ホーム 芸能ニュース・ゴシップ びっくりドンキーの創業はいつ?盛岡の「べる」から現在までの歴史を徹底解説

びっくりドンキーの創業はいつ?盛岡の「べる」から現在までの歴史を徹底解説

橘 蒼 橘 蒼 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
目次

びっくりドンキーの創業は、1968年12月15日。岩手県盛岡市で、創業者の庄司昭夫が開いた「ハンバーガーとサラダの店・べる」が、その原点です。わずか13坪の小さな店舗から始まった事業は、ハンバーグディッシュの誕生、札幌への進出、1986年のブランド名変更を経て、全国規模のハンバーグレストランチェーンへと成長しました。

2026年現在、運営会社の株式会社アレフは、創業当時の店舗づくりや食へのこだわりを受け継ぎながら事業を展開しています。株式会社アレフの公式沿革、会社概要、びっくりドンキー公式の「ドンキーヒストリー」をもとに、創業日と創業地、庄司昭夫の起業の経緯、ベル大通店の歴史、店名の由来、そして現在までの歩みを時系列で整理します。

【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 創業年・創業日:1968年12月15日。岩手県盛岡市の日の出会館に「ハンバーガーとサラダの店・べる」が誕生。
  • ブランドの転換点:1973年にハンバーグディッシュの原型が生まれ、1980年に札幌へ進出。1986年には店名を「びっくりドンキー」に変更。
  • 2026年の現在:株式会社アレフが運営し、会社概要では2026年9月30日現在、びっくりドンキー349店舗を掲載。

【創業は1968年12月15日】岩手県盛岡市の「べる」が原点

びっくりドンキー創業

びっくりドンキーの歴史をたどるうえで、最初に押さえたいのが創業年と創業日です。株式会社アレフの公式沿革によると、創業は1968年(昭和43年)12月15日。場所は岩手県盛岡市の日の出会館で、店名は「ハンバーガーとサラダの店・べる」でした。

当時の店舗はわずか13坪。現在の全国チェーンからは想像しにくいほど小さな店でしたが、ここが現在のびっくりドンキーにつながる出発点です。店名に「ハンバーガーとサラダ」と掲げていたことからも、創業時の主力が現在のハンバーグレストランとは異なる形だったことが分かります。

公式の歴史紹介では、創業当時の店内に、商業指導家・岡田徹の詩集に由来する「小さな店であることを恥じることはないよ。その小さなあなたの店に人の心の美しさを一杯に満たそうよ」という趣旨の言葉が掲げられていたことも紹介されています。

この言葉が示すのは、店舗の規模を競うよりも、来店する人にどのような時間を提供するかを大切にする考え方です。びっくりドンキーの歴史は、単にハンバーグを販売する店が大きくなったという話ではありません。小規模な店で培った接客や店づくりの姿勢が、後のブランドの土台になったという点に特徴があります。

なお、創業日と会社の設立日は同じではありません。1968年12月15日は店を始めた日であり、法人としてのカウベルカンパニー株式会社が設立されたのは1976年7月です。この違いを理解しておくと、創業の歴史と会社組織の沿革を混同せずに整理できます。

【検証資料 1】当時のメディア報道・掲載写真(出典:gnst.jp)

【創業者・庄司昭夫の起業】なぜ盛岡でハンバーガー店を開いたのか

びっくりドンキーの創業者は庄司昭夫です。株式会社アレフの公式沿革では、庄司が起業を目指して全国を巡り、先輩経営者たちから学ぶなかでハンバーガーに出会い、新しい時代の食として可能性を感じたことが、創業の背景として紹介されています。

その経験を経て、庄司は盛岡市の繁華街に13坪の「ハンバーガーとサラダの店・べる」を開きました。1960年代の日本では、ハンバーガーは現在ほど日常的な外食メニューとして定着していませんでした。そうした時代に、ハンバーガーを中心とする店を地方都市で始めたことは、既存の食事スタイルにとどまらない挑戦だったと考えられます。

ただし、創業の特徴は新しい料理を提供したことだけではありません。株式会社アレフが現在も掲げる創業者の言葉には、企業が社会のなかに存在する理由を、人々の不足や不満、問題を解決することに求める考え方が表れています。

この理念は、飲食店を単に商品と代金を交換する場所として捉えるのではなく、食事の場を通じて人に喜んでもらうことを事業の目的とする考え方です。公式のブランド紹介でも、創業時から変わらない思いとして「お客様の喜ぶ顔が見たい」という姿勢が掲げられています。

13坪の店から始まった事業が、その後、店内の演出や独自の盛り付け、食材の研究などへと取り組みを広げていった背景には、こうした創業時の考え方がありました。

【1972年のベル大通店と1973年の転換】ハンバーグディッシュはどう生まれた?

創業後の重要な転機となったのが、1972年に盛岡市内で開店したベル大通店です。現在のびっくりドンキー公式ヒストリーによると、ベル大通店では「手作りの温かさを表現したい」という思いから、スタッフが総出で内装を手掛けるようになりました。

店舗の内装を店側が工夫し、店ごとにテーマを設けるという発想は、後年のびっくりドンキーを特徴づける独創的な店づくりにつながっています。料理だけでなく、店に入ったときの雰囲気や食事をする空間そのものも楽しんでもらう。その方向性が、この時期から形になり始めたのです。

食の面でも、1972年前後は大きな転換期でした。公式の歴史紹介では、店の主力メニューをハンバーガーからハンバーグランチへ切り替えたことが、現在のディッシュメニューにつながる取り組みとして説明されています。

そして1973年には、木の皿にハンバーグ、サラダ、ライスを盛り付ける、現在のハンバーグディッシュの原型が誕生しました。ハンバーグと付け合わせ、ご飯を一皿にまとめるスタイルは、びっくりドンキーを象徴するメニューの基礎となっています。

ここで注目したいのは、創業当初のハンバーガー店が、そのまま同じ業態で拡大したわけではないことです。客に提供する食事の形を見直し、ハンバーグランチという新しい方向へ転換したことが、現在のブランドにつながる大きな分岐点になりました。

また、創業時の「べる」と、1972年に開店したベル大通店は、沿革上で区別する必要があります。公式沿革では、創業店の「べる」は1973年1月までとされる一方、ベル大通店は1972年に開店した別の店舗です。ベル大通店は、地元の客が「ベルさん」と呼んで親しんだことへの感謝から、びっくりドンキーと同じメニューを扱いながら、店の看板を「ベル」のままにして営業していると公式に紹介されています。

【検証資料 2】活動歴および当時の関連ビジュアル記録(出典:bikkuri-donkey.com)

【創業から全国展開まで】びっくりドンキーの歴史を年表で整理

株式会社アレフの公式沿革をもとに、創業から2026年までの主な出来事を整理しました。ブランド名の変更、法人の設立・商号変更、店舗展開の節目を分けて見ると、びっくりドンキーがどのように現在の姿へ発展したかが分かります。

年・時期 主な出来事 歴史上のポイント
1968年12月15日 岩手県盛岡市に「ハンバーガーとサラダの店・べる」を開店 庄司昭夫による創業。13坪の店舗からスタート
1972年 盛岡市にベル大通店を開店 手作りの内装や独自の店づくりが進む
1973年 ハンバーグディッシュの原型が誕生 木の皿にハンバーグ、サラダ、ライスを盛り付ける形が生まれる
1976年7月 カウベルカンパニー株式会社を設立 創業から法人組織へと発展
1977年 福島市内に初出店 盛岡市外への店舗展開が始まる
1980年 札幌市内に初出店 北海道への進出
1983年 フランチャイズ事業を開始 大阪市内、豊橋市内に店舗を展開
1985年 関東地区に初出店 東日本での店舗網を拡大
1986年 店名を「びっくりドンキー」に変更 現在のブランド名へ転換
1987年5月 社名を株式会社アレフに変更 運営会社の商号を変更
1988年 50店舗を達成 北海道で農業の研究にも着手
1994年 100店舗を達成 チェーンとしての規模が拡大
1999年 200店舗を達成 小樽ビール銭函醸造所も開業
2010年 300店舗を達成 全国チェーンとして成長
2012年 盛岡市に岩手工場を開業 創業地とのつながりを持ちながら食品加工体制を整備
2022年 徳島県に出店 全国45都道府県への出店を達成
2026年 公式沿革に350店舗達成の記載 同年7月時点の記録。9月末の会社概要では349店

この年表から読み取れるのは、びっくりドンキーの成長が一度の大規模な拡大で実現したのではなく、店舗の改善、メニューの転換、地域展開、フランチャイズ事業の導入などを積み重ねて進んだということです。

とりわけ、1980年の札幌進出、1983年のフランチャイズ事業開始、1986年のブランド名変更、1987年の社名変更は、それぞれ意味が異なります。店を出した地域、ブランドの名称、運営会社の名称を分けて捉えると、沿革をより正確に理解できます。

【1986年に改名】「びっくりドンキー」の店名の由来と札幌進出

「びっくりドンキー」という店名が使われるようになったのは1986年です。株式会社アレフの公式沿革では、1980年の札幌市内への初出店と、1986年の店名変更が記録されています。

店名に込められた意味について、公式の説明は明確です。創業者の庄司昭夫が大切にしていたのは、楽しいことが次々に起こり、客を驚かせたり、わくわくさせたりする店をつくることでした。「びっくり」という言葉には、その楽しさや意外性を提供したいという思いが込められています。

もう一つの「ドンキー」はロバを意味します。公式説明では、優しいまなざしで人々の暮らしに寄り添うロバのように、社会の役に立ちながら、多くの人に楽しんでもらえる店を目指す思いが紹介されています。単に目立つ名前を付けたのではなく、店の目指す姿を表す名称として考えられたものです。

なお、1986年の店名変更と、1987年5月の株式会社アレフへの商号変更は別の出来事です。前者は飲食店ブランドの名称、後者は運営会社の名称に関する変更です。「びっくりドンキーに改名した年」と「会社名がアレフになった年」を混同しないことが、検索時に押さえたいポイントです。

札幌進出も、ブランドの発展を考えるうえで重要です。盛岡で始まった事業は、1977年に福島市へ進出し、1980年には札幌市内に店舗を構えました。その後、1983年にフランチャイズ事業を始め、1985年には関東地区にも進出。1987年には運営会社の商号を株式会社アレフへ変更しました。

つまり、盛岡で生まれた店が、札幌進出によって北海道との結びつきを強め、フランチャイズ事業などを通じて展開地域を広げていったのが、この時期の大きな流れです。

【検証資料 3】公の場での発言・インタビュー報道記録(出典:gnst.jp)

【株式会社アレフの沿革】創業から2026年のびっくりドンキーまで

びっくりドンキーの運営会社である株式会社アレフは、1968年の創業から現在まで、飲食店の運営だけでなく、食材の研究や食品加工、農業、環境への取り組みへと事業領域を広げてきました。

会社としての節目は1976年7月です。岩手県盛岡市でカウベルカンパニー株式会社が設立され、1987年5月に株式会社アレフへ商号を変更しました。したがって、1968年は事業の創業年、1976年は法人設立年、1987年は現在の社名への変更年という整理になります。

1990年代には食の安全・安心を追求するための農業研究や農業生産法人の設立支援を進め、1993年には点字メニュー、入口スロープ、車いす対応トイレ、盲導犬の受け入れなど、ノーマライゼーションの取り組みを開始しました。1995年には小樽ビールの醸造を始め、ビアパブ「小樽倉庫 No.1」を開店しています。

2000年代以降も、食品加工場やコーヒー焙煎工場の稼働、北海道恵庭市の「えこりん村」の開業など、食材の調達から加工、提供に至るまでの取り組みを拡大しました。2012年には創業地の盛岡市に食品加工場「岩手工場」を開業しています。

2020年には、ハンバーグディッシュを自由にカスタマイズできる新業態「ディッシャーズ」を開業。2022年には徳島県への出店によって全国45都道府県への出店を達成し、2024年にはバーガーレストラン「カールスジュニア」の運営も開始しました。

2026年の店舗数については、基準日を併記することが大切です。株式会社アレフの公式沿革には、2026年7月時点でびっくりドンキー350店舗と記載されています。一方、会社概要に掲載された2026年9月30日現在の数字は349店舗で、内訳は直営129店、フランチャイズ220店です。掲載時点の異なる公式資料で数字が一致していないため、店舗数を紹介する際は、どちらの基準日による数字かを明示する必要があります。

同じ会社概要によると、株式会社アレフの2026年3月期の売上高は594億円です。2026年3月31日現在の従業員数は、社員776人、パート3,147人(1人1日8時間換算の平均人員数)とされています。これらはびっくりドンキー単独ではなく、株式会社アレフの会社概要に掲載された数値です。

現在のアレフは、びっくりドンキーを中心とした飲食事業に加え、食品加工製造販売、フランチャイズ事業、恵庭事業なども展開しています。13坪の飲食店から始まった事業が、食材や生産工程、環境への取り組みを含む事業体へと発展してきたことが、公式沿革から読み取れます。

【プロの結論】創業の歴史から見える、びっくりドンキーが成長した理由

びっくりドンキーの創業史を理解するうえで、押さえたい要点は三つあります。

第一に、創業の原点は「ハンバーグレストラン」ではなく、1968年12月15日に盛岡市で開いた「ハンバーガーとサラダの店・べる」だったことです。現在の看板メニューや店名を起点に歴史をさかのぼると、創業時の業態との違いを見落としやすくなります。

第二に、1973年のハンバーグディッシュの原型誕生は、メニューの構成を変えた重要な節目です。ハンバーガーからハンバーグランチへと主力を転換し、木の皿にハンバーグ、サラダ、ライスを盛り付けるスタイルを生み出したことが、現在のブランドの特徴につながりました。

第三に、1986年の店名変更と1987年の社名変更を区別する必要があります。「びっくりドンキー」は店舗ブランドの名称であり、「株式会社アレフ」は運営会社の名称です。ブランドの歴史と企業の歴史は重なっていますが、同一のものではありません。

また、創業からの歩みには、店舗数を増やすことだけでなく、店づくり、食材、食品加工、食の安全・安心、環境への取り組みといった複数の要素が含まれています。びっくりドンキーの特徴を知りたい読者は、メニューの変遷だけでなく、こうした企業活動の広がりにも注目すると、ブランドの成長をより立体的に理解できます。

創業年や店舗数を調べる際には、次の判断基準が役立ちます。

  • 創業を知りたい場合:1968年12月15日と「ハンバーガーとサラダの店・べる」を確認する。
  • 会社の設立を知りたい場合:1976年7月のカウベルカンパニー株式会社設立を確認する。
  • 現在のブランド名を知りたい場合:1986年の「びっくりドンキー」への店名変更を確認する。
  • 運営会社の社名を知りたい場合:1987年5月の株式会社アレフへの商号変更を確認する。
  • 2026年の店舗数を知りたい場合:公式沿革と会社概要の基準日を確認し、数字だけを切り取らない。

このように、創業日、法人設立日、ブランド名変更日を分けて見ることが、びっくりドンキーの歴史を正確に理解する近道です。

【びっくりドンキー創業】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:びっくりドンキーの創業年と創業日はいつですか?

A1:1968年12月15日です。株式会社アレフの公式沿革によると、この日に岩手県盛岡市の日の出会館で「ハンバーガーとサラダの店・べる」が開店しました。

Q2:びっくりドンキーの創業地はどこですか?

A2:岩手県盛岡市です。創業店は13坪の小さな店舗で、現在のびっくりドンキーの原点とされています。

Q3:びっくりドンキーに店名が変わったのは何年ですか?

A3:1986年です。なお、運営会社が株式会社アレフに商号を変更したのは1987年5月で、店舗ブランドの変更とは別の出来事です。

Q4:ハンバーグディッシュの原型はいつ誕生しましたか?

A4:1973年です。木の皿にハンバーグ、サラダ、ライスを盛り付けるスタイルが生まれ、現在のディッシュメニューの原型になりました。

Q5:ベル大通店は創業時の「べる」と同じ店ですか?

A5:沿革上は区別されています。創業店の「べる」は1968年に開店し、公式沿革では1973年1月までとされています。一方、ベル大通店は1972年に開店した店舗で、地元の客への感謝から「ベル」の看板を残して営業していると公式に紹介されています。

Q6:2026年現在、びっくりドンキーは何店舗ありますか?

A6:株式会社アレフの会社概要では、2026年9月30日現在349店舗です。内訳は直営129店、フランチャイズ220店です。公式沿革には2026年7月時点で350店舗との記載もあるため、店舗数を比較するときは基準日を確認してください。

まとめ:盛岡の13坪の店から全国チェーンへ

びっくりドンキーの歴史は、1968年12月15日に岩手県盛岡市で創業した「ハンバーガーとサラダの店・べる」から始まりました。創業者・庄司昭夫のもと、1972年のベル大通店開店、1973年のハンバーグディッシュの原型誕生、1980年の札幌進出、1986年の店名変更と、事業は段階的に発展してきました。

運営会社も、1976年のカウベルカンパニー株式会社設立、1987年の株式会社アレフへの商号変更を経て、食品加工や食材の研究、環境への取り組みなどへ事業を広げています。2026年現在の公式会社概要では、びっくりドンキーは349店舗を展開しています。

創業年を調べるなら1968年、法人設立を調べるなら1976年、店名変更を調べるなら1986年、会社の商号変更を調べるなら1987年。この四つの節目を押さえると、びっくりドンキーの創業から現在までの歴史を整理しやすくなります。盛岡の小さな店から始まったブランドの歩みには、食事を楽しむ空間づくりと、客に喜んでもらうことを大切にする姿勢が一貫して流れています。

同じカテゴリの記事

橘 蒼
SEOスペシャリスト 橘 蒼
プロフィールを見る →

映画・ドラマの公開情報を担当。配給会社のプレスシート、公式サイトのキャスト表、映画.com の公開データを突き合わせ、あらすじと出演情報を確認します。

おすすめの関連記事