東京・渋谷から原宿、表参道へと続く「旧渋谷川遊歩道路」。若者や観光客でにぎわうキャットストリートとして知られるこの通りは、実はかつて川が流れていた場所に造られた遊歩道です。現在は個性的なブティックや古着店、カフェ、飲食店が並ぶ裏原宿の代表的なエリアですが、その足元には渋谷の都市形成を物語る歴史が残されています。
大きな転換点となったのは、1964年(昭和39年)の東京オリンピックです。渋谷川の支流である穏田川が暗渠化され、その上部が遊歩空間として利用されるようになりました。その後、1996年(平成8年)以降の区道としての位置づけを経て、現在の街並みへと変化しています。2026年現在の姿を理解するには、川の歴史、道路の成立、裏原宿の商業文化という3つの視点が欠かせません。
【この記事の重要ポイントまとめ】 - 旧渋谷川遊歩道路とキャットストリート: 旧渋谷川遊歩道の一部を含む通りがキャットストリートの愛称で親しまれている。 - 歴史の転換点: 1964年の東京オリンピックに向けた渋谷川の暗渠化と、その後の遊歩道・道路への転用が現在の街並みの基礎になった。 - 2026年の見どころ: 裏原宿らしい小規模なファッション店、古着店、カフェに加え、穏田橋や参道橋など川の痕跡を探せる。
【まず知りたい結論】旧渋谷川遊歩道路とキャットストリートの関係とは?

旧渋谷川遊歩道路とキャットストリートは、密接につながった名称です。旧渋谷川遊歩道は渋谷区による道路の名称であり、キャットストリートは地域で広く使われている愛称・通称です。
渋谷区の公式案内では、旧渋谷川遊歩道は明治通りの宮下公園付近から表参道交番付近まで進む道として紹介されています。また、区が定める通称名付き区道の一覧には「旧渋谷川遊歩道(キャットストリート)」と記載されています。
つまり、キャットストリートは単独で新しく造られた商業施設やショッピングモールではありません。かつての河川空間を道路・歩行空間として利用し、その沿道に商店や飲食店が集積して形成された街です。
この違いを知っておくと、通りの名前を調べるときにも混乱しません。行政資料や歴史資料では「旧渋谷川遊歩道」、観光案内やファッション関連の情報では「キャットストリート」という表現が多く使われています。
渋谷区の道路案内と東京都の下水道関連資料も、キャットストリートが旧渋谷川の暗渠上に位置することを説明しています。
キャットストリートはどこからどこまで?
キャットストリートは、渋谷駅方面から原宿・表参道方面へ向かう神宮前エリアに延びる通りです。明治通り周辺から表参道方面へ歩くルートが代表的で、全体として約1kmの散策を楽しめます。
大通り沿いの大型商業施設とは異なり、少し奥まった場所に店舗が点在しているのが特徴です。路面店だけでなく、建物の上階や小さな路地に店が入っていることもあり、歩くたびに異なる景色に出会えます。
現在のキャットストリートを理解するには、まずその名前が付く前の穏田という地域と、そこを流れていた川の歴史を知る必要があります。
【歴史を深掘り】穏田川が流れていた時代と旧渋谷川遊歩道路の誕生
現在のキャットストリート周辺は、かつて水辺と農村風景が広がる地域でした。現在の洗練されたファッション街からは想像しにくいものの、渋谷川とその支流である穏田川が地域の暮らしを支えていました。
穏田川と穏田の水車が物語る地域の原風景
穏田川は、渋谷川の流域にあった水系の一つです。キャットストリート周辺は穏田と呼ばれ、川の水を利用した水車が稼働する農村地域でした。
この土地の歴史を伝える作品として知られているのが、浮世絵師・葛飾北斎の『冨嶽三十六景』に含まれる「穏田乃水車」です。
文化庁の文化遺産オンラインによると、この作品は1830~1832年ごろの制作とされ、現在の渋谷区原宿周辺に当たる青山穏田村の水車風景を描いています。水車は精米や製粉などに利用され、当時の人々の生活を支える重要な設備でした。
現在のキャットストリートを歩くとき、この浮世絵を思い浮かべると、ファッションブランドが並ぶ現代の街と、かつて水車が回っていた農村との大きな違いが見えてきます。
「穏田」という地名に残る歴史
穏田という地名については、徳川家康の時代に伊賀忍者の一族が周辺に住んだことから「隠田」と呼ばれ、後に「穏田」の表記が使われるようになったという地域の伝承があります。
渋谷文化プロジェクトが紹介する穏田商店会の地域史でも、この由来と水車のある農村風景が取り上げられています。
現在も穏田という名前は商店会の名称などに残っています。キャットストリートの周辺にある商業文化は、突然生まれたものではなく、長い地域の歴史の上に形成されてきたものです。
【1964年の大転換】渋谷川が暗渠化された理由と東京オリンピックの関係
旧渋谷川遊歩道路の成立を語るうえで欠かせないのが、1964年(昭和39年)の東京オリンピックです。
この時期、東京では急速な都市化に伴って河川の水質汚濁や下水道整備の遅れが深刻な問題になっていました。家庭や工場から排出される汚水が中小河川に流れ込み、都市環境の改善が急務となっていたのです。
なぜ渋谷川は暗渠化されたのか?
暗渠(あんきょ)とは、河川や水路に蓋をしたり、地下に埋設したりして、地上から水の流れが見えない状態にすることです。
渋谷川の暗渠化は、単に川を隠すために行われたものではありません。下水道の整備、河川の水質改善、都市インフラの再編という複数の事情が重なっていました。
国土交通省の白書によると、1955年ごろから家庭や工場の排水による公共用水域の水質汚濁が深刻化しました。加えて、1961年には東京都市計画河川下水道調査特別委員会による通称「36答申」が出され、汚染された中小河川を暗渠化し、下水道幹線として利用する方針が示されました。
渋谷川もその対象となり、1964年の東京オリンピックに向けて暗渠化が進められました。キャットストリートの地下にある下水道幹線は、現在もこの都市インフラの歴史を引き継いでいます。
暗渠化によって地上はどう変わった?
川が地上から見えなくなったことで、その上部を別の用途に利用できるようになりました。
キャットストリートの原型となる遊歩空間も、こうした土地利用の転換から生まれています。地域の歴史を紹介する渋谷文化プロジェクトによると、暗渠化された場所には、周辺の子どもたちが遊べるように滑り台やブランコ、砂場などが設置されました。
当時は現在のようなファッション街ではなく、住宅地の中にある細長い公園のような空間だったのです。
やがて周辺に猫が集まるようになり、キャットストリートという愛称の由来になったという説も伝えられています。つまり、現在の街の名前には、暗渠化後の公園としての歴史も関係しているのです。
【年代別に比較】1964年から1996年以降までの旧渋谷川遊歩道路の変遷
旧渋谷川遊歩道路の歴史を理解するには、暗渠化、遊歩道としての整備、車道の設置、区道としての位置づけを分けて考えることが重要です。
これらは同じ出来事ではありません。川としての機能が変わった時期と、地上部分が道路として整備された時期には違いがあります。
旧渋谷川遊歩道路をめぐる主な歴史と関係性
この年表で注目したいのは、1964年と1967年の違いです。東京都の下水道関連資料や国土交通省の資料は、東京オリンピックに向けた1964年の暗渠化を説明しています。一方、地域の観光案内では1967年3月を遊歩道整備の時期として紹介しています。川を地下に収める工事と、その上部を歩行空間として完成させる工程を区別すると、年代の違いを理解しやすくなります。
また、1994年の車道設置と1996年以降の区道としての位置づけも、別々の段階です。現在の渋谷区公式案内では、旧渋谷川遊歩道(キャットストリート)が通称名付き区道16路線の一つとして掲載されています。
【2026年の現在】裏原宿を代表するキャットストリートの街並みと商店の特徴
現在のキャットストリートは、裏原宿を代表するファッション・カルチャーエリアの一つです。
大規模な百貨店や商業施設が集まる表通りとは異なり、個性的な小規模店舗が通り沿いに点在しています。ファッションブランドの路面店、セレクトショップ、古着店、カフェ、飲食店などが混在し、歩く場所によって街の雰囲気が変わります。
裏原宿の商店街が持つ独自性
裏原宿の特徴は、必ずしも大きな店舗面積や知名度だけで勝負していない点にあります。
小規模な店舗では、オーナーやブランドのコンセプトが内装、商品構成、ディスプレーに反映されやすくなります。大量の商品を並べる大型店とは異なり、特定のファッションジャンルやライフスタイルに特化した店づくりが可能です。
そのため、同じキャットストリートでも、古着を中心に扱う店、国内外のブランドを選ぶセレクトショップ、独自のデザインを打ち出すブティックなど、それぞれの店舗が異なる個性を持っています。
また、飲食店やカフェがファッション店の間に入り込んでいることも特徴です。買い物だけを目的にするのではなく、休憩や食事を挟みながら街全体を散策する楽しみがあります。
渋谷区の地域文化に関する案内や観光情報でも、キャットストリートはファッション店舗と飲食店が集まるエリアとして紹介されています。
キャットストリートの名前の由来は猫なのか?
キャットストリートという名称については、いくつかの説があります。
地域の歴史を紹介する渋谷文化プロジェクトでは、暗渠化後に造られた公園に野良猫が集まるようになり、周辺住民が餌を与えていたことが有力な由来として紹介されています。
一方、渋谷区の関連講座では、次のような説も取り上げられています。
- かつて猫が多く集まっていたため。
- 猫の額のように細く狭い通りだったため。
- 音楽バンド「ブラックキャッツ」に由来するため。
このうち、猫が集まった公園に由来する説は、暗渠化後の地域の歴史と結びついている点が興味深いところです。ただし、名称の由来について単一の確定した公式説明があるわけではありません。
現在は猫の存在よりも、ファッションや飲食を楽しむ街として知られていますが、名前にはかつての公園の面影が残っています。
表通りとは異なる街並みが生まれた理由
キャットストリートの魅力は、原宿や表参道のメインストリートから少し離れた立地にもあります。
大型商業施設が中心となるエリアでは、集客力やブランドの知名度が重要になります。それに対して、裏原宿では比較的小規模な店舗が集まり、個々の店の世界観を街の魅力として積み重ねてきました。
店舗の規模が比較的小さいことは、単なる建物の特徴ではありません。独自性のあるブランドや商品を扱う店が入りやすく、訪れる人にとっても大型施設では見つけにくい商品や空間に出会える可能性があります。
2026年に訪れる場合も、特定の人気ブランドだけを目的にするより、通りを歩きながら気になる店に立ち寄るスタイルが、このエリアの魅力を感じやすい方法です。
【実際に歩いて楽しむ】旧渋谷川遊歩道路の見どころとアクセス
旧渋谷川遊歩道路の見どころは、ショッピングだけではありません。かつて川だったことを示す地形や橋の遺構、現在の商業空間が同じ通りに存在していることが大きな特徴です。
見どころ1:穏田橋の親柱
キャットストリートを歩く際に注目したいのが、かつて渋谷川に架かっていた橋の親柱です。
親柱とは、橋の両端などに設置される柱のことです。橋の名称などが刻まれており、橋そのものがなくなった後も、その場所にかつて橋があったことを伝えています。
穏田橋の親柱は、暗渠化以前の河川空間を知る手がかりの一つです。現在の道路が単なる平坦な歩道ではなく、川の流れに沿って造られたことを実感できます。
見どころ2:参道橋と原宿橋の痕跡
表参道付近には、かつての参道橋に関係する親柱が残っています。また、原宿橋の親柱も、暗渠化以前の河川の歴史を伝える遺構として知られています。
スポーツ庁の暗渠散歩に関する紹介記事でも、原宿橋、穏田橋、参道橋などの親柱が取り上げられています。
こうした遺構を探しながら歩くと、普段は見過ごしてしまう道路の歴史に気づくことができます。
見どころ3:川の流れを感じさせる緩やかなカーブ
もう一つ注目したいのが、キャットストリート特有の緩やかな蛇行です。
一般的な都市の道路は、区画に合わせて直線的に整備されることが少なくありません。しかし、キャットストリートには川の流路を思わせるカーブが残っています。
これは、かつての河川の形状が地上の道路にも引き継がれているためです。暗渠化によって水面は見えなくなっても、土地の高低差や道の曲がり方まですべてが消えるわけではありません。
道沿いの建物との高低差や、道路が周囲より高く見える場所にも目を向けると、川だった時代の痕跡を発見できます。
旧渋谷川遊歩道路へのアクセス
旧渋谷川遊歩道路は、渋谷・原宿・表参道の各駅からアクセスしやすい場所にあります。どの駅から歩き始めるかによって、街の見え方も変わります。
| 最寄り駅 | 路線 | 散策のポイント |
|---|---|---|
| 渋谷駅 | JR・東京メトロ・東急・京王 | 宮下公園・明治通り側から入る |
| 原宿駅 | JR山手線 | 原宿方面から南へ歩く |
| 明治神宮前駅 | 東京メトロ千代田線・副都心線 | キャットストリート周辺へのアクセスに便利 |
| 表参道駅 | 東京メトロ銀座線・千代田線・半蔵門線 | 表参道側から散策を始められる |
ウォーカープラスの2026年1月時点の施設情報では、JR原宿駅から徒歩約3分、JR渋谷駅から徒歩約7分、東京メトロ表参道駅から徒歩約5分、明治神宮前駅から徒歩約3分がアクセスの目安として紹介されています。実際の所要時間は利用する出口や散策の開始地点によって異なります。
通り自体は屋外の道路空間で、特定の入場時間が設定された観光施設ではありません。ただし、沿道の店舗にはそれぞれ営業時間や定休日があります。
おすすめの散策方法
歴史と買い物の両方を楽しむなら、渋谷方面から原宿・表参道方面へ歩くルートがおすすめです。
最初に明治通り付近から通りに入り、穏田橋などの遺構や道路のカーブに注目します。その後、裏原宿の小規模なファッション店や古着店、カフェを巡り、表参道方面へ進むと、川の歴史と現在の商業文化を一度に楽しめます。
特に、買い物だけを目的にせず、建物の形状や道路の高低差にも目を向けることがポイントです。キャットストリートは、歩く速度を少し落とすことで魅力が見えてくる街です。
【プロの結論】旧渋谷川遊歩道路の本当の価値は「見えない川」にある
旧渋谷川遊歩道路を理解するうえで重要なのは、キャットストリートを単なる流行の発信地として捉えないことです。
この通りには、少なくとも3つの異なる歴史が重なっています。
第一は、穏田川が流れ、水車が地域の暮らしを支えていた農村時代です。第二は、1964年の東京オリンピックに向けた暗渠化と、その上部の遊歩空間への転換です。第三は、裏原宿のファッション文化が発展し、小規模な店舗が集積する商業エリアへと変化した時代です。
この3つの段階を理解すると、現在のキャットストリートの街並みが、単なる都市開発の結果ではないことが分かります。
また、1996年以降の区道としての位置づけも、土地の利用方法が変化してきたことを示す節目です。かつての川の上に造られた遊歩空間が、現在は行政による道路管理の枠組みの中で、地域の商業活動や人々の移動を支えています。
旧渋谷川遊歩道路はどんな人におすすめ?
- 歴史や地形に興味がある人: 穏田川の歴史や橋の親柱、暗渠特有の道路形状を楽しめる。
- ファッションが好きな人: 大型商業施設とは違う、小規模なブランド店や古着店を巡れる。
- 街歩きや写真撮影が好きな人: 路地、店舗の外観、カフェ、歴史的な遺構など多様な景色に出会える。
- 東京の都市形成に興味がある人: 1964年のオリンピックと下水道整備が、街の構造にどのような影響を与えたかを実感できる。
反対に、駅直結の大型商業施設で効率よく買い物を済ませたい人や、ブランドの大型旗艦店だけを目的にする人には、少し遠回りに感じる可能性があります。キャットストリートの魅力は、目的の店だけでなく、通り全体を歩いて発見することにあります。
【よくある質問】旧渋谷川遊歩道路に関するFAQ
Q1:旧渋谷川遊歩道路とキャットストリートは同じ場所ですか?
A1:密接に関係しています。旧渋谷川遊歩道は渋谷区の道路名称で、キャットストリートはその周辺を含む通りの愛称・通称です。渋谷区も「旧渋谷川遊歩道(キャットストリート)」として案内しています。
Q2:キャットストリートの下には現在も川が流れていますか?
A2:かつての河川空間は暗渠化され、現在は下水道幹線として利用されています。地上から川の水面を見ることはできませんが、道路の下には旧河川の流路を引き継ぐインフラがあります。
Q3:キャットストリートという名前の由来は何ですか?
A3:猫が集まっていた公園に由来するという説が有力なものとして紹介されています。そのほか、猫の額のように狭い道だったという説や、音楽バンド「ブラックキャッツ」に由来するという説もあります。
Q4:渋谷川が暗渠化されたのは何年ですか?
A4:東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)に向けて暗渠化が進みました。地上部の遊歩道整備については、地域資料で1967年3月とする説明もあります。
Q5:旧渋谷川遊歩道路へのアクセスで便利な駅はどこですか?
A5:渋谷駅、原宿駅、明治神宮前駅、表参道駅が利用できます。渋谷方面から原宿方面へ歩く場合は渋谷駅、原宿側から散策する場合は原宿駅や明治神宮前駅が便利です。
Q6:旧渋谷川遊歩道路では何を楽しめますか?
A6:小規模なファッションブランド、セレクトショップ、古着店、カフェ、飲食店などを楽しめます。また、穏田橋や参道橋などの橋の痕跡、川の流路を思わせる道路のカーブも見どころです。
まとめ:旧渋谷川遊歩道路は渋谷の歴史と裏原宿文化をつなぐ街
旧渋谷川遊歩道路は、かつて穏田川が流れていた場所に生まれた、歴史と現代文化が交差する通りです。
1964年の東京オリンピックに向けた暗渠化、遊歩道としての整備、1994年の車道設置、1996年以降の区道としての位置づけを経て、現在のキャットストリートへとつながってきました。
その沿道には裏原宿を象徴する小規模なファッション店や飲食店が集まり、表参道や渋谷の大型商業エリアとは異なる個性的な街並みが広がっています。
2026年に訪れるなら、ショッピングだけでなく、かつての川の流れを想像しながら歩いてみるのがおすすめです。穏田橋の親柱や緩やかな道路のカーブに目を向ければ、普段は見えない渋谷の歴史が浮かび上がります。
キャットストリートの本当の魅力は、流行を発信する現在の姿と、地下に眠る過去の川の記憶が、一つの通りの中で共存していることにあります。