ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 【離婚理由の真相】大竹しのぶと明石家さんまはなぜ1992年に別れた?

【離婚理由の真相】大竹しのぶと明石家さんまはなぜ1992年に別れた?

早瀬 結衣 早瀬 結衣 • 更新: • 公開: • 読了約 13 分
目次

大竹しのぶさんと明石家さんまさんの離婚は、芸能界でも大きな話題になりました。

1988年に結婚し、翌1989年にはIMALUさんが誕生。ところが、1992年9月9日、結婚から約4年で離婚しています。

では、なぜ2人は別れることになったのでしょうか。

報道や本人たちの発言を整理すると、大きく3つの事情が見えてきます。

1. 女優として仕事を続けたい大竹と家庭を望むさんま

離婚の背景として繰り返し語られてきたのが、仕事と家庭に対する考え方の違いです。

大竹さんは女優としての仕事に強い情熱を持っていました。一方、さんまさんは結婚後の家庭生活において、妻に家にいてほしいという気持ちがあったと、後年の大竹さんの説明で明らかになっています。

1992年の離婚会見について日刊ゲンダイが紹介した内容では、さんまさんは次のように説明していました。

「相手の仕事の量とかでお互いの気持ちにズレができてしもて」

大竹さんも、当時の会見で女優と主婦の両立が難しくなったという趣旨の説明をしています。

つまり、単純な夫婦げんかというより、仕事を続けたい気持ちと家庭で過ごしてほしいという期待が、少しずつ食い違っていったのです。

2. 2025年・2026年に大竹しのぶが明かした「花束を隠した理由」

この離婚理由について、特に注目したいのが大竹さん自身による後年の振り返りです。

2025年1月、日本テレビ系「喫茶しのぶ」に出演した大竹さんは、さんまさんとの結婚生活を象徴する出来事を明かしました。

それは、久しぶりに舞台へ復帰した日のことです。

大竹さんは、長女IMALUさんの出産後、約1年半仕事を休んでいました。その後、役所広司さんと朗読劇『LOVE LETTERS』に出演し、舞台から大きな花束を受け取ります。

本来なら、仕事の成功を喜びながら花束を持って帰宅してもよかったはずです。

しかし、大竹さんは玄関前で花束を隠しました。

さんまさんがどう思うかを気にしたからです。

2026年8月19日放送のNHKラジオ「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」でも、この出来事を改めて振り返っています。

当時の大竹さんは、母親として家に戻らなければならないという意識と、女優として仕事を楽しみたいという気持ちの間で揺れていました。

本人は、仕事で成功した自分をそのまま家族に見せられなかったことについて、自分を偽っていたように感じたと説明しています。

また、母親もさんまさんも、家庭にいてほしいという考え方だったため、仕事を続けることに負い目を感じていたと明かしました。

このエピソードは、離婚の背景を理解するうえで非常に重要です。

3. さんまが語った映画『フィールド・オブ・ドリームス』のエピソード

一方、2026年9月27日配信のENCOUNTは、さんまさんがフジテレビ系『指原千夏』で大竹さんとの離婚を振り返ったことを報じています。

話題になったのは、1989年公開の映画『フィールド・オブ・ドリームス』でした。


主演:ケビン・コスナー
テーマ:夢、家族、人生の選択

この映画には、経済的に苦しい状況でも自分の夢を追いかけようとする夫と、それを支える妻が登場します。

さんまさんは、作品中の妻が夫の夢を応援する場面に感動していました。

ところが、大竹さんは生活が苦しいのに野球場を造るという夫の行動に疑問を持ったそうです。

2人の映画に対する反応は正反対でした。

さんまさんは、この場面を見たとき、自分とは価値観が違うと感じたと振り返っています。

もちろん、映画の感想だけが離婚の直接原因だったわけではありません。しかし、家庭生活や人生観に対する2人の違いを象徴するエピソードとして興味深いものです。

離婚理由を一つに決めつけられない

ここまでの本人たちの発言を整理すると、離婚の背景には次のような要素がありました。

- 大竹さんは女優として仕事を続けたかった。
- さんまさんは家庭で一緒に過ごす時間を望んでいた。
- 大竹さん自身も仕事への思いを十分に伝えられなかったと振り返っている。
- 子育てや夫婦の役割について、考え方に違いがあった。

大切なのは、どちらか一方だけに責任を押しつけないことです。

2人は離婚後も関係を保ち、仕事や家族を通じた交流を続けています。離婚当時の価値観の違いと、その後の良好な関係は両立しているのです。

【2026年最新】大竹しのぶとさんまの現在の関係は?子供・孫を通じた交流

大竹しのぶ元旦那

2026年10月最新情報

大竹しのぶさんと明石家さんまさんは、離婚から30年以上が経過した現在も、家族ぐるみの交流を続けています。

2025年から2026年にかけては、長男の結婚や初孫の誕生を通じて、2人の関係が改めて注目されました。

2025年:長男・二千翔の結婚式にさんまが出席

2025年、二千翔さんは結婚しました。

同年9月に開かれた披露宴には、さんまさんも出席しています。

さんまさんは新郎のボスとして親族席に座り、披露宴ではスピーチも担当しました。

加えて、亡くなった服部晴治さんから受け取った手紙の話を披露し、大竹さんと服部さんとの過去の関係についても触れています。

大竹さんは2025年12月の舞台会見でも、さんまさんを親族紹介に加えたことを明かし、会場を笑わせました。

戸籍上は元夫婦でも、子供の人生の節目では一緒に祝う関係が続いているのです。

2026年5月:大竹しのぶに初孫が誕生

2026年の大きなニュースは、二千翔さんに第1子が誕生したことです。

5月13日放送のNHKラジオ「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」で、大竹さん本人が初孫の誕生を報告しました。

長男が結婚して約1年で父親になったことを喜び、自身がおばあちゃんになったことに驚きながらも、うれしそうに語っています。

さらに注目されたのは、孫の名前に関するエピソードです。

2026年6月のスポニチ報道によると、孫の名前には、実父である服部晴治さんの名前から一文字が取られたとのこと。

1987年に亡くなった服部さんの存在が、次の世代にも受け継がれていることを感じさせる話です。

2026年:さんまも初孫と対面

加えて、さんまさんも初孫と対面しています。

2026年8月24日、デイリースポーツなどは、大竹さんがフジテレビ系「ノンストップ!」で対面時の様子を語ったことを報じました。

大竹さんによると、孫は人見知りが始まった頃で、彼女が抱っこすると母親を求めるような反応を見せていたそうです。

ところが、さんまさんが話しかけると、赤ちゃんも声や表情に反応し、喃語で会話するような様子を見せたといいます。

大竹さんは、さんまさんの人を笑いに巻き込む力に驚いたと語っています。

これは、離婚後もさんまさんが二千翔さんや大竹さんの家族とつながりを持っていることを示すエピソードです。

2026年9月9日:離婚した日についてラジオで言及

2026年9月9日には、大竹さんがNHKラジオで自身の離婚記念日に触れました。

興味深いのは、9月が家族にとって複数の記念日が重なる月だということです。

- 9月9日:さんまさんとの離婚日
- 9月19日:IMALUさんの誕生日
- 9月29日:さんまさんとの入籍日

大竹さんは、離婚した日も家族のさまざまなお祝いと重なることに触れ、ユーモアを交えて話しました。

離婚そのものを肯定しているわけではありませんが、過去の出来事を穏やかに振り返れる関係になっていることが伝わります。

【プロの結論】大竹しのぶと元旦那の関係から分かる3つのポイント

大竹さんの結婚歴を振り返ると、単に「2回結婚して離婚した女優」という説明では不十分です。

注目すべき点は次の3つです。

1. 最初の夫と2人目の夫では、別れの意味が違う

服部晴治さんとは死別、明石家さんまさんとは離婚です。両者を同じ「元旦那」という言葉だけで

2. 女優としての人生と家庭生活の両立が大きなテーマだった

さんまさんとの離婚を振り返った大竹さんの言葉からは、女優と母親という2つの役割をどう両立するかという問題が見えてきます。

3. 離婚後も家族としての関係は続いている

二千翔さんの結婚式、初孫の誕生、さんまさんとの交流を見ると、婚姻関係の終了が必ずしも家族間のつながりの終了を意味しないことが分かります。

【よくある質問】大竹しのぶの元旦那に関するFAQ

Q1:大竹しのぶの最初の旦那は誰ですか?

A1:TBSのドラマディレクターだった服部晴治さんです。1982年10月12日に結婚し、1985年に長男の二千翔さんが誕生しました。服部さんは1987年にがんで亡くなっています。

Q2:大竹しのぶは明石家さんまといつ結婚して、いつ離婚しましたか?

A2:1988年9月29日に結婚し、1992年9月9日に離婚しました。結婚生活は約4年間です。

Q3:服部晴治の死因は何ですか?

A3:報道によると、がんです。1987年に47歳で亡くなりました。詳しい病名については、一般に確認できる報道で一律に特定できる情報として扱われていません。

Q4:服部晴治が明石家さんまに手紙を書いたのは本当ですか?

A4:本当です。大竹さんが2018年のテレビ番組で明かし、さんまさんも2025年の二千翔さんの披露宴で手紙の存在を語っています。「しのぶをよろしくお願いします」という趣旨の内容でした。

Q5:大竹しのぶと明石家さんまの離婚理由は何ですか?

A5:仕事と家庭に対する価値観の違いや、子育て、女優活動への向き合い方が背景にありました。大竹さんは2026年にも、仕事で受け取った花束を隠して帰宅した経験を振り返っています。

Q6:大竹しのぶの子供は何人ですか?

A6:2人です。服部晴治さんとの間に生まれた長男・二千翔さんと、明石家さんまさんとの間に生まれた長女・IMALUさんです。

Q7:大竹しのぶとさんまは現在も仲が良いのですか?

A7:はい。2025年の長男の結婚式への出席や、2026年の初孫との対面など、家族ぐるみの交流が報じられています。再婚したという事実ではなく、元夫婦として良好な関係を保っています。


まとめ:大竹しのぶの元旦那は服部晴治と明石家さんまの2人

大竹しのぶさんの結婚歴を振り返ると、1982年の服部晴治さんとの結婚から始まり、死別を経て、1988年に明石家さんまさんと再婚。そして1992年に離婚するという経緯が分かります。

最後に、重要な事実を整理します。

- 最初の夫:服部晴治さん。TBSディレクターで、1987年にがんで死去。
- 2人目の夫:明石家さんまさん。1988年に再婚し、1992年に離婚。
- 子供:二千翔さんとIMALUさん。それぞれ父親が異なる。
- 離婚理由: 仕事と家庭の価値観の違い、子育てや夫婦間のコミュニケーションの問題。
- 2026年現在: さんまとは家族ぐるみの交流が続き、初孫の誕生という新しい節目も迎えている。

特に印象的なのは、服部さんがさんまさんに託した手紙の存在です。

最初の夫との死別、2人目の夫との離婚、そして子供たちを通じた現在の交流。大竹しのぶさんの人生には、それぞれ異なる形の家族のつながりがあります。

「大竹しのぶの元旦那は明石家さんま」という理解は間違いではありません。しかし、それだけでは彼女の結婚歴の全体像は見えてきません。

最初の夫・服部晴治さんの存在まで知ることで、1982年から2026年まで続く家族の物語を、より正確に理解できるのです。

同じカテゴリの記事

早瀬 結衣
コンテンツディレクター 早瀬 結衣
プロフィールを見る →

全記事の校正と事実確認を担当。固有名詞・日付・数値を公式発表と照合し、確認できない箇所は公開前に差し戻す運用をしています。

おすすめの関連記事