2026年10月現在、俳優の小倉一郎さんは、芸名を小倉蒼蛙(おぐら・そうあ)に改め、俳優と俳人の二つの顔を持ちながら活動を続けています。1951年10月29日生まれで、2026年10月29日に75歳を迎えました。
大きな転機となったのは、2022年に発覚したステージ4の肺がんです。両肺をはじめ、脳や骨など計6か所にがんが見つかり、余命1~2年と告げられました。しかし、専門病院で放射線治療や抗がん剤治療を受け、2025年12月の「徹子の部屋」では、がんが消えたことや、その後の経過について本人が報告しています。2026年には俳句大会の選者や句会の主宰としての活動も確認できます。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2026年現在:75歳。小倉蒼蛙として俳優活動と俳句活動を継続中。
- 改名の理由:2023年、ステージ4の肺がんからの回復を機に、長年親しんだ俳号「蒼蛙」を芸名に採用。
- がん治療:放射線治療で脳・骨のがん、抗がん剤治療で両肺のがんが消えたと2025年に本人が説明。再発予防を意識した治療も続けている。
- 現在の活動:俳句結社「あおがえる」の主宰、2026年の夢二忌俳句大会の選者、映画出演など。
【2026年最新】小倉一郎の現在は?75歳を迎えた小倉蒼蛙の近況
小倉一郎さんは、2023年に小倉蒼蛙へ改名して以降、俳優としての経歴を大切にしながら、俳人としても活動しています。
2026年10月30日時点で確認できる近況を見ると、芸能界から引退したわけではありません。俳句の創作や句会の運営に加え、映画への出演も予定されています。
2026年に確認できる主な活動
注目したいのは、2026年11月20日公開予定の映画『禁闕の変』です。映画.comの作品情報では、小倉蒼蛙さんが二条持基役で出演することが掲載されています。今後の俳優活動を確認するうえで、具体的な出演予定の一つです。
また、2026年10月24日からNHK総合で放送されているドラマ『老害の人』にも出演者として名前が掲載されています。10月31日には第2話の放送が予定されています。この作品は2024年にNHK BSで放送されたドラマの地上波放送であり、2026年の新作出演と混同しないようにしたいところです。
俳句の分野では、2026年の第31回夢二忌俳句大会で選者を務めることが4月1日付の大会公式発表で明らかになりました。俳句結社の主宰としてだけでなく、他の俳人と並んで選句を担う立場でも活動しています。
俳句結社「あおがえる」の句会も継続
小倉蒼蛙さんが主宰する俳句結社「あおがえる」の公式サイトには、2026年の句会予定が掲載されています。10月18日の開催予定に続き、11月1日、12月6日にも句会が予定されています。
会場は横浜市のかながわ県民センターで、開催時間は13時から17時まで。句会への参加だけでなく、投句のみの参加方法も設けられています。こうした具体的な活動予定からも、俳人としての仕事が現在の生活の重要な柱になっていることが分かります。
【改名理由を解説】小倉一郎から小倉蒼蛙へ名前を変えた経緯
小倉一郎さんが小倉蒼蛙に改名したのは2023年です。単なる芸名の変更や芸能活動上のイメージチェンジではなく、ステージ4の肺がんを経験し、命を救われたという実感が大きく関係しています。
「蒼蛙」は以前から使っていた俳号
蒼蛙という名前は、改名のために新しく考えられたものではありません。小倉さんが俳句を作る際に以前から使用していた俳号です。
本人のプロフィールによると、俳句を始めたのは1997年。俳優として活動する一方、俳句の世界にも長く親しんできました。つまり、2023年の改名は、俳優としての名前と俳人としての名前を一つにしたものでもあります。
がんからの生還が人生の大きな節目に
改名の理由については、2025年12月17日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』で本人が説明しています。
「命拾いしたというか、がんがちょっと消えちゃいまして。生まれ変わったような気分で、俳句の名前を芸名にしちゃいました」
この発言から読み取れるのは、病気を経験したことで、それまでの人生を新しい気持ちで歩み直したいという思いです。
長年使ってきた「小倉一郎」という芸名を捨てたというよりも、これまで大切にしてきた俳号を、これからの人生を象徴する名前として選んだという背景があります。
なお、改名後も小倉一郎という名前は本名として残っています。過去の出演作品や著書を検索すると旧芸名で掲載されていることもあるため、同一人物として把握しておくと情報を探しやすくなります。
【ステージ4の肺がん】小倉一郎が6つのがんを克服した治療の真相
小倉蒼蛙さんの人生を語るうえで欠かせないのが、2022年に発覚したステージ4の肺がんです。
当初は余命1~2年と告げられたものの、専門病院で治療を受けた結果、2025年12月のテレビ出演では、複数のがんが消えたと本人が報告しました。
がん発覚のきっかけは足首の骨折と背中の痛み
発覚のきっかけは、2021年末ごろのドラマ撮影中に負った足首の骨折でした。整形外科に通院するなかで、背中の痛みが続くようになったといいます。
当初は痛み止めの湿布を背中にも貼っていましたが、1~2か月たっても痛みが引きませんでした。そこで検査を受けたところ、両方の肺にがんが見つかりました。
2023年5月の『徹子の部屋』出演時には、両肺と胸骨、脳の計4か所にがんが確認され、肺がんはステージ4と診断された経緯を説明しています。
その後、専門病院で詳しく調べた結果、脳やリンパ節、肋骨などにも病変が確認され、2025年の本人の説明では計6か所となっています。
医師から告げられた余命は1~2年。小倉さん自身も大きなショックを受けたと振り返っています。
専門病院への転院が治療の転機になった
最初に診察を受けた病院では、手術や放射線治療、抗がん剤治療による完治は難しいと説明されました。
しかし、家族の勧めもあり、がん専門病院で改めて診察を受けることになります。そこで出会った医師から、治療の可能性について前向きな説明を受けました。
双葉社が2023年12月に発表した闘病記の紹介資料でも、専門病院への転院と、主治医との信頼関係が治療の転機になったことが紹介されています。
放射線治療と抗がん剤治療でがんが消失
小倉さんが2025年12月の『徹子の部屋』で説明した治療内容は、主に放射線治療と抗がん剤治療です。
放射線治療では、脳や骨にあったがんに対応。本人は右脳への放射線治療について、1回の照射で病変が消えたと説明しています。報道では、サイバーナイフという定位放射線治療も紹介されています。
抗がん剤治療では、両肺のがんが消えたと本人が報告しています。
「放射線で骨と脳のがんは消えて、抗がん剤で両方の肺のがんが消えて。嘘みたい(笑)」
2025年12月の報道によれば、小倉さんは薬の副作用もほとんどなかったと振り返っています。
がんは完治したのか?現在も治療と経過観察を継続
ここで注意したいのが、「がんが消えた」という本人の報告と、「今後再発しないことが確定した」という意味は異なる点です。
小倉さんは2025年12月の番組で、医師から再発の可能性を指摘されているため、念のため抗がん剤治療を毎月続けていると説明しました。また、検査については以前より間隔が延び、4か月に1回となり、直近の診察では転移が認められなかったと報じられています。
したがって、2026年現在の状況を表現するなら、本人が治療によってがんの消失を報告し、その後も再発リスクを考慮した治療と検査を続けている、という整理が適切です。
また、この治療経過は小倉さん個人の症例です。放射線治療や抗がん剤治療の効果は、がんの種類や進行度、患者の状態によって異なります。本人の経験を、すべてのステージ4の肺がん患者に当てはまる治療法として受け取ることはできません。
【小倉一郎の経歴・年表】改名からがん克服までの重要な転換点
小倉蒼蛙さんの人生を時系列で整理すると、子役としての映画デビュー、長年の俳優活動、俳句との出会い、そしてがんとの闘病が大きな節目になっています。
| 時期 | 出来事 | 内容・意味 |
|---|---|---|
| 1951年10月29日 | 誕生 | 東京都生まれ。幼少期は鹿児島県の下甑島で過ごす。 |
| 1960年 | 映画界へ | エキストラとして映画撮影の現場に通う。 |
| 1964年 | 映画デビュー | 石原裕次郎主演の『敗れざるもの』で本格デビュー。 |
| 1970~1980年代 | 俳優として活躍 | 『それぞれの秋』『俺たちの朝』『股旅』などに出演。 |
| 1997年 | 俳句を始める | 俳人としての活動につながる創作を開始。 |
| 2000~2005年 | 句集を刊行 | 『俳・俳』『俳だらけ』『俳彩』を発表。 |
| 2022年 | 肺がんが発覚 | ステージ4の肺がんを含む複数の病変が判明。 |
| 2023年 | 小倉蒼蛙に改名 | がんからの回復を機に俳号を芸名に採用。 |
| 2023年12月 | 闘病記を出版 | 双葉社から『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』を刊行。 |
| 2025年3月31日 | 第4句集を刊行 | 『優しさの手紙』を発売。410句を収録。 |
| 2025年12月17日 | 『徹子の部屋』出演 | 6か所のがんと治療後の経過、改名理由を改めて説明。 |
| 2026年 | 俳人・俳優として活動 | 夢二忌俳句大会の選者、句会の主宰、映画出演など。 |
この年表から見えてくるのは、俳句が病気になってから突然始まった趣味ではないということです。俳優として長いキャリアを積む一方、1990年代から俳句を続けており、闘病を経てその活動が人生の中心的な意味を持つようになったと考えられます。
【俳優活動の現在】小倉蒼蛙の代表作と芸能界での実績
小倉一郎さんは、子役時代から半世紀以上にわたって映像作品に出演してきたベテラン俳優です。
1951年10月29日生まれ。1964年、13歳のときに石原裕次郎さん主演の映画『敗れざるもの』で本格的にデビューしました。
その後は、青春ドラマから映画、時代劇、現代劇まで幅広い作品に出演。繊細で気弱な青年や、どこか人間味のある人物を演じる存在として知られるようになりました。
代表的な映画・ドラマ
- 『それぞれの秋』:1970年代の代表的な出演ドラマの一つ。
- 『俺たちの朝』:青春ドラマとして知られる作品。
- 『花へんろ』:長年の俳優活動を代表する出演作。
- 『股旅』:市川崑監督による1973年公開の映画。
- 『仁義なき戦い 頂上作戦』:深作欣二監督の映画作品。
- 『老害の人』:2024年にNHK BSで放送されたドラマ。2026年にはNHK総合で地上波放送。
- 『禁闕の変』:2026年11月20日公開予定の映画。二条持基役で出演。
所属関係者のプロフィールや出版元の著者紹介などでは、映画・テレビドラマ・舞台を合わせて幅広い出演歴が紹介されています。俳句の活動が注目される現在も、俳優としての経歴が失われたわけではありません。
2026年は俳優としても出演機会が続く
2026年の注目作は、11月公開予定の『禁闕の変』です。室町時代を舞台にした作品で、小倉蒼蛙さんは二条持基役としてキャストに名を連ねています。
また、『老害の人』の地上波放送によって、これまでBS放送を視聴していなかった層にも出演作が届く機会が生まれています。
2026年の小倉蒼蛙さんは、過去の代表作が再び見られるだけでなく、新たな映画出演予定もある俳優です。
【俳人としての現在とプロの結論】小倉蒼蛙の俳句・あおがえるの会
小倉蒼蛙さんを理解するうえで、俳句の存在は欠かせません。
俳句を始めたのは1997年。俳号の蒼蛙を長く使い続け、俳句結社「あおがえる」を主宰するまでになりました。
俳句結社「あおがえる」を主宰
公式サイトでは、小倉蒼蛙さんが主宰として紹介され、定期的な句会の予定や参加方法が掲載されています。
2026年は11月1日と12月6日にも句会が予定されています。俳句を作る人だけでなく、投句のみで参加できる仕組みも設けられており、俳句に親しむ人々との交流を続けています。
また、2026年の第31回夢二忌俳句大会では選者を担当。俳句の創作だけでなく、応募作品を選ぶ側としても活動している点が特徴です。
第4句集『優しさの手紙』を2025年に刊行
2025年3月31日には、書肆アルスから第4句集『優しさの手紙』が発売されました。
同書には、2005年から2024年までに詠んだ作品の中から自選した410句を収録。芸能活動にまつわるエッセイも4編収められています。
2000年の『俳・俳』、2002年の『俳だらけ』、2005年の『俳彩』に続く句集であり、俳人として長く創作を続けてきたことが分かります。
闘病中も俳句が心の支えになっていた
2025年12月の『徹子の部屋』では、がん治療中に点滴を受けながら俳句を考えていたことも明かしています。俳句がなければ途方に暮れていたという趣旨の話をしており、創作が精神的な支えになっていたことがうかがえます。
2023年12月に刊行された闘病記『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』にも、闘病の経緯と俳句が結び付いた人生の記録が収められています。
【プロの結論】小倉一郎の現在は「俳優から俳人への引退」ではない
小倉一郎さんの現在を判断する際に、押さえておきたい要点は三つあります。
第一に、改名は引退宣言ではないこと。小倉蒼蛙という名前は、俳号を芸名に採用したものです。俳優としての過去を否定したわけではなく、これまでの人生を新しい名前で続けていく選択です。
第二に、がんの消失と再発リスクは区別すること。本人は治療によってがんが消えたと報告していますが、再発の可能性を考慮した抗がん剤治療や検査も続けています。「完全に治ったので通院も治療も不要」と解釈するのは正確ではありません。
第三に、2026年の活動は俳句と俳優業の両方にあること。句会の予定、俳句大会の選者、映画出演予定という複数の動きが確認できます。俳句だけに専念しているという見方も、芸能活動だけを追う見方も、現在の小倉蒼蛙さんの全体像を捉えきれません。
病気を経験したことで名前を変え、長年続けてきた俳句をより大切にしながら、俳優としても仕事を続ける。その二つの活動を並行していることこそ、2026年の小倉蒼蛙さんを理解する最大のポイントです。
【小倉一郎の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:小倉一郎さんは現在何歳ですか?
A1:1951年10月29日生まれです。2026年10月29日に75歳になりました。現在は小倉蒼蛙という芸名で活動しています。
Q2:小倉一郎さんが小倉蒼蛙に改名した理由は何ですか?
A2:2023年、ステージ4の肺がんから回復したことを機に、生まれ変わったような気持ちで、以前から使っていた俳号「蒼蛙」を芸名に採用しました。
Q3:小倉蒼蛙さんのがんは完全に治ったのですか?
A3:本人は2025年12月の『徹子の部屋』で、放射線治療によって脳や骨のがんが消え、抗がん剤治療によって両肺のがんも消えたと説明しています。一方、再発の可能性を指摘されているため、毎月の抗がん剤治療や定期検査を続けていると報告しています。
まとめ:小倉一郎の現在は俳優・小倉蒼蛙として新たな人生を歩む
2026年10月現在、小倉一郎さんは75歳。2023年に小倉蒼蛙へ改名し、俳優と俳人の両方の活動を続けています。
2022年に発覚したステージ4の肺がんは、両肺だけでなく脳や骨などにも広がっていました。しかし、専門病院で放射線治療と抗がん剤治療を受け、本人は2025年12月に6か所のがんが消えたと報告しています。再発の可能性を考慮した治療と検査も続いています。
2026年には俳句結社「あおがえる」の主宰として句会を予定し、夢二忌俳句大会の選者も担当。俳優としても映画『禁闕の変』への出演が予定されています。
小倉蒼蛙という名前には、長い俳優人生と、病気を乗り越えた後の新たな人生への思いが込められています。かつて小倉一郎として親しまれた俳優は、現在も自分らしい表現を続けています。
今後も注目したいのは、俳優としての新たな出演作と、俳人としての作品・句会活動です。二つの分野で歩みを続ける小倉蒼蛙さんの動向に関心が集まっています。