2026年現在の旭大星は、単に元力士として活動しているわけではない。現役時代に培った相撲の技術や経験を生かし、相撲文化を国内外に広める仕事へと軸足を移している。
1. 外国人向けの相撲体験ビジネス
旭大星の引退後の仕事として注目されるのが、外国人向けの相撲体験コーディネーターだ。
2025年12月12日、母校の旭川志峯高等学校が公開した講演会の報告では、大串拓也氏が現在、外国人向けの相撲体験コーディネーターやSUMOエージェンシーの仕事に携わっていると紹介された。
その活動の特徴は、相撲を単なるスポーツとしてではなく、日本の伝統文化として体験してもらう点にある。
主な活動内容としては、次のような分野が挙げられる。
- 外国人観光客向けの相撲体験の企画・案内
- 相撲の基本動作や稽古の紹介
- 相撲関連イベントへの出演
- 相撲文化の普及活動
- 講演会などを通じた経験の共有
2026年2月のNEWSポストセブンの取材でも、相撲体験ビジネスに取り組む現在の姿が紹介された。利用者には欧米からの外国人が多いという。
これは、元力士という経歴そのものがサービスの価値になる仕事だ。
現役力士として土俵に立っていた人物だからこそ、稽古の意味や相撲部屋の生活、勝負の厳しさを実体験に基づいて説明できる。単なる観光ガイドとは異なる専門性がある。
2. 2026年2月には「旭大星ちゃんこ」も登場
2026年の活動で見逃せないのが、地元・北海道旭川市とのつながりだ。
2026年2月6日から11日まで開催された第67回旭川冬まつりでは、冬マルシェの出店者一覧に「旭大星ちゃんこ」という店舗名が掲載された。
地元にゆかりのある元力士が、相撲文化と食を結びつけた取り組みとして注目できる動きだ。
公式の冬マルシェには42店舗が参加しており、その中に旭大星ちゃんこが名を連ねている。
ここで興味深いのは、引退直後に目指していた油そば店の開業とは別に、ちゃんこという相撲文化に直結する分野にも活動を広げている点である。
飲食と相撲体験は、一見すると異なる事業に見える。しかし、どちらも相撲という自身の経験を生かし、顧客に価値を届ける仕事だ。
3. 2026年の「ヤメ力士超相撲」にも出場予定だった
2026年3月30日には、元幕内力士10人が参加するトーナメント大会「ヤメ力士超相撲」の開催発表会見が行われた。
旭大星も出場予定者に名を連ねていた。
会見では、引退後も稽古場に顔を出して四股を踏むなど、身体づくりを続けていることを明かし、優勝を目指す意欲を示した。
ただし、この大会は当初予定されていた2026年6月6日の開催が、同年4月10日に延期と発表されている。
主催者の株式会社E-VENTは、制作体制の見直しと公演内容の充実を延期理由として説明した。チケット代金は払い戻しとなり、新たな形での開催に向けて再構築を進めるとしている。
したがって、旭大星が2026年6月に大会へ出場したという情報は正確ではない。
土俵から離れても、相撲そのものとの関係は続いている。これが2026年の旭大星を理解するうえで要点だ。
【油そば店で修業した過去】引退後の仕事と体重40キロ減の真相
旭大星の引退後について調べると、必ず出てくるのが「油そば店」と「体重40キロ減」という2つの話題だ。
この2つは、引退後の生活がどのように変わったのかを知るうえで重要な手掛かりになる。
1. 引退直後は「きりん寺」で飲食店経営を勉強
2024年12月26日に引退が発表された旭大星は、すぐに第二の人生へ向けて動き始めた。
2025年1月8日の引退会見時点で、東京都内の油そば店「きりん寺」で修業していたことが報じられている。
日刊スポーツによると、旭大星は掃除や皿洗いなども含め、飲食店の仕事を一から学んでいた。
当時の目標は、自分自身の油そば店を開業することだった。
2025年6月13日付のSUMOエージェンシーの発表でも、飲食店の独立開業を目指して勤務を続けていると紹介されている。
2. 油そば店は現在も経営している?
ここは誤解しやすい部分だ。
旭大星は引退後に油そば店で修業していたが、修業先の店舗と本人が経営する店舗は別である。
2026年2月のNEWSポストセブンの報道では、油そば店での修業を経て、現在は相撲タレント兼実業家として活動していると紹介されている。
つまり、油そば店の開業を目標にしていたことは事実だが、2026年10月時点で本人名義の独立店舗が開業したと確認できる公表情報はない。
現在の中心的な活動として確認できるのは、相撲体験事業やイベント、相撲関連の仕事である。
3. 体重は最高165キロから約120キロへ
旭大星の引退後の変化で大きな話題になったのが、体重の減少だ。
NEWSポストセブンの2026年2月の取材動画では、現役時代に最高165キロだった体重が、現在は約120キロになったと紹介された。
旭大星の体重変化
現役時代の最高体重
2026年2月の報道時点
減少幅
NEWSポストセブンの取材で紹介された数値。2026年10月現在の実測値を示すものではない。
約45キロという減少幅は、現役力士時代の体格を知るファンにとって驚きの変化だろう。
同動画の紹介では、引退後も週4日ジムに通ってトレーニングを続けていることも伝えられた。
単純に運動をやめて体重が落ちたという話ではなく、力士としての身体づくりから、引退後の活動に適した身体づくりへと移行している様子がうかがえる。
なお、日本相撲協会の公式プロフィールには145.3キロと記載されている。これは現役力士時代の登録情報であり、2026年の体重と混同しないことが大切だ。
4. 引退後の評判は?
旭大星は、断髪式や母校での講演会などを通じても新しい活動を見せている。
2025年6月1日に東京都内で開催された断髪式には、照ノ富士親方やタレントの熊切あさ美ら約400人が出席した。
師匠の大島親方(元関脇・旭天鵬)が止めばさみを入れ、17年間の力士生活に区切りをつけた。
その後、2025年12月には母校の旭川志峯高校で講演会を実施。現役柔道部との力比べや生徒からの質問にも応じた。
2026年4月には、引退後の姿がスポーツメディアTHE ANSWERでも取り上げられ、体格の変化に対するファンの反応が紹介されている。
こうした活動からは、元幕内力士という肩書だけでなく、人との交流を大切にしながら新しい仕事を築いている姿が見えてくる。
【旭大星の経歴・実績】前頭8枚目と敢闘賞までの17年間
旭大星こと大串拓也さんは、北海道旭川市出身の元大相撲力士だ。
1989年10月18日生まれで、2026年10月現在は37歳。身長185センチの体格を生かし、投げや足技などを得意としていた。
日本相撲協会の公式記録をもとに、主な経歴を整理する。
旭大星の基本プロフィール
- 四股名:旭大星 託也(きょくたいせい・たくや)
- 本名:大串拓也
- 生年月日:1989年10月18日
- 出身地:北海道旭川市
- 身長:185センチ
- 所属部屋:大島部屋
- 初土俵:2008年1月場所
- 新十両:2014年7月場所
- 新入幕:2018年5月場所
- 最高位:西前頭8枚目
- 三賞:敢闘賞1回
- 生涯戦歴:483勝434敗80休
旭大星の主な経歴・転換点
新入幕で10勝、敢闘賞を獲得
旭大星のキャリアで最も輝いた時期の一つが、2018年だ。
2008年の初土俵から6年半ほどをかけ、2014年7月場所で新十両に昇進。その後、2018年5月場所で念願の新入幕を果たした。
幕内デビュー場所でいきなり10勝5敗という好成績を残し、敢闘賞を受賞している。
北海道出身の力士としても大きな注目を集めた。
さらに同年7月場所では西前頭8枚目まで昇進。これが生涯最高位となった。
幕内在位は通算4場所で、幕内成績は19勝23敗18休。幕内に定着した期間は長くなかったものの、初入幕の場所で三賞を獲得した実績は、旭大星の相撲人生を語るうえで欠かせない。
生涯戦歴483勝434敗80休が示すもの
日本相撲協会の公式プロフィールによると、旭大星の生涯戦歴は次のとおりだ。
100場所・日本相撲協会公式記録
この数字で特に注目したいのは、80休という記録だ。
後述する左膝の負傷によって長期間休場したことが、戦歴にも反映されている。
それでも483勝を挙げ、序ノ口まで落ちた後に幕下19枚目まで戻ったことは、単純な勝敗だけでは評価できない粘り強さを示している。
【引退理由の真相】左膝の大けがから序ノ口への転落、再起まで
旭大星の引退理由を理解するには、2022年から始まった左膝の負傷と、その後の番付の変化を追う必要がある。
幕内まで昇進した力士が序ノ口まで降格し、そこから再び幕下まで戻る。この経緯は、旭大星の相撲人生の中でも大きな転換点だった。
1. 左膝の靱帯を負傷して長期休場
旭大星は2022年初場所から左膝の大けがに苦しんだ。
日刊スポーツの2024年12月26日の報道によると、十両から幕下へ転落した2022年初場所から、左膝の負傷を理由に5場所連続で休場した。
2023年1月の取材では、左膝の靱帯を負傷していたことや、土俵上で膝への不安を抱えていたことも報じられている。
本人は復帰後の取材で、膝が入るような感覚に恐怖を覚えることがあると明かしていた。
相撲は立ち合いから激しい接触があり、膝には大きな負担がかかる競技だ。特に投げや足技を得意とする旭大星にとって、膝の不安は取り口にも影響する問題だった。
2. 2022年九州場所、序ノ口から再スタート
長期休場によって番付は大きく下がり、旭大星は序ノ口まで転落した。
幕内経験者が序ノ口まで落ちること自体、決して一般的なケースではない。
それでも2022年九州場所、西序ノ口5枚目で土俵に復帰すると、6勝1敗という成績で勝ち越した。
ここから関取復帰を目指す新たな挑戦が始まった。
2023年には序二段、三段目、幕下へと番付を戻し、2024年には幕下上位を目指す位置まで復活していった。
3. 2024年名古屋場所で幕下19枚目まで復活
2024年7月場所、旭大星は東幕下19枚目まで番付を戻した。
序ノ口から約2年かけて、再び関取を狙える位置に近づいたことになる。
しかし、その後の成績は厳しかった。
- 2024年名古屋場所:3勝4敗
- 2024年秋場所:2勝5敗
- 2024年九州場所:全休
秋場所で負け越し、九州場所も休場。2025年1月場所の番付は西三段目20枚目となった。
再び十両に昇進するという目標は、現実的に厳しい状況になっていた。
4. 最終的な引退理由は何だったのか?
2024年12月25日、旭大星は引退届を提出。翌26日に日本相撲協会が受理した。
ただし、引退の理由を左膝のけがだけに限定するのは正確ではない。
2024年12月28日の日刊スポーツの取材では、旭大星は膝について次のように話している。
「大丈夫です。ただの実力です」
加えて、稽古やトレーニングを怠ったわけではなく、自分にできることはやりきったという趣旨の説明をしていた。
一方、2025年1月8日の引退会見では、17年間の相撲生活を振り返り、未練はないという前向きな姿勢を見せている。
つまり、引退の背景には次の要素が重なっていた。
1. 左膝の大けがによる長期休場。
2. 序ノ口までの番付降下と長い復帰過程。
3. 幕下上位まで戻った後も、関取復帰を実現できなかったこと。
4. 2024年秋場所の負け越しと九州場所の全休。
本人が最後に語ったのは、けがだけを理由にするのではなく、自分自身の実力を見つめたうえでの決断だった。
【ドキュメンタリー映画『辛抱』】旭大星の入門当初を記録した作品
旭大星を語るうえで、もう一つ欠かせないのがドキュメンタリー映画『辛抱』だ。
この作品は、まだ大串拓也という名前だった若い旭大星が、大島部屋に入門してからの生活を追ったフランス制作のドキュメンタリーである。
映画『辛抱』の基本情報
- 作品名:
- 原題:Une vie normale. Chronique d'un jeune sumo
- 英題:A Normal Life. Chronicle of a Sumo Wrestler
- 製作年:2009年
- 上映時間:106分
- 監督:
- 製作国:フランス
- 主な出演:大串拓也(旭大星本人)
柔道部のエースから相撲部屋へ
映画の主人公は、当時高校を卒業したばかりの大串拓也だ。
高校時代は柔道部で活躍しており、本人は柔道の道へ進みたいという気持ちを持っていた。
しかし、周囲の勧めもあり、大島部屋への入門を決断する。
映画では、相撲部屋での共同生活や兄弟子との上下関係、厳しい稽古、同期との競争などが描かれている。
特に印象的なのは、若い大串が相撲界の厳しい現実に直面しながらも、簡単には逃げ出さずに自分の道を探していく姿だ。
作品の紹介によると、入門当初には逃げ出したいと思うほどの苦しさもあったという。
その後、彼は2014年に新十両、2018年に新入幕を果たす。
映画を見てから旭大星の力士人生を振り返ると、最初から順風満帆だったわけではないことがよく分かる。
若い頃の苦労と、後年の左膝のけがからの再起。その両方を知ることで、483勝という記録の意味も変わってくる。
映画『辛抱』は現在の旭大星を理解する手掛かり
『辛抱』の面白さは、単なる相撲の試合映像ではない点にある。
相撲部屋という特殊な生活環境の中で、若者がどのように成長し、何を考え、どのように自分の居場所を見つけていくのかを描いている。
旭大星が引退後に講演会や相撲体験事業に携わっていることを考えると、この作品は彼の原点を知る資料にもなる。
現役時代の華やかな幕内での活躍だけでなく、入門直後の未熟な姿まで記録されていることに、この映画の価値がある。
【プロの結論】旭大星の引退後の評判と活動から見える第二の人生
旭大星の引退後の活動を整理すると、単に職業を変えたというだけではない。
17年間にわたって身につけた経験を、別の形で社会に提供する方向へと進んでいる。
1. 元力士としての経験がビジネスの強みになる
相撲体験事業には、一般的な観光サービスとは異なる強みがある。
それは、実際に幕内まで昇進した元力士が、相撲の技術や文化を自分の言葉で伝えられることだ。
外国人観光客にとって、相撲は日本を代表する文化の一つである。しかし、テレビで見る取組と、実際に稽古を体験することの間には大きな違いがある。
旭大星のような元関取が携わることで、次のような価値が生まれる。
- 実際の力士生活を経験した人から説明を受けられる。
- 相撲の基本動作や所作を学べる。
- 番付や稽古など、相撲界の仕組みを理解できる。
- 外国人観光客に日本文化を伝えられる。
現役時代の知名度と技術を、体験型サービスという別の市場につなげている点が特徴だ。
2. 油そば店の夢も無駄になっていない
油そば店での修業は、引退後の最初の目標だった。
実際に掃除や皿洗いから始め、飲食店経営を学ぼうとしていたことが報じられている。
その後、相撲体験やイベント、ちゃんこ関連の活動へと仕事の幅が広がった。
この変化は、当初の夢を完全に捨てたというより、相撲という自分の強みを生かせる仕事を増やしていると見ることができる。
2026年の旭川冬まつりで「旭大星ちゃんこ」が出店者として掲載されたことも、飲食と相撲を結びつける活動の一例だ。
3. 引退後の評判を判断する3つのポイント
旭大星の現在を評価する際には、次の3点に注目したい。
第一に、活動の継続性。
SUMOエージェンシーへの加入、母校での講演、相撲体験事業など、複数の活動が確認できる。
第二に、相撲とのつながり。
引退後も稽古場に顔を出し、四股を踏むなど、競技への関心を保っている。2026年の大会発表会見でも、優勝を目指す姿勢を見せていた。
第三に、地域との関係。
旭川市での講演やちゃんこ出店など、出身地とのつながりを生かした活動も見られる。
これらは、引退後の評判を考えるうえで具体的な材料になる。
4. 引退後の情報で間違えやすいポイント
| よくある疑問・誤解 | 実際の状況 |
|---|---|
| 油そば店を開業した? | 修業と独立開業の希望は報じられたが、独立店舗の開業は確認できない。 |
| けがだけが引退理由? | 左膝の負傷に加え、関取復帰がかなわなかったことも背景にある。 |
| 2026年6月の大会に出場した? | 出場予定だったが、大会自体が4月に延期された。 |
| 体重は現在も145キロ? | 協会プロフィールの145.3キロと、2026年2月報道の約120キロは時点が異なる。 |
5. 旭大星の第二の人生は今後どうなる?
現時点で注目したいのは、相撲体験事業と飲食関連の活動がどのように発展していくかだ。
外国人観光客に向けた相撲体験は、元力士としての経験を直接生かせる分野である。
一方、飲食店の経営は、現役時代とは異なる経営知識や店舗運営の経験が必要になる。
どちらの道も簡単ではないが、相撲という自身の経験を軸に複数の可能性を探っている点は興味深い。
引退後の成功を判断するなら、単なる体重の変化やメディア出演の回数ではなく、継続的な仕事、顧客との関係、事業の実績を見ることが大切だ。
【旭大星の現在・引退理由】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:旭大星は現在何をしていますか?
A1:2026年現在、外国人向けの相撲体験コーディネーターやSUMOエージェンシーの活動、相撲関連イベントへの出演などに携わっています。2026年2月には旭川冬まつりで「旭大星ちゃんこ」も出店者一覧に掲載されました。
Q2:旭大星の引退理由は何ですか?
A2:2022年からの左膝の大けがによる長期休場が大きな転機でした。その後、序ノ口から幕下まで復帰しましたが、2024年秋場所の負け越しなどを経て関取復帰が難しくなり、2024年12月に引退届を提出しました。
Q3:旭大星は油そば店を開業したのですか?
A3:引退直後は東京都内の「きりん寺」で修業し、将来の独立開業を目指していました。ただし、2026年10月時点で本人名義の独立店舗が開業したという確かな公表情報は確認できません。
Q4:旭大星の体重は何キロ減りましたか?
A4:2026年2月のNEWSポストセブンの報道では、現役時代の最高165キロから約120キロになったと紹介されています。差は約45キロです。
Q5:旭大星の最高位と獲得した賞は何ですか?
A5:最高位は西前頭8枚目です。2018年5月場所の新入幕で10勝を挙げ、敢闘賞を1回受賞しています。
Q6:旭大星の生涯戦歴は?
A6:日本相撲協会の公式記録では、483勝434敗80休、100場所です。幕内戦歴は19勝23敗18休となっています。
Q7:旭大星が出演したドキュメンタリー映画は?
A7:2009年製作のフランスのドキュメンタリー映画『辛抱』です。フランス人監督ジル・クロンが、大串拓也さんの大島部屋入門当初の生活を追っています。
まとめ:旭大星は土俵を降りても相撲とともに歩んでいる
旭大星こと大串拓也さんは、2025年1月に17年間の現役生活を終えた。
最高位は西前頭8枚目。2018年の新入幕場所では10勝を挙げて敢闘賞を獲得し、生涯戦歴は483勝434敗80休という記録を残した。
一方で、2022年の左膝の大けがによって序ノ口まで番付を落とし、関取復帰を目指して長い再起の道を歩んだ。最終的には幕下まで戻ったものの、再び十両に昇進することはかなわなかった。
引退後は油そば店での修業を経て、相撲体験ビジネスやイベント出演、講演活動などへと活動を広げている。2026年には体重が約120キロになったことや、旭川冬まつりでのちゃんこ出店も話題になった。
旭大星の第二の人生で注目すべきなのは、相撲を完全に離れたのではなく、現役時代の経験を新しい仕事に生かしていることだ。
土俵の上で培った17年間の経験を、今度は相撲文化を伝える仕事に変えていく。
それが、2026年現在の旭大星の姿である。