インリンの代名詞として知られる「M字開脚」。平成のグラビア界で大きな存在感を放ち、「平成のエロテロリスト」と呼ばれるまでになった彼女の代表的なポーズは、実は本人が最初から考案したものでも、特別な演出として計画されていたものでもありません。撮影中にカメラマンから「しゃがんでみて」と言われたことが、誕生のきっかけでした。そして「M字開脚」という名称を世に広めたのは、週刊プレイボーイ(週プレ)だったのです。
さらに2025年9月には、49歳で約6年ぶりとなる雑誌グラビアに復帰。デジタル写真集『インリン BACK TO THE M』でも話題を集めました。2026年にはABEMAの番組で両親が当時のグラビアに衝撃を受けて寝込んだというエピソードを告白。現在は50歳となり、故郷の台湾で家族と暮らしながら、日本での芸能活動も続けています。誕生秘話から撮影現場の裏側、番組降板の理由、2026年の近況までを時系列で整理します。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 誕生の理由:カメラマンに「しゃがんで」と言われ、強い女性像に合うポーズを考えたことが始まり。
- 名前の由来:「M字開脚」というキャッチフレーズをつけたのは週刊プレイボーイ。本人も最初は意味が分からなかった。
- 撮影秘話:廃墟や古い便器を使った撮影、通行人に見つからないように行うゲリラ撮影など、過酷な裏側があった。
- 2025年の復活:49歳で6年ぶりの雑誌グラビアに挑戦し、デジタル写真集『BACK TO THE M』を発売。
- 2026年の現在:台湾在住の50歳。3人の子どもを育てながら、日本のテレビやイベントにも出演している。
【誕生秘話】インリンのM字開脚はなぜ生まれた?週プレが名付けた由来と真相

インリンのM字開脚を理解するうえで重要なのは、ポーズそのものが生まれた経緯と、その名前が定着した経緯を分けて考えることです。
きっかけはカメラマンの「しゃがんでみて」
2023年12月25日に公開された週プレNEWSのインタビューで、インリンはM字開脚が生まれた当時の状況を振り返っています。
当時、撮影を担当していたのは、彼女と長く仕事をしていたカメラマンのクラタノフです。撮影中に彼から「しゃがんでみて」と指示されたことが、ポーズの直接的なきっかけでした。
しかし、インリンは普通にしゃがむ姿勢に違和感を覚えます。かわいらしい印象になってしまい、強いメイクや衣装が持つ雰囲気と合わないと感じたためです。
そこで彼女が選んだのが、両脚を大胆に開いた、いわゆるヤンキー座りに近いポーズでした。実際にその姿勢を撮影してみると、カメラマンと本人の双方がしっくりくる感覚を得たといいます。
つまり、M字開脚は単に露出を強調するために考案されたのではなく、衣装やメイク、表情を含めた写真全体の世界観から生まれたポージングだったのです。
「M字開脚」と名付けたのは週刊プレイボーイ
ポーズが生まれた後、もう一つの転機が訪れます。それが週刊プレイボーイによるキャッチコピーでした。
2023年のインタビューでインリンは、名称について次のように説明しています。
「M字開脚」という言葉は、週プレさんがつけてくださったんですよね。
本人は最初、コンビニで雑誌の誌面を見たときに「M字って何?」と感じたそうです。しかし、よく見ると両脚の角度がアルファベットのMに見えることに気づき、納得したと振り返っています。
このキャッチフレーズは瞬く間に他のグラビア誌にも広がりました。やがて「M字開脚」と聞けばインリンを思い浮かべるほど、ポーズと人物のイメージが強く結びついていきます。
本人も、さまざまなメディアに出演するきっかけになったとして、週プレと当時の担当者への感謝を語っています。
実はインリンだけが開脚ポーズをしていたわけではない
興味深いのは、インリン自身が、開脚するポーズはほかのグラビアアイドルも行っていたと話していることです。
つまり、彼女が開脚という表現を独占的に生み出したわけではありません。特徴的だったのは、強い女性像を打ち出す衣装や表情、撮影場所と組み合わせ、独自のブランドイメージとして定着させた点です。
本人も、M字開脚という名称がインリンの代名詞になったことで、ほかのグラビアアイドルが同じようなポーズを取りづらくなったのではないかと振り返っています。なお、本人は名称について商標登録したわけではないとも説明しています。
2026年8月に公開された双葉社「THE CHANGE」のインタビューでも、当時は内股で上品に見せるグラビアが多かったと説明。誰も真似できない表現を目指した結果、週プレのキャッチコピーと結びつき、人生の転機になったと語っています。
【撮影秘話】ゲリラ撮影や廃墟の便器での撮影は本当だった?
インリンのグラビアが当時のほかの作品と大きく異なっていた理由は、ポーズだけではありません。撮影場所や衣装、現場での撮影方法にも独特のこだわりがありました。
ゴージャスなホテルを希望しても、連れて行かれたのは廃墟
週プレNEWSの2023年12月25日のインタビューでは、カメラマンのクラタノフとの撮影エピソードが詳しく紹介されています。
インリンは、ラスベガスのような豪華なホテルで撮影してみたいとリクエストしたこともあったそうです。しかし、実際に連れて行かれたのは、古びた廃墟や昭和の雰囲気が残る古いラブホテルなど、暗く独特な空気を持つ場所でした。
彼女のグラビアは、明るい海辺やリゾートを背景にした王道の作品とは異なり、廃墟の退廃的な雰囲気と強い女性像を組み合わせることで独自性を生み出していました。
ただし、撮影現場は決して華やかではありません。カメラマンと二人で移動することも多く、衣装やヘアメイクを自分で準備し、荷物も自ら運ぶ必要がありました。
さらに足場の悪い廃墟で高いヒールを履き、撮影のために危険な場所へ登るよう指示されることもあったといいます。
廃墟の便器を使った撮影は何度もあった
なかでも本人が強烈な思い出として挙げたのが、廃墟のトイレでの撮影です。
壊れた古い便器に座るカットを撮影する際、周囲にスタッフが大勢いる通常の現場とは異なり、カメラマンが到着するとすぐに撮影を始めるような状況だったそうです。
インリンは、いつ誰が使用したか分からない便器を拭かずに使うことに強い抵抗を感じたと明かしています。それでも同様の撮影は一度だけではなく、何度か経験したそうです。
こうした話からは、完成した写真の大胆さと、実際の撮影現場の過酷さに大きなギャップがあったことが分かります。
人目を避けて1分以内に撮影するゲリラ方式
もう一つ印象的なのが、街中でのゲリラ撮影です。
インリンによると、過激な衣装の上に前開きのコートを着て撮影場所に向かい、カメラのピントや照明の準備が整うと、人目のない瞬間を狙ってコートを脱ぎます。そして、短時間で撮影を済ませ、その場を離れるという方法を取っていました。
撮影時間は1分にも満たないことがあったといい、落ち着いて表情を作る余裕もなかったそうです。
本人は、こうした撮影を振り返り、若くて怖いもの知らずだったからこそできたと説明しています。
路地裏では通行人から説教されたことも
街中での撮影では、当然ながら周囲の人に見つかることもありました。
特に印象に残っているのが、古い街並みで赤いコルセットを着て撮影していたときの出来事です。通りすがりの女性から「そんな格好で何やってんの!親が泣くよ!」と注意されたといいます。
言葉が分からないふりをして撮影を続けていると、別の女性たちも集まってきて、脚を開いた瞬間に「やめなさい!」と怒られたそうです。
本人は厳格な家庭で育ったため、注意した女性たちの気持ちも理解でき、少しつらかったと振り返っています。
こうしたゲリラ撮影や廃墟でのエピソードは、単なる過激なグラビアというイメージだけでは分からない、当時のインリンの仕事への向き合い方を伝えています。
【経歴・年表】インリンのM字開脚から現在までの転換点を整理
インリンのキャリアを振り返ると、M字開脚の誕生、平成のグラビアブーム、台湾への生活拠点の移動、そして2025年のグラビア復帰という大きな転換点が見えてきます。
本人の公式プロフィールや週プレNEWS、ABEMA、各報道機関の情報をもとに整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事・活動 | 主な意味・背景 |
|---|---|---|
| 1990年代後半〜2000年代 | グラビアやテレビで活躍 | 独特な衣装と強い女性像で注目を集める |
| 2001年頃 | M字開脚の写真が話題に | 週刊プレイボーイのキャッチコピーが定着 |
| 2000年代 | 「平成のエロテロリスト」として活躍 | バラエティー番組やプロレス「ハッスル」にも活動を広げる |
| 2008年 | 日本人一般男性と結婚 | 私生活で大きな転機を迎える |
| 2010年・2013年 | 第1子、男女の双子を出産 | 3人の子どもの母親になる |
| 2016年3月 | JOYTOYを脱退しソロ活動へ | 「インリン」として活動を開始 |
| 2023年12月 | 週プレNEWSのインタビュー公開 | M字開脚の由来や撮影秘話を改めて語る |
| 2025年9月 | 約6年ぶりの雑誌グラビア復帰 | 『週刊ポスト』とデジタル写真集『BACK TO THE M』で話題に |
| 2026年9月 | ABEMAなどに出演 | 両親の反応や台湾での現在の生活を語る |
| 2026年10月以降 | テレビ出演やイベント活動 | 50歳を迎えても日本での活動を継続 |
インリンの経歴で注目したいのは、グラビア一本で活動を続けてきたわけではない点です。バラエティー番組への出演やプロレス団体「ハッスル」でのインリン様としての活動など、表現の場を広げてきました。
また、結婚後は台湾を生活の拠点とし、子育てを中心にした生活へ移行しています。公式プロフィールによれば、2014年には台湾で美容と中華料理の調理師免許資格も取得しています。
このように、M字開脚は彼女のキャリアを象徴する重要な要素ですが、インリンという人物の活動全体を表すものではありません。
【2025年復活グラビア】49歳でM字開脚に再挑戦した理由とは?
2025年9月、インリンは約6年ぶりとなる雑誌の撮り下ろしグラビアに挑戦しました。49歳での復帰は、かつてのファンだけでなく、幅広い世代の読者から関心を集めました。
『週刊ポスト』の巻頭グラビアに登場
2025年9月下旬、インリンは小学館の『週刊ポスト』の巻頭グラビア撮影に臨みました。
撮影を担当したのは、グラビア界で知られるカメラマンの野村誠一です。インリンにとっては28歳の頃に写真集を撮影してもらって以来の再会でした。
衣装はレースをあしらったランジェリーなど、大人の魅力を表現するもの。撮影の様子はABEMAエンタメの密着企画「NO MAKE」で取り上げられました。
そして2025年9月29日には、デジタル写真集『インリン BACK TO THE M』が小学館から発売されました。
懐かしのM字開脚も披露し、49歳になった現在の姿を収めた作品として注目を集めています。
かつてのような180度開脚はできなかった
今回の撮影で意外だったのは、インリン自身もスタッフも、長いブランクによってM字開脚の感覚が曖昧になっていたことです。
ABEMAの「NO MAKE」では、かつてのように180度開脚することが難しくなっていた様子も紹介されました。
本人も今回のポーズについて「限界ギリギリ」と表現しています。それでも野村カメラマンの工夫と、撮影を通じて取り戻した感覚によって、無事にM字開脚の撮影を終えました。
2023年の週プレNEWSのインタビューでも、本人は出産後に骨盤の形が変わったことや、若い頃と同じような迫力を出すのは難しいと語っています。久しぶりにヒールを履いたことも、身体への負担につながったそうです。
今回の復帰は、20代の頃の身体をそのまま再現する試みではありません。年齢を重ねた現在の自分を受け入れ、新しい魅力を表現する撮影だったと考えられます。
復帰理由は「母親」だけではなく「女性」としての自分を大切にしたかったから
2025年9月27日に公開されたABEMA TIMESの記事では、インリンがグラビア復帰を決めた理由も紹介されています。
普段の生活では、3人の子どもの学校や塾の送迎、宿題の確認など、母親としての役割が中心になっていました。毎日、子どもたちに「早くしなさい」「宿題やった?」と声をかける普通の主婦生活だったといいます。
そんな日常のなかで、撮影の仕事が自分自身を取り戻す刺激になったと説明しています。
「母親としてじゃなく、やっぱり女性でいたいので」
この言葉は、2025年の復帰を理解するうえで重要です。
グラビアへの復帰は、単に昔の人気ポーズを再現して話題を集めることだけが目的ではありません。母親として生活する一方で、一人の女性、そして表現者としての自分も大切にしたいという思いが込められていました。
【降板の真相】平成のエロテロリスト・インリンがレギュラー番組を辞めた理由
インリンのM字開脚について、もう一つ知っておきたいのが、ポーズに込められた本人の意識です。
大胆な衣装やポーズから、男性向けの性的なアピールを中心とした活動だったと思われがちですが、本人が後年のインタビューで明かした背景は、それだけではありません。
「エロテロリスト」は本人が考案した言葉ではない
インリンといえば「平成のエロテロリスト」という呼び名も有名です。
この呼称についても、本人が2026年8月の双葉社「THE CHANGE」のインタビューで説明しています。
「M字開脚」と同じように、「エロテロリスト」という言葉も雑誌のキャッチコピーとして広まったもので、自分自身が考えた言葉ではなかったそうです。
しかし、この呼び名が定着すると写真集の増刷につながり、『踊る!さんま御殿!!』などの有名番組にも出演するようになったと振り返っています。
本人にとって、この名称が定着したことは人生の大きな転換点でした。
ABEMA NEWS「NO MAKE」で明かした芸能界の苦い経験
2025年9月30日公開のABEMA TIMESの記事では、ABEMA NEWSの密着企画「NO MAKE」でインリンが過去のセクハラ被害について語った内容が紹介されています。
本人によると、番組制作のプロデューサーなど、立場や権力を持つ人物から誘われることがあり、複数人で写真を撮る流れで肩を組まれた際、そのまま胸に手を入れられた経験もあったといいます。
こうした出来事が重なり、彼女は自らレギュラー番組を降りる決断をしました。
ここで重要なのは、本人が番組降板を自分の意思で決めたと説明している点です。番組側から一方的に降板を命じられたという話ではありません。
M字開脚に込めたのは男性に媚びない姿勢
さらにインリンは、当時のグラビア撮影で見せていた強い視線についても説明しています。
男性に見られることを意識しながらも、男性に媚びるのではなく、自分の意思を表現したかったというのです。
「あなたになんか媚びてないのよ」
ABEMAのインタビューでは、M字開脚の姿勢や攻撃的な視線には、男性に軽く扱われたくないという気持ちも込められていたと紹介されています。
この証言を踏まえると、インリンのグラビアは単に過激さを競うものではありませんでした。露出の多い衣装を身につけながら、表情やポーズによって自分の主体性を表現しようとしていたのです。
「エロテロリスト」というキャッチコピーが与えたインパクトと、本人が実際に表現したかった女性の強さには、重なる部分がありました。
【2026年最新】インリンの両親はM字開脚に寝込んだ?台湾での現在と家族生活
2026年9月、インリンはABEMAの番組で、M字開脚を披露していた当時の両親の反応について語りました。
このエピソードは、平成のグラビア時代を知る人にとっても意外な内容だったようです。
2026年9月、両親が寝込んだというエピソードを告白
2026年9月15日配信のABEMAオリジナル番組『愛のハイエナ season6』第10回で、インリンは恋愛や家族について話しました。
番組では、両親が自身の恋愛に干渉してきたことがあるかという質問があり、インリンは「すごく干渉してきた」と回想しています。
特に母親は古風な考え方を持っており、初めて身体を捧げる相手は結婚する人であるべきだという価値観だったそうです。
そこで、お笑いコンビ・ニューヨークの嶋佐和也が、M字開脚を披露していた当時の両親の反応について質問しました。
インリンが明かした答えは、次の一言でした。
「寝込んじゃった」
この発言にスタジオでは笑いが起こりました。
ただし、このエピソードの背景にあるのは、娘の恋愛や身体表現に対する母親の保守的な価値観と、芸能活動として大胆なグラビアに取り組んでいたインリンとの世代間のギャップです。
インリンはグラビアの仕事に誇りを持っていましたが、厳格な家庭で育ったことも過去のインタビューで明かしています。家族の価値観と仕事上の表現が大きく異なっていたことが、このエピソードから伝わってきます。
2026年現在は台湾・台北市で生活
2026年10月30日現在、インリンは50歳です。
1976年2月15日生まれで、台湾の台北市出身。10歳から東京で生活し、中国語、台湾語、日本語を話すトライリンガルです。
2008年に日本人の一般男性と結婚し、2010年に長男、2013年に男女の双子を出産しています。現在は3人の子どもの母親です。
2026年9月22日に放送されたフジテレビ系特番『平成の名場面連発!あの人ビフォーアフター』では、家族で台湾の台北市に住んでいることを紹介しました。
長男は日本の高校に通っており、双子の次男と長女は台湾で暮らしていると説明しています。
また、2026年7月の女子SPA!のインタビューでは、現在の生活について、台湾を拠点にしながら仕事のために日本へ来ていると語っています。日本滞在中はテレビ収録や取材などに参加し、長男と食事をすることもあるそうです。
台湾では主婦としての生活が中心
2026年9月のテレビ出演では、台湾では芸能活動をしておらず、普通に主婦として生活していると説明しました。
一方、仕事のために日本へ来る機会はあり、完全に芸能界を引退したわけではありません。
2026年の女子SPA!のインタビューでは、長男が日本の高校に進学したことで、親として寂しさを感じる場面もあると語っています。かつては3人の子どもを中心にした生活を送っていましたが、成長に伴い家族の生活スタイルにも変化が生まれているようです。
また、公式プロフィールによれば、インリンは美容や中華料理に関する資格も取得しています。芸能活動だけでなく、台湾での暮らしや家庭生活にも軸足を置いてきました。
2026年10月以降も日本での活動を予定
インリンの公式サイトでは、2026年10月11日の日本テレビ『限界インストール24』への出演情報が掲載されています。
加えて、2026年12月22日には「インリン・リリカの国境またぎの都市伝説2026」というイベントの開催も告知されています。
したがって、現在のインリンは、台湾で家族との生活を大切にしながら、日本での仕事やイベントにも参加するスタイルを取っていると整理できます。
かつてのグラビア活動だけを基準に現在の姿を判断するのではなく、50歳を迎えた現在の生活や活動の幅にも注目したいところです。
【プロの結論】インリンのM字開脚は単なるセクシーポーズではなかった
インリンのM字開脚をめぐるエピソードを時系列で見ると、このポーズには大きく3つの意味があったことが分かります。
1. 撮影現場から生まれた独自の表現
最初の意味は、写真表現としての独自性です。
当時のグラビアでは内股や癒やし系の表情が多かったなか、インリンは黒い衣装やボンデージ、廃墟などを組み合わせ、強い女性像を表現しました。M字開脚は、その世界観を象徴するポーズとして定着しました。
2. 雑誌のキャッチコピーが生んだ強力なブランド
2つ目は、メディアによるネーミングの力です。
週刊プレイボーイが「M字開脚」と名付けたことで、それまで一つのポージングにすぎなかった表現が、インリンという人物を象徴する言葉になりました。
さらに「エロテロリスト」というキャッチコピーも加わり、グラビア以外のテレビ出演やプロレス活動にも知名度が広がっていきました。
本人が言葉を考案していなくても、その言葉を自分の表現として定着させたことが、インリンのキャリアに大きな影響を与えたのです。
3. 年齢を重ねても変わらない自己表現への意識
3つ目は、2025年のグラビア復帰に表れた、自分らしい表現を続ける姿勢です。
49歳での復帰では、若い頃と同じ身体的な条件では撮影できませんでした。それでも、現在の自分にできる表現を模索し、M字開脚にも再挑戦しました。
そして2026年には、両親の反応や台湾での家庭生活をテレビで語っています。
こうした経緯を踏まえると、インリンのM字開脚は、単に過激なポーズとして消費されるものではなく、仕事への誇り、自分の意思、そして年齢を重ねても表現者であり続けたいという思いが重なった象徴的な存在だったと考えられます。
インリンの過去のグラビアを懐かしむ人にとっても、2025年以降の活動を初めて知った人にとっても、ポーズの誕生背景や本人の言葉を知ることで、これまでとは違った見方ができるはずです。
【FAQ】インリンのM字開脚に関するよくある質問
Q1:インリンのM字開脚は誰が考案したのですか?
A1:撮影中にカメラマンのクラタノフから「しゃがんで」と言われたことがきっかけです。インリン自身が衣装やメイクに合うように脚を開いた姿勢を選び、二人が納得したことで定着しました。
Q2:M字開脚という名前をつけたのは誰ですか?
A2:週刊プレイボーイです。インリン本人は最初、雑誌のキャッチコピーを見ても意味が分からなかったと2023年のインタビューで語っています。
Q3:インリンの両親はM字開脚にどんな反応をしたのですか?
A3:2026年9月のABEMA『愛のハイエナ season6』で、両親が寝込んでしまったと告白しました。母親は古風な価値観を持っていたそうです。
Q4:2025年の復活グラビアは何という作品ですか?
A4:小学館から2025年9月29日に発売されたデジタル写真集『インリン BACK TO THE M』です。『週刊ポスト』の撮り下ろしグラビアを収録した作品です。
Q5:インリンは2026年現在、どこに住んでいますか?
A5:故郷の台湾・台北市に家族と暮らしています。3人の子どもを育てながら、日本でテレビ出演や取材などの芸能活動も続けています。
Q6:インリンがレギュラー番組を降板した理由は何ですか?
A6:2025年のABEMA NEWS「NO MAKE」で、番組制作関係者からセクハラを受けた経験があり、自分の意思でレギュラー番組を降りたと説明しています。番組名や関係者の実名は、同記事では明らかにされていません。
まとめ:インリンのM字開脚が今も語り継がれる理由と2026年の現在
インリンのM字開脚は、撮影中の何気ない指示から生まれ、週刊プレイボーイのキャッチコピーによって広く知られるようになりました。
廃墟や古い便器を使った撮影、通行人の目を避けたゲリラ撮影など、当時の裏側には大胆な写真からは想像しにくい苦労もありました。
また、本人が明かした芸能界でのセクハラ経験や番組降板の経緯を知ると、M字開脚に込められていた男性に媚びない姿勢や女性としての主体性も見えてきます。
2025年には49歳でグラビアに復帰し、2026年には50歳として台湾での家族生活や両親とのエピソードを語りました。現在も日本での芸能活動を続けており、過去のイメージだけでは語り尽くせない活動を見せています。
インリンのM字開脚が長く記憶されているのは、ポーズのインパクトだけが理由ではありません。自分にしかできない表現を追求し、年齢やライフステージが変わっても自分らしく活動する姿勢こそが、その存在を特別なものにしているのです。
主な参照資料・取材根拠
- インリン公式プロフィール・2026年出演情報
- 週プレNEWS「平成のエロテロリスト」インタビュー(2023年12月25日)
- 双葉社「THE CHANGE」M字開脚誕生秘話(2026年8月15日)
- ABEMA TIMES「NO MAKE」グラビア復帰・撮影密着(2025年9月27日)
- ABEMA TIMES「NO MAKE」番組降板とセクハラ経験(2025年9月30日)
- 日刊スポーツ「愛のハイエナ season6」両親の反応(2026年9月17日)
- デイリースポーツ・スポーツ報知の台湾生活に関する報道
- 女子SPA!台湾での暮らしと子育てのインタビュー(2026年7月30日)