夫婦間のコミュニケーションや精神的な距離など、さまざまな問題を抱え、2019年6月26日に離婚しています。
離婚理由については、公式発表では明かされていませんが、その後の本人インタビューから、単純な不仲だけでは説明できない複雑な心境が見えてきました。
特に2026年に西山が語った「あなたは羽ばたいてください」という言葉は、元夫を否定するのではなく、それぞれの人生を尊重するための別れだったことを象徴しています。
2026年現在、西山は2人の娘を育てながらモデル・タレントとして活動し、早乙女は舞台俳優・演出家として活躍しています。
2人は夫婦ではなくなりましたが、娘たちの父親と母親であることに変わりはありません。 過去のDV報道や同居説だけに注目するのではなく、本人たちが語った言葉と、その後の歩みを合わせて見ることが、2人の関係を正しく理解するポイントです。