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松原聖弥の現在は?2025年引退の理由と巨人・西武時代の成績を徹底解説

藤咲 尚 藤咲 尚 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

松原聖弥は現在、読売ジャイアンツの「ジャイアンツアカデミー」でコーチを務めています。2025年11月28日に現役引退を表明した元プロ野球選手は、巨人の育成選手から支配下登録を勝ち取り、2021年には打率.274、12本塁打、15盗塁を記録。育成出身選手の活躍を象徴する存在となりました。

しかし、巨人での活躍後は出場機会が減少し、2024年6月に埼玉西武ライオンズへトレード移籍。2025年10月には戦力外通告を受け、現役続行を目指してトライアウトにも参加しました。プロ9年間の歩みを振り返ると、引退に至るまでには、成績の変化だけでなく、球団内の競争や新天地での出場機会という課題がありました。

【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 現在:2026年はジャイアンツアカデミーのコーチとして、子どもたちへの野球指導に取り組んでいます。
  • 引退の経緯:2025年10月1日に西武から戦力外通告を受け、11月のトライアウトを経て、同月28日に現役引退を表明しました。
  • 現役時代の実績:NPB公式記録による通算成績は333試合、打率.241、15本塁打、67打点、30盗塁。巨人時代の2021年がキャリアの大きな到達点でした。

【2026年最新】松原聖弥は現在何をしている?引退後の活動

松原聖弥

2026年10月現在、松原聖弥はプロ野球選手としてではなく、ジャイアンツアカデミーのコーチとして活動しています。2025年シーズン限りで現役を引退し、古巣の読売ジャイアンツに指導者として戻る道を選びました。

2025年11月28日の引退発表では、巨人で7年半、西武で1年半を過ごした計9年間について、応援してくれたファンや球団関係者、家族、仲間、スタッフ、指導者への感謝を伝えています。加えて、新しいステージでも自分らしく挑戦を続けるという意向を示しました。

引退後の活動は、すでに具体的な形になっています。東京ジャイアンツタウンの公式レポートによると、2026年8月30日にジャイアンツタウンスタジアムで開催された子ども向けイベントに、松原はアカデミーコーチとして参加しました。小学3、4年生を対象とした野球教室で、今村信貴、飯塚岬とともに指導に当たっています。

同イベントの公式レポートでは、松原が子どもの頃の練習について、素振りを毎日続けていた経験を伝え、質の高い練習を継続できる回数に設定して取り組む大切さを説明したことも紹介されています。自身の経験を次の世代に伝える活動が、引退後の仕事の一つになっています。

したがって、2026年の松原聖弥を「引退後の活動が分からない元選手」と捉えるのは正確ではありません。現役時代に育成選手から一軍のレギュラーへと成長した経験を生かし、子どもたちの野球指導に携わっています。

【検証資料 1】当時のメディア報道・掲載写真(出典:upload.wikimedia.org)

【プロフィール】松原聖弥の生年月日・出身校・ドラフト順位

松原聖弥は1995年1月26日生まれ、大阪府出身の元プロ野球選手です。右投左打の外野手として、2016年の育成選手ドラフト5位で読売ジャイアンツから指名されました。

日本野球機構(NPB)の選手名鑑に掲載されている経歴は、仙台育英高校、明星大学、読売ジャイアンツ、埼玉西武ライオンズです。身長173センチ、体重78キロで、俊足と走塁技術を備えた外野手として知られました。

松原の経歴で注目したいのは、プロ入り前から全国的なスター選手だったわけではないことです。スポーツ報知の取材記事によると、仙台育英高校では3年夏にベンチ入りメンバーから外れ、大学も首都大学リーグ2部の明星大学に進学。2016年のドラフトでも、最初から支配下選手ではなく育成選手としての指名でした。

それでも、プロ入り後に地道な努力を重ね、2018年7月には支配下登録を勝ち取っています。育成契約から支配下登録、そして一軍のレギュラーへと進んだ歩みは、松原のキャリアを語るうえで欠かせない要素です。

松原聖弥の基本プロフィールは次のとおりです。

  • 生年月日:1995年1月26日
  • 出身地:大阪府
  • 投打:右投左打
  • ポジション:外野手
  • 出身高校:仙台育英高校
  • 出身大学:明星大学
  • ドラフト:2016年育成選手ドラフト5位
  • 主な所属球団:読売ジャイアンツ、埼玉西武ライオンズ
  • 現役生活:2017年から2025年までの9年間

【年度別成績】巨人時代の2021年に打率.274、12本塁打を記録

松原聖弥のプロ野球人生を振り返るうえで、最も重要なシーズンは2021年です。NPB公式の個人年度別成績によると、135試合に出場し、打率.274、118安打、12本塁打、37打点、15盗塁を記録。育成選手から這い上がった外野手として、一軍で確かな実績を残しました。

この年は単に打率が高かっただけではありません。長打力と走力を兼ね備え、規定打席にも到達しています。育成ドラフト出身選手としての成長を示すシーズンとなり、松原は巨人の外野陣を担う存在へと成長しました。

一方、2022年以降は成績が大きく落ち込みます。2022年は50試合で打率.113、2023年は21試合で安打がなく、2024年も巨人と西武の両球団で打撃成績を伸ばせませんでした。2025年には少ない出場機会ながら打率.273を記録したものの、一軍で定位置を確保するには至りませんでした。

以下は、NPB公式記録に基づく松原聖弥の年度別一軍打撃成績です。

年度 所属球団 試合 打率 本塁打 打点 盗塁
2020年 巨人 86 .263 3 19 12
2021年 巨人 135 .274 12 37 15
2022年 巨人 50 .113 0 4 2
2023年 巨人 21 .000 0 0 0
2024年 巨人 9 .154 0 2 0
2024年 西武 24 .123 0 5 1
2025年 西武 8 .273 0 0 0
通算 巨人・西武 333 .241 15 67 30

出典:日本野球機構(NPB)「個人年度別成績」。2024年は球団別に記載。通算成績は2025年シーズン終了時点。

表から読み取れるのは、2021年の活躍と、その後の成績の落ち込みとの落差です。2020年にも打率.263、12盗塁を記録しており、2021年はそれまでの成長が一軍で大きく花開いたシーズンでした。

しかし、2022年は打率が1割台前半まで低下し、2023年は一軍で12打数無安打に終わっています。2024年も巨人での出場は限られ、トレード移籍後の西武でも打率.123でした。こうした複数年にわたる成績の低迷が、出場機会の減少につながったと考えられます。

ただし、2025年の打率.273だけを見て「復活していた」と判断するのも早計です。打数は22、安打は6本にとどまり、長期的な成績の安定やレギュラー定着を示すには出場機会が十分ではありませんでした。打率だけでなく、打席数や出場試合数を合わせて見ることが、選手の実績を正しく評価するポイントです。

【検証資料 2】活動歴および当時の関連ビジュアル記録(出典:news.ntv.co.jp)

【西武移籍理由】若林楽人とのトレードから戦力外通告まで

松原聖弥が埼玉西武ライオンズへ移籍したのは、2024年6月です。読売ジャイアンツとの交換トレードで、松原が西武へ、若林楽人が巨人へ移る形となりました。本人が自由契約を選んだわけではなく、球団間のトレードによる移籍です。

当時の西武は得点力不足が課題となっており、外野手として打線を活性化できる選手を必要としていました。西武の入団発表資料では、球団本部ゼネラルマネジャー兼監督代行だった渡辺久信氏が、外野手としてチャンスが多いことや、松原にもう一度輝く姿を見せてほしいという期待を語っています。

松原自身も新天地での再出発に意欲を示しました。しかし、2024年の西武移籍後は24試合で打率.123、0本塁打、5打点という成績に終わります。移籍直後からレギュラーを確保することはできず、巨人時代に見せた打撃を継続して発揮するには至りませんでした。

2025年は西武で8試合に出場し、打率.273を記録しています。限られた出場機会の中では安打を放ちましたが、22打数6安打、0本塁打、0打点という数字でした。二軍でのプレーを続ける期間も長く、本人もシーズン終了時に、若い選手を育成するチームの中で、その競争に割って入れなかったという趣旨のコメントを残しています。

2025年10月1日、西武は公式発表で、松原を含む11選手に来季の選手契約を結ばない旨を通告したと公表しました。これが松原にとって、現役生活を続けるかどうかを判断する大きな転機となりました。

ここで押さえておきたいのは、戦力外通告が2021年の実績そのものを否定するものではないという点です。プロ野球では、過去の実績に加えて、直近の成績、出場機会、ポジションごとの選手層、球団の編成方針などが契約判断に影響します。松原の場合も、巨人時代の活躍と、西武移籍後に十分な出場機会を得られなかった状況を分けて考える必要があります。

【引退理由と発表の経緯】トライアウトを経て2025年11月28日に決断

松原聖弥の引退は、戦力外通告を受けた直後に発表されたわけではありません。2025年10月1日に西武から来季の契約を結ばないと通告された後も、現役続行の可能性を探り、11月12日に開催された「エイブルトライアウト2025」に参加しています。

スポニチの報道によると、松原はトライアウトで8打席に立ち、2安打を記録しました。結果については、本人もマルチ安打をプラスに捉えながら、もう少しできた部分もあったという趣旨の感想を述べています。戦力外通告を受けた後も、次の所属先を探すために実戦でアピールする道を選んでいたことが分かります。

その後、11月28日に自身のSNSなどを通じて現役引退を表明しました。日刊スポーツやFull-Countなどの報道では、引退発表に際して、巨人と西武で過ごした9年間への感謝や、支えてくれた人々への思いを伝えたことが紹介されています。

では、引退理由は何だったのでしょうか。

本人の発表で中心となっていたのは、9年間のプロ生活への感謝と、新しいステージへの挑戦です。特定のけがや、一つの出来事だけを引退の理由として説明したものではありません。経緯を整理すると、戦力外通告、トライアウトでの現役続行への挑戦、その後の引退表明という流れになります。

報道では、トライアウト後もNPB球団から新たなオファーが届かなかったと伝えられています。プロ野球の一軍で再びプレーするためには、トライアウトでの結果だけでなく、球団が求めるポジションや編成上の事情との一致も必要です。松原の引退は、現役続行を模索したうえで、次のキャリアへ進む決断をしたものと捉えられます。

なお、2025年11月28日の発表時点で、松原はプロとして戦った9年間を自身の人生の誇りと表現し、今後も新しいステージで挑戦を続ける意向を示していました。その言葉は、現役生活の終了だけでなく、野球との関わり方を変えていく意思を示すものでもありました。

【検証資料 3】公の場での発言・インタビュー報道記録(出典:chunichi.co.jp)

【年俸推移】最高額は2022年の推定4000万円

松原聖弥の年俸推移にも、巨人時代の飛躍と、その後の成績の変化が表れています。週刊ベースボールONLINEなどの公開データで紹介されている推定年俸によると、2020年は600万円、2021年は2200万円、2022年には4000万円に達しました。

2021年に135試合へ出場し、打率.274、12本塁打、15盗塁という成績を残したことは、翌年の年俸上昇にも反映されたと考えられます。育成選手として入団した松原にとって、支配下登録を経て一軍で実績を積み、年俸を大きく伸ばした時期でした。

その後の推定年俸は、2023年が3100万円、2024年が2500万円、2025年が2000万円と推移しています。2022年をピークに減少傾向となり、成績と出場機会の変化が重なりました。

年俸は球団が公表する公式記録とは異なり、報道や公開資料に基づく推定値です。金額には資料間の差が生じることもありますが、2020年から2022年にかけて大きく上昇し、その後に下がったという大まかな流れは確認できます。

ただし、年俸の増減だけで選手の能力やキャリア全体を評価するのは適切ではありません。松原は育成選手から支配下登録を勝ち取り、一軍で135試合に出場したシーズンを経験しています。その実績は、短期間の成績低迷や最終的な引退によって消えるものではありません。

【プロの結論】松原聖弥の9年間が残した実績と、引退後の可能性

松原聖弥のプロ生活は、育成選手から一軍のレギュラーへと成長した成功体験と、その後に出場機会を失っていく厳しさの両方を含んでいます。2016年の育成ドラフト5位からスタートし、2018年に支配下登録、2021年には135試合出場という到達点に達しました。

通算成績は333試合、215安打、打率.241、15本塁打、67打点、30盗塁です。数字だけを見れば、長年にわたって主力を務めた選手とは異なります。しかし、育成契約から支配下登録を勝ち取り、一軍でシーズンを通じて活躍した経験は、松原のキャリアを特徴づける重要な実績です。

その一方で、2022年以降の成績低迷は、プロ野球の競争の厳しさも示しています。過去に一軍で結果を残した選手であっても、その後の成績やチーム内の競争によって立場は変わります。トレードによる環境の変化が、必ずしも成績の回復につながるわけではありません。

松原の引退後のキャリアで注目したいのは、育成選手としての経験そのものが指導者としての強みになり得ることです。高校時代にベンチ入りを逃し、大学からプロ入りした松原は、最初から順調にキャリアを築いた選手ではありません。支配下登録を目指す段階、二軍での競争、そして一軍での活躍を経験しています。

スポーツ報知の取材記事では、松原が巨人時代に指導を受けた川相昌弘コーチへの感謝を語り、自分が導いてもらった経験を、今度は子どもたちの成長につなげたいという思いを明かしています。現役時代の成功だけでなく、思うようにいかなかった時期の経験も、育成の現場で伝えられる材料になります。

2026年には実際にジャイアンツアカデミーのコーチとして子どもたちの指導に携わっています。現役時代のように打率や本塁打で評価される立場から、子どもたちが技術を身につけ、野球を続けるための土台を支える立場へと変わりました。

松原聖弥のキャリアを評価する際には、2021年の成績だけを切り取るのでも、引退に至った経緯だけを見るのでも不十分です。育成選手から一軍のレギュラーになった過程、成績低迷と移籍後の苦戦、現役続行への挑戦、そして指導者への転身までを一つの流れとして見ることが、9年間の実像を理解するうえで重要です。

【松原聖弥】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:松原聖弥は2026年現在、何をしていますか? A1:読売ジャイアンツのジャイアンツアカデミーでコーチを務めています。2026年8月には子ども向けの野球教室に参加し、野球の技術や練習への取り組み方を伝えています。

Q2:松原聖弥が現役を引退した理由は何ですか? A2:2025年10月に西武から戦力外通告を受け、11月12日のトライアウトで現役続行を目指しました。その後、11月28日に引退を表明しています。本人は発表でプロ生活への感謝と新しいステージへの挑戦を伝えており、特定のけがなど一つの理由だけを挙げた発表ではありません。

Q3:松原聖弥の巨人時代の最高成績は? A3:2021年に135試合へ出場し、打率.274、12本塁打、37打点、15盗塁を記録しました。育成選手から支配下登録を勝ち取り、一軍のレギュラーとして活躍したキャリアの代表的なシーズンです。

Q4:松原聖弥の通算成績はどれくらいですか? A4:NPB公式記録による通算成績は333試合、215安打、打率.241、15本塁打、67打点、30盗塁です。巨人と西武の両球団でプレーしました。

Q5:松原聖弥はなぜ西武に移籍したのですか? A5:2024年6月、若林楽人との交換トレードで巨人から西武へ移籍しました。西武は外野手としての活躍と打線の強化を期待していましたが、移籍後は一軍で安定した成績を残すことができませんでした。

Q6:松原聖弥の年俸が最も高かったのはいつですか? A6:公開されている推定年俸データでは、2022年の4000万円が最高額です。2021年の一軍での活躍を経て大幅に上昇し、その後は出場機会や成績の変化とともに減少しました。

まとめ:松原聖弥は現役引退後も野球の未来を支える

松原聖弥は2025年11月28日に現役引退を表明し、2026年現在はジャイアンツアカデミーのコーチとして活動しています。西武からの戦力外通告を受けた後もトライアウトに参加して現役続行を目指しましたが、最終的には新しいキャリアへと進みました。

巨人時代の2021年に残した打率.274、12本塁打、15盗塁という成績は、育成選手から一軍のレギュラーへ成長した証しです。一方で、その後の成績低迷や移籍後の苦戦は、プロ野球でポジションを維持し続ける難しさを示しています。

現在の松原は、現役時代に培った技術や、育成選手から一軍へと上がった経験を子どもたちに伝える立場にあります。プロ9年間の実績は、現役引退によって終わるのではなく、指導者として次の世代を支える活動へとつながっています。

松原聖弥の現在を知るうえで大切なのは、引退という結果だけでなく、育成選手からの成長、巨人時代の活躍、西武移籍後の挑戦、そして指導者への転身までを一貫して見ることです。2026年は、選手として積み重ねた経験を、新たな形で野球界に還元する一年となっています。

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藤咲 尚

旅行・住まい・暮らしの話題を担当。自治体の公式観光情報、施設の公開資料、不動産の公的統計を参照し、料金や所在地は発表時点の情報として明記します。

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