ケイ・アンナ
タレント・モデル・司会者
- 出身地:アメリカ
- モデルデビュー:1968年
- 三原綱木さんとの結婚:1979年
- 第一子出産:1982年
三原綱木さんの妻、ケイ・アンナさんは、モデルやタレント、司会者、レポーターとして活動してきた人物です。
所属・活動先のG・ステージが掲載する公式プロフィールによると、1968年にスカウトを受けてモデルデビュー。コーセー化粧品の専属モデルを務めたほか、テレビ番組のアシスタント、海外レポーター、司会、ラジオパーソナリティーなど幅広い仕事を経験しています。
三原さんと結婚したのは1979年です。
1977年に田代みどりさんとの離婚が成立した後、1979年にケイ・アンナさんと結婚しています。つまり、ケイ・アンナさんは三原さんにとって再婚相手にあたります。
結婚に至った具体的な出会いや交際のきっかけについては、公式プロフィールなどで詳しく紹介されていません。公表されているのは、1979年の結婚という事実です。
また、ケイ・アンナさんは1982年に第一子を出産した後、主婦業に専念した時期がありました。2004年以降のプロフィールには、講演や司会、三原綱木ファミリーライブへの参加などが記されています。
芸能活動だけでなく、家庭と音楽活動の両方に関わってきたことが分かります。
2025年に結婚46年を迎えた夫婦
2人の関係を知るうえで重要なのが、2025年10月28日放送の「徹子の部屋」です。
三原さんとケイ・アンナさんは夫婦そろって出演し、結婚46年の歩みを振り返りました。
番組では、三原さんが妻に感謝を伝えるため、ギターを弾きながらエルビス・プレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」を披露しました。
演奏後、三原さんが妻に愛情と感謝を伝えると、ケイ・アンナさんは夫の頬にキス。長年連れ添った2人の自然なやり取りが紹介されました。
また、ケイ・アンナさんは夫と船旅をしたいという希望も語っていました。
結婚46年という数字だけでなく、夫婦でこれからも一緒に過ごしたいという気持ちが伝わる場面でした。
【元妻・田代みどり】1970年の結婚と1977年の離婚、その後の再婚

田代みどり
歌手・三原綱木さんの元妻
- 1970年:三原さんと結婚
- 1972年:つなき&みどり結成
- 1974年:デュオ解散
- 1977年:離婚
三原綱木さんの結婚歴を語る際、忘れてはならない人物が歌手の田代みどりさんです。
2人は1970年に結婚しました。
田代さんは、1960年代から洋楽ポップスのカバーなどで人気を集めていた歌手です。三原さんとは音楽活動でも深く関わり、結婚後には夫婦デュオを結成しています。
「つなき&みどり」と「愛の挽歌」
1972年、2人は夫婦デュオ「つなき&みどり」を結成しました。
代表曲として知られるのが、「愛の挽歌」です。
三原さんのギターや音楽的な才能と、田代さんの歌唱を組み合わせたユニットは注目を集め、楽曲もヒットしました。
音楽専門誌「otonano」の作品紹介でも、田代さんと三原さんが結婚後に夫婦ユニットを組み、「愛の挽歌」をヒットさせた経緯が紹介されています。
しかし、夫婦でありながら仕事上のパートナーでもあった2人のデュオは、1974年に解散しました。
その後、1977年に離婚しています。
三原綱木と田代みどりの離婚理由は?
気になるのは、なぜ2人が離婚したのかという点です。
結婚後に夫婦デュオを結成し、音楽活動をともにしていたことから、仕事と家庭の関係に関心を持つ人も少なくありません。
ただし、離婚理由について、本人たちが明確に説明した信頼できる公表資料は確認できません。
そのため、音楽性の違いや不仲、不倫などを離婚の原因として断定することはできません。
確認できる事実は、1974年のデュオ解散と1977年の離婚です。
ここで押さえておきたいのは、田代みどりさんとの結婚と、ケイ・アンナさんとの結婚は別の時期に成立した2つの婚姻関係だということです。
1979年にケイ・アンナと再婚
田代さんとの離婚から2年後の1979年、三原さんはケイ・アンナさんと結婚しました。
この時系列を整理すると、三原さんの結婚歴に関する混同が解消されます。
一部のネット記事では、前妻と現在の妻の情報が混ざっていることがありますが、1970年に結婚した相手は田代みどりさん、1979年に結婚した相手はケイ・アンナさんです。
再婚の具体的な馴れ初めについては公表情報が限られています。
【結婚歴・家族構成】三原綱木の妻と子供を時系列で整理
ここで、三原綱木さんの結婚歴と家族に関する出来事を整理します。
| 年・時期 | 出来事 | 関係者・内容 |
|---|---|---|
| 1963年 | ブルー・コメッツに参加 | ギター・ボーカル |
| 1967年 | 「ブルー・シャトウ」がヒット | 日本レコード大賞を受賞 |
| 1970年 | 最初の結婚 | 田代みどりさん |
| 1972年 | 夫婦デュオ結成 | つなき&みどり |
| 1974年 | デュオ解散 | 音楽ユニットとしての活動終了 |
| 1977年 | 離婚 | 田代みどりさんとの婚姻終了 |
| 1979年 | 再婚 | ケイ・アンナさん |
| 1982年 | 第一子出産 | ケイ・アンナさんのプロフィールに記載 |
| 2025年 | 結婚46年 | 「徹子の部屋」に夫婦出演 |
| 2026年9月11日 | 死去 | 腎臓がん、80歳 |
| 2026年11月30日 | お別れの会の予定 | 東京都青山葬儀所 |
三原綱木とケイ・アンナの子供は?
2人の間には子供がおり、2025年の「徹子の部屋」では息子や娘、孫の写真も公開されました。
番組の放送内容では、長男と長女の存在が紹介され、長男は娘たちにピアノを教えていることや、バンド活動をしていることも伝えられています。
家族全体が音楽やダンスに親しんでいる様子も紹介されました。
ケイ・アンナさんは、家族で一緒に何かをすることが喜びだと話しており、将来的に家族でファミリーコンサートを開くことにも関心を示していました。
なお、子供たちの詳しいプロフィールや私生活については、広く公表されていません。
三原さんが著名な音楽家だったからといって、子供たち全員が芸能活動をしているわけではありません。公に紹介された音楽活動と、一般の家族生活は分けて考える必要があります。
【夫婦生活の実態】ケイ・アンナが支えた三原綱木の病気との闘い
2025年の「徹子の部屋」で特に注目されたのが、三原さんの度重なる病気と、それを支えてきたケイ・アンナさんの存在でした。
三原さんは晩年、複数の健康上の問題を抱えていました。
2023年には脳梗塞を発症
MANTANWEBなどの報道によると、三原さんは2023年に脳梗塞を発症しました。
夜中にトイレで倒れて救急搬送されたものの、妻の迅速な対応もあり、幸い大きな後遺症は残らなかったと伝えられています。
また、脳梗塞の前には血栓が原因で右目を失明していたことも明かされました。
ほかにも、肺に水がたまる症状や、糖尿病の悪化による足の指の壊死と切断を経験していました。
こうした病気を抱えながらも、三原さんは音楽活動を続けていました。
夫婦円満の秘訣は日々の会話
2025年10月の「徹子の部屋」では、夫婦の普段の関係についても紹介されました。
番組内容の記録によると、2人は夫婦喧嘩をしたことがないと話しており、日々の会話を大切にしていたといいます。
三原さんは、病気を経験するたびに妻への感謝を深めていった様子でした。
番組でのギター演奏も、単なる音楽のプレゼントではありません。
長年連れ添った妻に対して、感謝と愛情を自分の得意な音楽で表現した場面でした。
夫婦の関係を知るうえでは、華やかな芸能活動だけでなく、こうした日常のエピソードも重要です。
【2026年9月の訃報】三原綱木の死因は腎臓がん、妻が明かした最期
2026年9月15日、三原綱木さんの所属事務所が訃報を発表しました。
三原さんは2026年9月11日午前9時2分、腎臓がんのため80歳で亡くなりました。
所属事務所の発表によると、療養中だった三原さんは、本人の遺志により家族葬で見送られました。
訃報はオリコンニュース、テレビ朝日NEWS、日刊スポーツなど複数の報道機関によって伝えられています。
ケイ・アンナが語った闘病生活
デイリースポーツの取材に応じたケイ・アンナさんによると、三原さんは亡くなる前の約5年間、入退院を繰り返していたといいます。
2026年4月から入院し、リハビリ病院への転院を経て、8月に腎臓がんが判明しました。
その時点で、がんは膵臓や肝臓にも転移しており、8月下旬には緩和ケアに移っていたと報じられています。
三原さんの最期について、ケイ・アンナさんは最後の会話も明かしました。
「マミー、ありがとう!」
9月9日、ケイ・アンナさんが病室を去る際に「明日も来るからね」と声をかけると、三原さんは大きな声で感謝を伝えたそうです。
それが2人の最後の会話になりました。
長年連れ添った妻に対する、三原さんの感謝が伝わるエピソードです。
三原綱木の最後のステージは2026年3月
三原さんの最後のステージは、2026年3月15日に大阪・新歌舞伎座で開催されたコンサート「THE G.S~栄光のグループサウンズ~アンコール!」でした。
グループサウンズの仲間であるミッキー吉野さんや加橋かつみさんらと共演しています。
その後、体調を崩して入院し、療養生活に入りました。
長年にわたり音楽の現場に立ち続けた三原さんにとって、最後までステージに立ったことは、その音楽人生を象徴する出来事でもあります。
2026年11月30日にお別れの会を開催予定
2026年10月30日時点で、所属事務所の公式サイトには「三原綱木お別れの会」の案内が掲載されています。
三原綱木 お別れの会
14:00~16:00(受付13:30~)
会場
東京都青山葬儀所
喪主
三原加代子(ケイ・アンナ)
2026年10月に公表された案内状に基づく開催予定情報です。
出典:坂本エンターテインメント公式発表
この案内で特に注目されるのが、喪主としてケイ・アンナさんの名前が記載されていることです。
三原さんの妻として長年そばにいたケイ・アンナさんが、最後のお別れの会でも喪主を務めます。
【元妻・田代みどりの追悼コメント】2026年10月28日に語った三原綱木への思い
田代みどりさん
歌手・三原綱木さんの元妻
2026年10月28日、日本歌手協会主催の第53回歌謡祭に出演し、元夫の三原さんを追悼しました。
三原さんの訃報を受け、元妻の田代みどりさんも追悼の言葉を寄せています。
2026年10月28日、東京・浅草公会堂で開催された日本歌手協会主催の「第53回歌謡祭」に出演した田代さんは、三原さんとの過去を振り返りました。
日刊スポーツの報道によると、田代さんは三原さんについて次のように語っています。
「本当に優しくて思いやりのある人でした。お世辞ではなくて、本当にそういう人。いつも一緒にいるとウキウキするような人でした」
また、田代さんは三原さんとの思い出だけでなく、ブルー・コメッツの関係者との交流にも触れました。
同じ歌謡祭では、田辺靖雄さん、九重佑三子さん、尾藤イサオさんとともに「ブルー・シャトウ」を歌唱しています。
田代さんは、関係者との別れについても心情を語りました。
離婚後も音楽でつながっていた2人
田代さんと三原さんは1977年に離婚していますが、2人の関係を語るうえで音楽の存在は欠かせません。
1972年に結成した「つなき&みどり」は、夫婦としての活動と音楽活動が重なったユニットでした。
1974年のデュオ解散後も、「愛の挽歌」は2人の音楽的な足跡として残っています。
今回の追悼コメントで田代さんが語ったのは、離婚した元夫という立場だけではありません。
かつて一緒に音楽を作り、人生の一時期をともにした人物への思いでした。
離婚後の関係性について過度な美談を作る必要はありませんが、2026年10月の追悼コメントからは、三原さんへの敬意と懐かしさがうかがえます。
【プロの結論】三原綱木の妻・結婚歴・家族を知るための3つのポイント
三原綱木さんの家族について調べる際、特に押さえておきたい要点は3つあります。
1. 現在の妻はケイ・アンナさん
1979年に結婚し、2025年には結婚46年を迎えました。2026年の訃報後は、所属事務所の案内でお別れの会の喪主として名前が掲載されています。
2. 田代みどりさんは最初の妻
1970年に結婚し、「つなき&みどり」として活動しました。1977年に離婚しています。1979年のケイ・アンナさんとの結婚とは混同しないことが大切です。
3. 家族の詳細は公表された範囲で理解する
2025年のテレビ出演では息子、娘、孫の存在が紹介されました。一方、子供たちの詳しい個人情報や現在の生活については、公開情報が限られています。
加えて、三原さんの人生を理解するには、家族だけでなく音楽家としての歩みも欠かせません。
1963年に「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」に参加し、1967年には「ブルー・シャトウ」が日本レコード大賞を受賞。1976年には郷ひろみさんのバックバンドを結成し、1986年からは「三原綱木とザ・ニューブリード」を率いました。
NHK紅白歌合戦などで長年にわたって指揮や編曲を担当したことも、大きな功績です。
三原さんは、単に昭和の人気ギタリストだっただけではなく、日本の歌謡界を支えた演奏家・指揮者でもありました。
その音楽人生と、ケイ・アンナさんや田代みどりさんとの人生の歩みを分けて整理することで、人物像をより正確に理解できます。
【三原綱木の奥さん】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:三原綱木さんの奥さんは誰ですか?
ケイ・アンナさんです。1979年に結婚し、2025年に結婚46年を迎えました。
Q2:三原綱木さんの元妻は誰ですか?
歌手の田代みどりさんです。1970年に結婚し、1972年に夫婦デュオ「つなき&みどり」を結成。1977年に離婚しました。
Q3:三原綱木さんとケイ・アンナさんの間に子供はいますか?
います。2025年の「徹子の部屋」では息子や娘、孫の存在が紹介されました。子供たちの詳細なプロフィールは広く公表されていません。
Q4:三原綱木さんの再婚はいつですか?
1979年です。田代みどりさんとの離婚が成立した1977年から2年後に、ケイ・アンナさんと結婚しました。
Q5:三原綱木さんの死因は何ですか?
2026年9月11日、腎臓がんのため80歳で亡くなりました。所属事務所が9月15日に公表しています。
Q6:田代みどりさんは三原綱木さんの訃報にコメントしましたか?
はい。2026年10月28日の歌謡祭で、三原さんについて「優しくて思いやりのある人」と振り返り、追悼しました。
Q7:ケイ・アンナさんは現在どうしていますか?
ケイ・アンナさんは、三原さんの妻として2026年の訃報後も公的な案内に名前が掲載されています。2026年11月30日開催予定のお別れの会では喪主を務めることが発表されています。今後の個人的な活動については、公式プロフィールや新たな発表が注目されます。
まとめ:三原綱木の妻はケイ・アンナ、音楽と家族に刻まれた人生
三原綱木さんの妻はケイ・アンナさんです。
1979年に結婚し、2025年には46年間の夫婦生活を迎えました。2025年の「徹子の部屋」では、病気を乗り越えてきた夫婦の姿や、妻への感謝を込めたギター演奏が紹介されました。
一方、最初の妻は歌手の田代みどりさんで、1970年に結婚、1977年に離婚しています。2人が結成した「つなき&みどり」と「愛の挽歌」も、昭和歌謡の歴史に残る活動です。
2026年9月11日に三原さんが腎臓がんで80歳で亡くなった後、田代さんは追悼コメントを発表。ケイ・アンナさんはお別れの会の喪主を務めることになりました。
三原綱木さんの人生には、音楽家としての輝かしい功績と、異なる時期をともに歩んだ2人の妻との歴史があります。
その歩みを振り返ることは、昭和の音楽文化と、長年にわたって日本の音楽界を支えた一人の演奏家を知ることにもつながります。
主な参照資料:坂本エンターテインメント公式発表、ケイ・アンナ公式プロフィール、テレビ朝日「徹子の部屋」関連報道、オリコンニュース、日刊スポーツ、デイリースポーツ、MANTANWEB。