2026年現在、日本の1万円札の表面に描かれている人物は、実業家の渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)です。2024年7月3日に新しい日本銀行券の発行が始まり、長年親しまれてきた福沢諭吉から、日本の近代経済の発展に大きく貢献した渋沢栄一へと肖像が変更されました。
渋沢栄一は、約500社の企業の設立や経営に関わり、銀行、鉄道、製紙、保険など幅広い産業の発展を支えた人物です。新しい1万円札の裏面には東京駅の丸の内駅舎が採用され、偽造防止技術として世界初の3Dホログラムも導入されました。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の1万円札の人物:2026年現在は、実業家の渋沢栄一。
- 新紙幣の発行日:2024年7月3日。裏面には東京駅丸の内駅舎が描かれている。
- 歴代の肖像:聖徳太子、福沢諭吉を経て、渋沢栄一へ変更された。
- 渋沢栄一の功績:約500社の企業と約600の社会公共事業に関わった。
- 旧1万円札:福沢諭吉や聖徳太子の紙幣も、現在引き続き使用できる。
【2026年最新】現在の1万円札の人物は渋沢栄一!新紙幣の基本情報

現在の1万円札の肖像に採用されているのは、1840年に生まれ、1931年に91歳で亡くなった渋沢栄一です。
2024年7月3日、日本銀行は新しい1万円札、5千円札、千円札の発行を開始しました。約20年ぶりとなる紙幣のデザイン刷新であり、1万円札では福沢諭吉から渋沢栄一への変更が大きな話題となりました。
新しい紙幣の基本情報は次のとおりです。
- 肖像人物:渋沢栄一
- 発行開始日:2024年7月3日
- 額面:10,000円
- 寸法:縦76mm・横160mm
- 表面の図柄:渋沢栄一の肖像
- 裏面の図柄:東京駅丸の内駅舎
- 発行主体:日本銀行
財務省の公式発表によると、新紙幣は偽造抵抗力の強化や、誰にとっても識別しやすいユニバーサルデザインの導入を目的として刷新されました。
今回の変更は、単に紙幣に描かれる人物を入れ替えただけではありません。高度な偽造防止技術を取り入れ、日本の紙幣の安全性と使いやすさを高める改刷でもあります。
【渋沢栄一の経歴と功績】約500社に関わった近代日本経済の立役者
渋沢栄一は、一般に「日本資本主義の父」と呼ばれる実業家です。
その功績は企業を数多く立ち上げたことだけではありません。日本に近代的な銀行制度や株式会社の仕組みが広がる時代に、民間企業が協力して経済を発展させるための基盤づくりに取り組みました。
農家に生まれ、幕臣から明治政府の官僚へ
渋沢栄一は1840年3月16日、現在の埼玉県深谷市にあたる武蔵国榛沢郡血洗島の農家に生まれました。
幼少期から家業である藍玉の製造・販売や養蚕を手伝い、商取引の実務に触れていました。また、従兄の尾高惇忠から論語などを学び、後年の思想形成につながる学問的な素養を身につけます。
その後、一橋家に仕え、徳川慶喜の弟である徳川昭武に随行して1867年のパリ万国博覧会を訪問しました。ヨーロッパの銀行制度や株式会社、産業の発展を直接見聞した経験は、帰国後の経済活動に大きな影響を与えました。
明治維新後は明治政府に入り、大蔵省で新しい国の財政や産業制度づくりに携わります。しかし、官僚としてではなく民間経済人として日本の産業を発展させる道を選び、1873年に大蔵省を辞職しました。
第一国立銀行を拠点に企業の近代化を推進
1873年、渋沢栄一は第一国立銀行の創立に関わり、総監役に就任しました。同銀行は後の第一銀行につながる存在で、日本の近代的な銀行制度の発展を象徴する金融機関です。
さらに1878年には東京商法会議所を設立し、初代会頭に就任しました。現在の東京商工会議所の前身にあたる組織であり、民間企業が連携して経済活動を進めるための基盤づくりにも尽力しました。
約500社という数字の本当の意味
渋沢栄一の功績として頻繁に紹介されるのが、約500社の企業に関わったという実績です。
ただし、これは500社すべてを本人が単独で創業したという意味ではありません。公益財団法人渋沢栄一記念財団の説明によると、渋沢は企業の設立だけでなく、経営への参加、事業への助言、資金や人材の調達、経営上の問題の調整など、さまざまな形で企業の発展を支援しました。
また、企業活動にとどまらず、教育機関や社会福祉など約600の社会公共事業にも関わっています。
この点に、渋沢栄一の特徴があります。利益を追求する企業活動と社会全体への貢献を切り離さず、経済の発展を社会の利益につなげようとしたのです。
渋沢栄一の経歴と関係する主要な出来事
| 年代 | 人物・組織との関係 | 主な出来事と功績 |
|---|---|---|
| 1840年 | 渋沢栄一 | 現在の埼玉県深谷市に生まれる。 |
| 1867年 | 徳川昭武・フランス | パリ万国博覧会に随行し、欧州の産業や経済制度を見聞する。 |
| 1869年 | 明治政府 | 帰国後、明治政府に仕え、近代的な制度づくりに関わる。 |
| 1873年 | 第一国立銀行 | 大蔵省を辞職し、第一国立銀行の創立に関わり総監役に就任する。 |
| 1878年 | 東京商法会議所 | 設立に携わり、初代会頭に就任する。 |
| 生涯を通じて | 約500社の企業 | 設立・経営・育成などに幅広く関わる。 |
| 1931年 | 渋沢栄一 | 91歳で死去。近代日本の経済・社会の発展に大きな足跡を残した。 |
出典は公益財団法人渋沢栄一記念財団の略歴・年譜および活動実績です。
【なぜ選ばれた?】渋沢栄一が1万円札の肖像になった3つの理由
福沢諭吉に代わって渋沢栄一が新しい1万円札の人物に選ばれた理由には、日本の近代化への貢献と、紙幣の肖像として求められる条件が関係しています。
理由1:日本の近代経済の基盤を築いた功績
最も大きな理由は、渋沢栄一が日本の近代経済の発展に幅広く貢献したことです。
銀行や製紙、鉄道、保険など、近代日本の産業を支えるさまざまな分野で企業の設立や経営に関わりました。
また、民間企業の成長だけでなく、社会公共事業や民間外交にも力を注ぎました。財務省も、新紙幣の肖像に選ばれた3人について、新たな産業の育成、女性活躍、科学の発展という観点から日本の近代化をリードした人物であると説明しています。
理由2:紙幣の肖像に必要な3つの選定基準
財務省が公表している近年の紙幣改刷における肖像選定の観点は、次の3点です。
- 精密な写真を入手できること:偽造防止のため、肖像を精巧に再現できる資料が必要。
- 品格のある肖像であること:紙幣の肖像彫刻にふさわしい人物であること。
- 知名度と業績が認められていること:国民各層に広く知られ、その功績が広く評価されていること。
また、近年の改刷では明治以降の人物から選ぶという考え方が採用されています。
渋沢栄一は、歴史的な功績だけでなく、肖像に使用できる写真資料や知名度などの条件も満たしていました。
理由3:現代にも通じる「道徳と経済の両立」という思想
渋沢栄一の思想を理解するうえで欠かせないのが、道徳と経済活動の両立を目指した考え方です。
企業は利益を生み出すだけの存在ではなく、社会の発展にも貢献すべきだという姿勢を生涯にわたって示しました。
約500社の企業活動と約600の社会公共事業への関与は、その思想を具体的な行動に移した結果ともいえます。
単なる大企業の創業者ではなく、経済活動と公益を結びつけた人物であることが、現代の日本を象徴する高額紙幣の肖像として選ばれた背景にあります。
【1万円札の歴代人物】聖徳太子から福沢諭吉、渋沢栄一へ
現在の1万円札に至るまで、肖像に採用された人物は大きく分けて3人です。
最初の1万円札が発行されたのは1958年。そこから聖徳太子、福沢諭吉、渋沢栄一へと変わってきました。
初代:聖徳太子(1958年発行)
日本で初めて1万円札が発行されたのは、1958年12月1日です。
初代の肖像には聖徳太子が採用されました。聖徳太子は飛鳥時代の政治家として知られ、十七条憲法や冠位十二階などに関係する人物として、日本の歴史上でも高い知名度を持っています。
この紙幣は1986年1月4日に発行停止となりましたが、現在も有効な紙幣です。
2代目:福沢諭吉(1984年・2004年発行)
1984年11月1日には、福沢諭吉を肖像とする1万円札が登場しました。
福沢諭吉は、慶應義塾の創設者として知られる思想家・教育者です。明治時代の啓蒙思想を代表する人物であり、日本の近代教育や思想の発展に大きく貢献しました。
その後、2004年11月1日にデザインが刷新された新しい福沢諭吉の1万円札が発行されます。この紙幣では裏面の図柄が平等院の鳳凰像に変更され、偽造防止技術も強化されました。
2004年発行の福沢諭吉の紙幣は、2026年現在も発行されている日本銀行券の一つです。
3代目:渋沢栄一(2024年発行)
2024年7月3日に発行された新しい1万円札では、渋沢栄一が肖像に採用されました。
聖徳太子が象徴する歴史的な政治・文化、福沢諭吉が象徴する近代思想・教育に続き、渋沢栄一は近代産業と経済の発展を象徴する人物です。
この変更によって、1万円札の肖像は日本の歴史や社会の変化を反映するものとなっています。
【新1万円札の裏面は東京駅】新旧紙幣の見分け方とデザインの秘密
新しい1万円札で注目したいのは、表面の渋沢栄一だけではありません。裏面には、日本を代表する歴史的建築物である東京駅の丸の内駅舎が描かれています。
なぜ裏面に東京駅が選ばれたのか
財務省によると、裏面の図柄は、日本を代表する歴史と伝統、美しい自然、文化などを考慮し、紙幣の色味やイメージに合うものが選ばれています。
1万円札に採用されたのは、建築家・辰野金吾が設計した東京駅丸の内駅舎です。
1914年に完成した赤レンガの駅舎は、明治・大正期を代表する建築物の一つです。2003年には国の重要文化財に指定されました。
2012年には創建当時の姿に復原され、日本の近代建築を象徴する建物として親しまれています。
産業や経済の発展に貢献した渋沢栄一の肖像と、近代化を象徴する東京駅の組み合わせには、日本の近代史を伝える意味もあります。
新旧1万円札の具体的な見分け方
2024年の新1万円札と、2004年発行の福沢諭吉の1万円札は、実は紙幣の大きさが同じです。どちらも縦76mm、横160mmとなっています。
そのため、サイズだけで新旧を判断することはできません。以下のポイントを確認すると見分けやすくなります。
- 肖像:新紙幣は渋沢栄一、旧紙幣は福沢諭吉。
- 裏面:新紙幣は東京駅、旧紙幣は平等院の鳳凰像。
- ホログラム:新紙幣は肖像が立体的に見えて回転する3Dホログラム。
- 額面数字:新紙幣は表裏の「10000」の数字が大きくなっている。
- 識別マーク:新紙幣は左右中央に11本の斜線を配置している。
世界初の3Dホログラムを採用
新しい1万円札の大きな特徴は、世界で初めて紙幣に採用された3Dホログラムです。
紙幣を傾けると、渋沢栄一の肖像が立体的に見え、角度によって回転するように変化します。肖像以外の図柄も見る角度によって変化します。
そのほか、高精細すき入れ、潜像模様、パールインキ、マイクロ文字など、複数の偽造防止技術が組み合わされています。
日本銀行は、これらの技術に加えて、視覚や触覚によって紙幣を識別しやすくするユニバーサルデザインも導入したと説明しています。
【旧1万円札は現在も使える?】福沢諭吉・聖徳太子の紙幣の有効性
新紙幣の発行後に多くの人が気になるのが、手元にある福沢諭吉や聖徳太子の1万円札を現在も使えるのかという問題です。
答えは使えます。
財務省と日本銀行は、新しい紙幣が発行された後も、従来の日本銀行券は引き続き通用すると案内しています。
発行停止と使用禁止は別の意味
紙幣には「発行停止」という扱いがありますが、発行停止になったからといって、その紙幣が直ちに無効になるわけではありません。
例えば、1984年に発行された福沢諭吉の1万円札は2007年4月2日に発行停止となりました。また、聖徳太子の1万円札も1986年1月4日に発行停止となっています。
しかし、財務省が公表している現在も使用できる旧紙幣の一覧には、これらの1万円札が含まれています。
旧紙幣を使うときの注意点
古い紙幣を持っている場合、通常の買い物などで使用できます。ただし、著しく破損している場合や、真偽の確認が必要な場合には、金融機関などで相談することが考えられます。
また、古い紙幣だからといって必ず高い価値が付くわけではありません。希少性や保存状態、記番号などによって収集品としての評価が変わる場合はありますが、額面としての価値と骨董的な価値は別のものです。
「旧1万円札が使えなくなる」という情報に注意
新紙幣への切り替えに便乗した詐欺にも注意が必要です。
財務省は、新紙幣の発行後も従来の紙幣が通用することを明確に案内しています。「古い1万円札は使えなくなる」「交換しなければ無効になる」などと説明して、現金を回収しようとする話には警戒してください。
紙幣の交換を理由に、見知らぬ人物へ現金を渡す必要はありません。制度に関する情報は財務省や日本銀行の公式発表で確認することが大切です。
【1万円札の人物に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:2026年現在の1万円札の人物は誰ですか?
A1:2026年現在の1万円札の表面に描かれているのは、実業家の渋沢栄一です。2024年7月3日に新紙幣の発行が始まり、福沢諭吉から変更されました。
Q2:渋沢栄一はなぜ1万円札に選ばれたのですか?
A2:日本の近代経済の発展に大きく貢献した人物だからです。約500社の企業の設立・経営に関わり、約600の社会公共事業にも尽力しました。また、知名度や業績、肖像に使用できる写真資料など、財務省が示す選定の観点にも合致しています。
Q3:昔の1万円札はまだ使えますか?
A3:はい。福沢諭吉や聖徳太子の旧1万円札も、現在有効な日本銀行券です。発行停止になっていても、通用する紙幣であれば額面どおりに使用できます。
Q4:初代の1万円札の人物は誰ですか?
A4:聖徳太子です。日本初の1万円札は1958年12月1日に発行されました。その後、1984年に福沢諭吉へ変更され、2024年に渋沢栄一へ変更されました。
Q5:新しい1万円札の裏面には何が描かれていますか?
A5:東京駅の丸の内駅舎です。1914年に完成した歴史的建築物で、設計者は辰野金吾です。2003年に国の重要文化財に指定されています。
Q6:約500社を設立したというのは本当ですか?
A6:渋沢栄一が約500社の企業に関わったことは、公益財団法人渋沢栄一記念財団が紹介しています。ただし、すべてを本人が単独で設立したわけではありません。設立支援、経営参加、資金調達、人材確保、助言なども含めた数字です。
まとめ:1万円札の人物・渋沢栄一を知ることは日本の近代史を知ること
2026年現在、日本の1万円札の人物は渋沢栄一です。2024年7月3日の新紙幣発行によって、長年親しまれてきた福沢諭吉から肖像が変更されました。
渋沢栄一が選ばれた背景には、約500社の企業の設立・経営への関与や、約600の社会公共事業への貢献があります。日本の近代経済を支える制度づくりに尽力し、経済活動と社会貢献の両立を目指した人物です。
歴代の1万円札を振り返ると、1958年の聖徳太子、1984年の福沢諭吉、2024年の渋沢栄一という流れが見えてきます。それぞれの人物は、発行された時代の日本を象徴する存在でもあります。
また、新紙幣の裏面に描かれた東京駅丸の内駅舎や、世界初の3Dホログラムなど、デザインと技術にも大きな進化が見られます。
覚えておきたいのは、旧1万円札も現在引き続き使用できるという点です。福沢諭吉や聖徳太子の紙幣を持っていても、発行停止だけを理由に交換する必要はありません。
1万円札の肖像を知ることは、単に紙幣の人物名を覚えるだけではなく、日本の経済、教育、産業がどのように発展してきたかを理解する手がかりになります。日常的に使う紙幣を通じて、日本の近代史に目を向けてみるのも興味深いでしょう。
主な公的根拠資料: 財務省、日本銀行、公益財団法人渋沢栄一記念財団の公開資料に基づいています。