「日ハム栗山監督」として知られる栗山英樹氏は、2026年現在、北海道日本ハムファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)を務めています。2012年から2021年まで10シーズンにわたりチームを率い、パ・リーグ優勝2回、日本シリーズ優勝1回を達成。大谷翔平選手の二刀流への挑戦を支えた指導者としても知られています。
さらに2026年1月15日、野球殿堂博物館は栗山氏の野球殿堂入りを発表。同年7月28日には表彰式も開催されました。監督退任から現在のCBO就任に至る経緯、通算成績、2023年WBC優勝の実績、そして新庄剛志監督との違いを、北海道日本ハムファイターズや日本野球機構(NPB)の公式発表を中心に整理します。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の役職:2024年1月1日付で日本ハムのCBOに就任し、球団運営とチーム編成を担う。
- 監督時代の実績:2012〜2021年の通算成績は684勝672敗54分。リーグ優勝2回、日本一1回を記録した。
- 2026年の最新動向:1月に野球殿堂入りが決まり、7月に表彰式を開催。大谷翔平選手の育成や2023年WBC優勝への貢献も評価につながっている。
【2026年最新】栗山英樹は現在何をしている?日本ハムCBOの役割と野球殿堂入り
2026年現在の栗山英樹氏を理解するうえで重要なのは、監督時代とは役割が変わっていることです。現在は試合ごとのスタメンや継投を決める現場の監督ではなく、球団運営とチーム編成を担うCBOとして、日本ハムの組織づくりに関わっています。
2024年にCBOへ就任、現場から球団運営へ
北海道日本ハムファイターズは2023年12月26日、栗山氏が2024年1月1日付でチーフ・ベースボール・オフィサー(Chief Baseball Officer、CBO)に就任すると発表しました。球団創設50周年の節目に向けて新設された役職で、球団の基盤強化・発展とチームの編成強化を推進することが目的です。
CBOの仕事内容を簡潔に表すなら、監督が「今シーズンの試合をどう戦うか」を担うのに対し、CBOは「球団としてどのようなチームをつくり、どう強化していくか」に関わる仕事です。選手の育成や獲得を含むチーム編成、組織の強化、長期的なチームづくりといった視点が大切です。
ただし、CBOという肩書だけで、個々の選手の獲得や契約をすべて栗山氏が単独で決定していると解釈するのは適切ではありません。球団の公式発表が明示しているのは、球団運営とチーム編成を担う役割です。
監督退任後の栗山氏は、2022年から2023年にかけて球団のプロフェッサーも務めました。選手教育を推進する役割を経て、CBOへと立場を変えています。現場で選手を育てた経験を、今度は球団全体の強化に生かす流れです。
2026年1月に野球殿堂入り、7月に表彰式
2026年の栗山氏にとって大きな節目となったのが、野球殿堂入りです。野球殿堂博物館は1月15日、栗山氏が競技者表彰のエキスパート表彰で選出されたと発表しました。
野球殿堂入りは、単に現役時代の個人成績だけで決まるものではありません。栗山氏の場合、ヤクルト時代の外野手としての実績に加え、日本ハムでのリーグ優勝と日本一、侍ジャパンの監督としてのWBC制覇、大谷翔平選手を投打の二刀流で起用・育成した指導実績など、野球界への幅広い貢献が経歴に並びます。
7月28日には「マイナビオールスターゲーム2026」の試合開始前、東京ドームのグラウンドで表彰式が開催されました。野球殿堂博物館の発表によると、式では栗山氏のレリーフのレプリカが贈られ、日本ハムの新庄剛志監督から記念の花束も贈呈されています。
監督を退いてから約5年、栗山氏の評価は日本ハムでの実績にとどまらず、日本代表の世界一や選手育成を含む長期的な功績へと広がっています。
【退任理由を検証】栗山監督はなぜ2021年に日本ハムを去ったのか
栗山監督の退任が発表されたのは、2021年10月16日です。球団は同シーズン限りでの退任を公表し、栗山氏は全日程終了まで指揮を執りました。11月1日には札幌ドームで退任会見が開かれ、2012年から続いた10シーズンの監督生活に区切りをつけています。
10年間の長期政権と、終盤の成績低迷
退任の背景には、10年という長期政権の節目と、終盤の成績不振がありました。栗山監督は2012年の就任初年度にパ・リーグ優勝を果たし、2016年にはリーグ優勝と日本一を達成しました。一方、2019年から2021年までは3年連続で5位に終わり、チームは優勝争いから遠ざかっていました。
2021年10月16日の退任発表時点では、クライマックスシリーズ進出の可能性も消滅していました。華々しい成功を収めた時期と、立て直しが必要な時期の両方を経験したうえで、10年目を一区切りとしたのです。
ただし、退任を単純に「成績不振による解任」と説明するのは正確ではありません。球団は退任を発表し、10年間の功績を評価しています。報道では球団側が10年という節目を踏まえた勇退という趣旨を説明しており、成績だけが唯一の理由だったと断定できるものではありません。
退任会見で語った後悔と感謝
北海道日本ハムファイターズの公式発表によると、退任会見で栗山氏は、10年間を振り返りながら、選手やファンに喜んでもらうために全力で走ってきたこと、そして振り返ると後悔や悔いが残ることを語りました。
この言葉は、2016年の日本一だけを見て栗山監督の10年間を評価することの難しさを示しています。監督として結果を残した時期がある一方、最後の3シーズンにはチームを浮上させられなかった悔しさもありました。
2024年のNumber Webのインタビューでも、栗山氏は2019〜2021年を監督としての挫折の時期として振り返っています。成功した指導者であっても、選手の力を引き出すことと、チーム全体を勝たせることは同じではありません。栗山氏自身の回顧からも、長期政権の難しさがうかがえます。
退任後、栗山氏は球団との関係を断ったわけではありません。2022年からプロフェッサーとして選手教育に携わり、侍ジャパンの監督も務めた後、2024年にCBOへ就任しました。ユニホームを脱いだことは、球団への関与を終えることではなく、役割を変える転機だったのです。
【成績一覧】栗山監督の2012〜2021年の勝敗と優勝実績
栗山英樹氏の監督時代を数字で振り返ると、2012年の就任初年度から優勝を果たし、2016年には球団史に残る逆転優勝と日本一を実現したことが分かります。一方で、終盤の3シーズンは5位が続きました。北海道日本ハムファイターズとNPBの年度別成績を基に、10年間の成績をまとめます。
| 年度 | 勝敗・引き分け | リーグ順位 | 主なトピック |
|---|---|---|---|
| 2012年 | 74勝59敗11分 | 1位 | 監督就任初年度にリーグ優勝 |
| 2013年 | 64勝78敗2分 | 6位 | 最下位でシーズン終了 |
| 2014年 | 73勝68敗3分 | 3位 | Aクラスに復帰 |
| 2015年 | 79勝62敗2分 | 2位 | 前年から順位を上げる |
| 2016年 | 87勝53敗3分 | 1位 | リーグ優勝・日本シリーズ優勝 |
| 2017年 | 60勝83敗0分 | 5位 | 前年の日本一から順位を落とす |
| 2018年 | 74勝66敗3分 | 3位 | Aクラスに復帰 |
| 2019年 | 65勝73敗5分 | 5位 | シーズン終盤に苦戦 |
| 2020年 | 53勝62敗5分 | 5位 | 2年連続の5位 |
| 2021年 | 55勝68敗20分 | 5位 | 10年目で退任 |
| 通算 | 684勝672敗54分 | 優勝2回 | 日本シリーズ優勝1回 |
※年度別の勝敗と順位はNPBの年度別成績、通算勝利数などは北海道日本ハムファイターズの公式発表に基づいています。リーグ順位と日本シリーズの優勝は別の指標です。
2012年の初優勝と2016年の日本一は何が違ったのか
2012年の優勝は、栗山監督の指導者としての手腕を示す最初の大きな成果でした。就任初年度にリーグを制し、チームを優勝へ導いたことで、監督としての信頼を得ました。
2016年は、さらに劇的なシーズンでした。球団公式発表によると、日本ハムは球団新記録となる15連勝を記録し、最大11.5ゲーム差を逆転してリーグ優勝。その勢いで日本シリーズも制し、球団として10年ぶり3度目の日本一に輝きました。
2012年と2016年のリーグ優勝に加え、日本シリーズを制した2016年の実績は、栗山政権を象徴するものです。ただし、2016年の成功だけで10年間全体を評価するのではなく、その後の順位低下や育成の成果も含めて見る必要があります。
【大谷翔平との歩み】栗山監督が二刀流の可能性を広げた理由
栗山英樹氏の名前とともに語られるのが、大谷翔平選手の二刀流です。大谷選手は2013年に日本ハムへ入団し、投手と打者の両方でプレーする道を歩み始めました。当時、プロ野球で投打の両立を本格的に目指すことは、一般的な選手育成の考え方とは大きく異なる挑戦でした。
二刀流を「例外」ではなく育成の選択肢にした
通常、プロ野球の選手育成では、投手として成長させるのか、野手として打撃や守備を磨くのか、役割を明確にすることが多くあります。限られた練習時間や体力、試合出場の機会を考えれば、一つの役割に集中することには合理性があるからです。
その中で栗山監督は、大谷選手の投打両面の可能性を重視し、二刀流として起用する方針を支えました。野球殿堂博物館やNPBの紹介でも、大谷選手を投手と野手の二刀流として育成したことは、栗山氏の功績の一つに挙げられています。
重要なのは、二刀流の成功を監督一人の手柄として片付けないことです。大谷選手自身の能力、努力、適応力に加え、球団の育成環境、コーチ陣の支援、試合で経験を積む機会が重なって、現在につながるキャリアが形づくられました。栗山監督の功績は、選手の突出した能力を見いだし、それを伸ばせる起用の枠組みをつくった点にあります。
2023年WBC優勝で再び注目された指導力
日本ハム退任後の栗山氏は、2021年12月に侍ジャパンのトップチーム監督に就任しました。2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、日本代表を3大会ぶり3度目の世界一へ導いています。
侍ジャパン公式記録によると、2023年3月22日の決勝で日本はアメリカに3対2で勝利しました。大谷翔平選手が試合を締めくくったことも、世界一の象徴的な場面として記憶されています。栗山氏にとっては、日本ハムで二刀流の可能性を支えた選手と、今度は日本代表の監督として世界一を目指す舞台に立ったことになります。
WBCでの優勝は、栗山氏の指導者としての評価を日本代表の舞台にまで広げました。日本ハムでの長期的な育成と、短期決戦で選手の力を結集する代表監督の仕事は同じではありません。それぞれ異なる環境で結果を残したことが、2026年の野球殿堂入りを考えるうえでも重要な実績です。
【評判と指導方針】栗山監督の強み、課題、新庄剛志監督との違い
栗山監督の評価は、優勝回数だけでは測れません。選手の個性を生かす柔軟な発想、若手の可能性を信じる姿勢が功績として挙げられる一方、長期政権の終盤にチームを立て直せなかったことは課題として残りました。
栗山監督の評判をどう評価するべきか
肯定的に評価される代表例が、大谷選手の二刀流への挑戦と、2016年の逆転優勝です。従来の固定観念にとらわれず、選手の特性を生かす方向へチームの運用を組み立てた点は、栗山氏の指導を語るうえで欠かせません。
一方、2019年から2021年にかけて3年連続5位となったことも事実です。2016年の日本一を経験したチームが、数年後には優勝争いから遠ざかりました。監督が選手の能力を引き出すことと、チーム全体の戦力を維持して勝ち続けることには違いがあります。長期的な育成を重視するだけでは、毎年の勝利を保証できないという難しさが表れています。
栗山氏の指導を評価する際には、成功した選手の存在だけでなく、チームの順位推移、選手起用の成果、低迷期の対応を合わせて見ることが大切です。優れた育成者であることと、常に優勝できる監督であることは、同じ評価軸ではありません。
栗山英樹と新庄剛志は何が違う?
栗山氏と新庄剛志監督を比較する際、まず押さえたいのは、2026年現在の役割の違いです。栗山氏はCBOとして球団運営とチーム編成を担い、新庄監督は一軍の現場で選手を指揮しています。両者は単純な後任・前任という関係だけでなく、球団の異なる領域を担う存在です。
栗山政権は2012年から2021年までの10年間に、リーグ優勝2回、日本シリーズ優勝1回を記録しました。新庄監督は2022年に就任し、2024年には75勝60敗8分、2025年には83勝57敗3分を記録。2026年10月8日には球団が契約更新を発表し、2027年シーズンも引き続き指揮を執ることが決まりました。
監督としての栗山氏を象徴するのは、長期的な選手育成と二刀流への挑戦を支えた実績です。一方、新庄監督の評価は、就任後のチーム成績や現在のチームづくりを通じて見ていく必要があります。両者の手法を単純に「どちらが優れているか」と比較するより、就任時期やチーム状況、担っている役割を区別するほうが実態に即しています。
北海道日本ハムファイターズの歴代監督の中での位置づけ
北海道日本ハムファイターズの歴代監督を振り返ると、栗山氏の10年政権は、長期にわたりチームを率いた時代として際立っています。北海道移転後の主な流れでは、トレイ・ヒルマン監督、梨田昌孝監督に続き、栗山氏が2012年に就任。その後、2022年に新庄監督が指揮を執る体制へ移りました。
栗山氏は、監督としてリーグ優勝と日本一を実現しただけでなく、退任後もプロフェッサー、侍ジャパン監督、CBOと役割を変えながら野球界に携わっています。監督としての実績と、球団の将来を支える現在の役職を分けて考えることで、そのキャリア全体が見えてきます。
【日ハム栗山監督】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:栗山英樹氏は2026年現在、何をしている?
A1:北海道日本ハムファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)を務めています。2024年1月1日に就任し、球団運営とチーム編成を担っています。
Q2:栗山監督の退任理由は成績不振だった?
A2:2021年はチームが5位に終わり、2019年から3年連続で5位となったことは背景の一つです。ただし、球団の発表や当時の説明を踏まえると、成績だけを理由とする単純な解任ではなく、10年という長期政権の節目での退任と捉えるのが適切です。
Q3:栗山監督は野球殿堂入りした?
A3:はい。2026年1月15日に野球殿堂博物館が、競技者表彰のエキスパート表彰での選出を発表しました。同年7月28日には東京ドームで表彰式が開催されています。
Q4:栗山監督の通算成績と優勝回数は?
A4:2012〜2021年の通算成績は684勝672敗54分です。パ・リーグ優勝は2012年と2016年の2回、日本シリーズ優勝は2016年の1回です。
Q5:栗山監督は大谷翔平選手を育てた監督なの?
A5:栗山氏は2013年に日本ハムへ入団した大谷選手を、投手と野手の二刀流として起用・育成する方針を支えました。ただし、現在の大谷選手の成功は本人の能力と努力、球団の育成環境、指導陣の支援などが組み合わさった結果です。
まとめ:【プロの結論】栗山英樹の現在と今後をどう見るべきか
「日ハム栗山監督」として親しまれてきた栗山英樹氏は、2026年現在、CBOとして日本ハムの球団運営とチーム編成に携わっています。2012年の初優勝、2016年の日本一、大谷翔平選手の二刀流への挑戦、そして2023年のWBC優勝。指導者としての歩みは、2026年の野球殿堂入りという形でも評価されました。
その一方で、2019〜2021年の3年連続5位は、長期政権が抱えた課題を示しています。栗山氏を「名将」と評価する場合も、成功したシーズンだけでなく、苦しい時期の成績や本人が振り返った挫折を含めて考える必要があります。
【プロの結論】 栗山英樹氏のキャリアから読み取れるのは、選手の可能性を信じて新しい起用法を実現することと、チーム全体を継続して勝たせることは別の仕事だという点です。大谷選手の二刀流や2016年の日本一は前者と後者が大きな成果につながった例ですが、終盤の低迷は、成功を長く維持する難しさも示しています。
2026年以降の栗山氏を追うなら、監督への復帰を前提にするのではなく、CBOとして球団の編成や育成にどう関わり、ファイターズの長期的な強化にどのような成果をもたらすかに注目するのが適切です。現場を率いた10年間の経験が、球団全体を支える仕事にどう生かされるのか。それが、現在の栗山英樹氏を見るうえで最も重要な視点です。