ヨドバシカメラの店内BGMやテレビCMでおなじみの「ヨドバシカメラの歌」。耳に残る軽快なメロディーには、アメリカで生まれた楽曲の長い歴史が隠されています。原曲として知られるのは「リパブリック讃歌(The Battle Hymn of the Republic)」です。加えて、そのメロディーは「ジョン・ブラウンの亡骸」や童謡「ごんべさんの赤ちゃん」ともつながっています。
2026年には、6月30日にオープンしたヨドバシカメラ マルチメディア池袋のテーマソングも話題になりました。店舗ごとに歌詞が変わる理由や作詞者の藤沢昭和、原曲の歴史、最新の店舗別バージョンまで、米国議会図書館の楽曲史解説やITmedia NEWSなどの報道をもとに整理します。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 原曲:ヨドバシカメラの歌は、一般にアメリカの「リパブリック讃歌」のメロディーを使った替え歌として知られています。
- 楽曲の歴史:「ジョン・ブラウンの亡骸」「ごんべさんの赤ちゃん」も同じ旋律につながる楽曲で、メロディーの起源は19世紀半ばにさかのぼります。
- 2026年最新情報:6月23日に池袋店のテーマソングが公開され、6月30日の開店に向けた新しい地域別バージョンが登場しました。
【原曲を特定】ヨドバシカメラの歌は「リパブリック讃歌」なのか?

答えは「はい。一般的には『リパブリック讃歌』のメロディーを使った替え歌です」。ヨドバシカメラの歌は、店舗の所在地や商品を紹介する日本語の歌詞を、アメリカで広まった旋律に乗せた企業テーマソングです。
「ま~るい緑の山手線」で始まる印象的なフレーズは、音楽の専門知識がなくても口ずさめるほど覚えやすいものです。しかし、このメロディーはヨドバシカメラのために一から作曲されたものではありません。19世紀のアメリカで歌われていた旋律が、異なる歌詞をまといながら長い年月を経て、日本の家電量販店のCMソングとして定着しました。
2004年に家電量販店のテーマソングを集めたコンピレーションアルバム「エレクトリックパーク」を取り上げたASCII.jpの記事でも、ヨドバシカメラの歌は「作詞:藤沢昭和、原曲:リパブリック讃歌」と紹介されています。原曲と作詞者の関係は、当時の音楽業界の資料でも確認できる情報です。
ただし、音楽史を詳しく見ると、「リパブリック讃歌が最初に作られた曲」という理解には補足が必要です。現在のヨドバシカメラの歌に使われている旋律には、「リパブリック讃歌」より前の段階があり、複数の歌へと受け継がれてきました。
【楽曲の由来】ウィリアム・ステッフ作曲と「ジョン・ブラウンの亡骸」の歴史
メロディーの歴史を理解するには、19世紀半ばのアメリカまでさかのぼる必要があります。米国議会図書館(Library of Congress)の解説によると、この旋律は1850年代に宗教的な集会で歌われていた「Say, Brothers, Will You Meet Us?」に関連し、後に複数の歌詞が付けられて広まりました。
この旋律の作曲者として一般に名前が挙がるのが、ウィリアム・ステッフ(William Steffe)です。米国議会図書館の解説では、ステッフが1856年ごろに旋律と初期の歌詞を作ったと説明されています。一方、スミソニアン・フォークウェイズの楽曲解説では、彼は作曲者というより既存の旋律を採譜した人物だった可能性も指摘されています。そのため、作曲者の帰属については断定しすぎないことが大切です。
この旋律が広く知られるようになった過程で重要なのが、「ジョン・ブラウンの亡骸(John Brown's Body)」です。ジョン・ブラウンは、奴隷制廃止を目指した活動家で、1859年にハーパーズ・フェリーの武器庫襲撃を指揮し、同年12月に処刑されました。彼の死後、その名を歌詞に取り入れた行進歌が広まり、南北戦争期には北軍の兵士たちにも歌われました。
さらに1861年、詩人ジュリア・ウォード・ハウ(Julia Ward Howe)が、この旋律に新たな歌詞を付けました。翌1862年に発表された作品が「リパブリック讃歌」です。アメリカの南北戦争と奴隷制廃止運動を背景に生まれた歌は、やがて広く知られる愛国歌となりました。
米国議会図書館やアメリカ戦場跡地保護団体のAmerican Battlefield Trustによる楽曲史の説明を整理すると、次のような流れになります。
| 時期 | 楽曲・人物 | 歴史上の位置付け |
|---|---|---|
| 1850年代 | 「Say, Brothers, Will You Meet Us?」 | 宗教的な集会で歌われた旋律の初期形態 |
| 1856年ごろ | ウィリアム・ステッフ | 旋律の作曲者として一般に知られる人物。起源には諸説がある |
| 1859年以降 | 「ジョン・ブラウンの亡骸」 | ジョン・ブラウンの名を冠した歌詞が広まり、南北戦争期の行進歌として普及 |
| 1861~1862年 | ジュリア・ウォード・ハウと「リパブリック讃歌」 | 新しい歌詞が作られ、現在知られる作品へと発展 |
| 日本での普及 | 「ごんべさんの赤ちゃん」など | 同じ旋律に日本語の歌詞を付けた歌が広まり、童謡や替え歌として親しまれる |
| ヨドバシカメラの店舗展開 | 「ヨドバシカメラの歌」 | 店舗や地域に合わせた歌詞で、企業のCMソング・店内BGMとして定着 |
ここで押さえておきたいのは、「ジョン・ブラウンの亡骸」と「リパブリック讃歌」は、別々の旋律を持つ無関係な曲ではないという点です。同じ旋律を共有しながら歌詞が変化し、それぞれ異なる歴史的意味を持つようになりました。
【童謡との関係】「ごんべさんの赤ちゃん」とヨドバシカメラの歌はなぜ同じメロディー?
ヨドバシカメラの歌を聞いて「ごんべさんの赤ちゃん」を思い出す人がいるのは、偶然ではありません。両者は同じ旋律の系譜に属しており、メロディーに別の歌詞を付けるという共通点があります。
「ごんべさんの赤ちゃん」は、英語圏の歌「John Brown's Baby」に由来する日本の遊び歌として知られています。英語の歌詞では赤ちゃんが風邪をひき、手当てを受けるという内容が歌われます。日本では、赤ちゃんの風邪やくしゃみを題材にした、子どもが覚えやすい歌詞へと変化しました。
この「John Brown's Baby」と「John Brown's Body」は名前が似ているだけではありません。どちらも同じ旋律に結び付いています。ただし、歌詞の内容や成立の経緯は異なります。「ジョン・ブラウンの亡骸」は南北戦争期の歴史と関わる行進歌であり、「ジョン・ブラウンの赤ちゃん」はその旋律を使った別の歌です。
日本では、同じ旋律が「おたまじゃくしはカエルの子」や「ともだち讃歌」などにも使われてきました。こうした例を並べると、ひとつのメロディーが宗教歌、戦争期の行進歌、童謡、企業CMソングへと姿を変えてきたことが分かります。
つまり、ヨドバシカメラの歌と「ごんべさんの赤ちゃん」は、どちらかが直接もう一方の歌詞を借りたというより、広く共有されてきた旋律をそれぞれ別の目的で使ったものと理解するのが自然です。旋律の由来を知ると、店内で耳にする短いCMソングも、より長い音楽史の一部として聞こえてきます。
【作詞者と店舗別歌詞】藤沢昭和が地域ごとに歌詞を変えた理由
ヨドバシカメラの歌の作詞者として知られるのが、創業者の藤沢昭和です。2004年のASCII.jpによる家電量販店のCMソング特集では、同社の歌について「作詞:藤沢昭和」と記載されています。同記事では、ビックカメラとヨドバシカメラの双方について、社長自らが作詞した点にも触れています。
歌詞の特徴は、単に会社名を繰り返すだけではないことです。新宿西口本店のバージョンでは、山手線や中央線といった鉄道路線を歌い、店舗の所在地を覚えやすく伝えています。秋葉原や横浜、梅田、札幌などのバージョンでも、地域名や交通アクセス、街の特徴を取り入れた歌詞が使われてきました。
店舗別の歌詞が存在する理由は、店舗の立地や商圏に合わせて、店の名前と場所を音楽で印象付けられるからです。全国共通のメロディーを使えば、ブランドとしての統一感を保ちながら、地域ごとに異なる情報を伝えられます。これは店舗型小売業の広告として、合理的な仕組みです。
代表的なバージョンの違いを整理すると、次のようになります。
- 新宿西口本店:山手線や中央線、新宿駅西口を軸に、店舗の所在地を印象付ける構成。
- マルチメディアAkiba:秋葉原の街や、つくばエクスプレスなど地域の交通・商業環境を取り入れた構成。
- 横浜店:横浜駅西口や駅からのアクセスなど、立地を意識した歌詞。
- 梅田店・札幌店など:各地域の名称や店舗の特徴を盛り込んだバージョン。
- マルチメディア池袋:2026年に公開された新しいバージョン。「新宿西口駅前と」に続けて「みんなが集まる池袋」と歌う構成が特徴。
店舗別の歌詞は、すべてが完全に別の曲というわけではありません。基本の旋律を共有しながら、地域名や紹介する内容を差し替えたり、歌詞の構成を調整したりしています。なお、全店舗の現行歌詞がひとつの公式資料に集約されているわけではないため、過去に紹介されたバージョンと現在の店内BGMが必ず一致するとは限りません。
【2026年最新】池袋店のテーマソングとヨドバシカメラの店内BGM
2026年の新しい動きとして注目されたのが、ヨドバシカメラ マルチメディア池袋のテーマソングです。ITmedia NEWSの2026年6月24日付の記事によると、ヨドバシカメラは6月23日に池袋店のオープン告知動画を公開し、その中で新しいテーマソングを披露しました。
池袋店のバージョンでは、「新宿西口駅前と」に続けて「みんなが集まる池袋」と歌う構成が採用されました。東京都内の従来のバージョンでは、同じ位置に地域名を入れて「〇〇のヨドバシカメラ」と歌うことが多く、池袋店の表現は特徴的です。
同店は2026年6月30日に池袋駅東口にオープンしました。ITmedia NEWSは、総売場面積が約3万3000平方メートルで、地下1階から地上6階までの7フロアで構成される店舗として報じています。池袋にはビックカメラやヤマダデンキなども集まっており、店舗の存在感を印象付ける広告表現という点でも、新しいテーマソングは興味深い事例です。
この事例から分かるのは、ヨドバシカメラの歌が昔から変わらない懐かしいCMソングであると同時に、店舗展開に合わせて更新される広告資産でもあることです。新しい店舗ができれば、その街の名前や特徴を盛り込む余地が生まれます。
店内BGMとテレビCMについても、基本的な旋律が共通していても、歌詞や編曲、録音、使用する部分が異なる場合があります。そのため、インターネット上で聞いた音源と、実際の店舗で流れる音源が完全に同じとは限りません。
「ヨドバシカメラの歌の歴代CMソング」を調べる際には、別々の曲が何度も作られたと考えるより、共通の旋律を軸に、時代や地域に合わせたバージョンが展開されてきたと捉えると、変化の全体像を理解しやすくなります。
【歌詞の違いと権利】替え歌なのに商標登録されているのはなぜ?
ヨドバシカメラの歌には、古い旋律を利用していることと、企業独自の広告として使われていることという、ふたつの側面があります。この違いを理解すると、歌詞や地域別バージョンの扱いについても整理しやすくなります。
最初に、原曲の旋律とヨドバシカメラ独自の歌詞は、分けて考える必要があります。原曲である「リパブリック讃歌」は19世紀の作品で、原曲の著作権保護期間は満了しています。一方、独自に付けられた歌詞や編曲、録音物には、それぞれ別の権利が関係する場合があります。
知的財産を扱うLa Bussola IP Officeが2026年10月26日に公開した解説によると、ヨドバシカメラのCMソングは2015年7月6日に音商標として出願され、2017年7月14日に商標登録を受けています。登録番号は第5963049号です。
ここで誤解しやすいのが、商標登録によってヨドバシカメラが「リパブリック讃歌」という原曲そのものを独占しているわけではないという点です。商標権は、登録された音や指定された商品・サービスなどとの関係で判断されます。原曲を普通に歌ったり演奏したりする行為まで、当然に商標権の侵害になるわけではありません。
また、原曲の旋律がパブリックドメインであることと、ヨドバシカメラのCM音源を自由に複製・配布・商用利用できることも別問題です。独自の歌詞、編曲、録音などについては、利用方法によって権利の確認が必要になります。
歌詞の違いを調べる場合も、次の3点を区別することが大切です。
- メロディー:19世紀の「リパブリック讃歌」などにつながる共通の旋律。
- 歌詞・編曲:藤沢昭和による企業向けの歌詞や、地域ごとの変更、各音源のアレンジ。
- 商標・録音物:企業のブランド識別に関わる登録音商標や、具体的な録音・制作物に関する権利。
こうして分けて考えれば、「古いアメリカ民謡なのに、なぜ企業のテーマソングとして独自性があるのか」という疑問も解けます。メロディーの歴史は古くても、店舗名や地域の特徴を盛り込んだ歌詞、編曲、企業のブランドとしての使い方には、独自の価値があるのです。
【ヨドバシカメラの曲原曲】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ヨドバシカメラの歌の原曲は何ですか?
A1:一般には、アメリカの「リパブリック讃歌(The Battle Hymn of the Republic)」のメロディーが原曲として知られています。さらに歴史をさかのぼると、「ジョン・ブラウンの亡骸」や「Say, Brothers, Will You Meet Us?」などにつながる旋律です。
Q2:「ごんべさんの赤ちゃん」と「ジョン・ブラウンの亡骸」は同じ曲ですか?
A2:歌詞は異なりますが、同じ旋律の系譜に属します。「ごんべさんの赤ちゃん」は英語の「John Brown's Baby」に由来する遊び歌で、「ジョン・ブラウンの亡骸」は南北戦争期に広まった行進歌です。
Q3:ヨドバシカメラの歌は誰が作詞したのですか?
A3:作詞者として知られるのは、ヨドバシカメラ創業者の藤沢昭和です。2004年のASCII.jpの記事でも、同社の歌は「作詞:藤沢昭和、原曲:リパブリック讃歌」と紹介されています。
Q4:店舗によって歌詞が違うのはなぜですか?
A4:店舗の所在地や地域の特徴を覚えやすく伝えるためです。新宿西口本店では鉄道路線や駅名が登場し、秋葉原や横浜などのバージョンでも地域に合わせた歌詞が使われています。
Q5:2026年に新しいバージョンは登場しましたか?
A5:はい。2026年6月23日に池袋店のオープン告知動画が公開され、「みんなが集まる池袋」と歌うテーマソングが披露されました。同店は6月30日にオープンしています。
Q6:原曲がパブリックドメインなら、ヨドバシカメラの歌も自由に使えますか?
A6:必ずしもそうではありません。原曲の旋律と、独自の歌詞・編曲・録音物・商標は別に考える必要があります。具体的な利用や商用利用を検討する場合は、対象となる音源や利用方法に応じて権利を確認してください。
まとめ:【プロの結論】ヨドバシカメラの歌は古い旋律と地域広告の融合
ヨドバシカメラの歌の原曲は、一般に「リパブリック讃歌」として知られています。その背景には、ウィリアム・ステッフに帰属されることの多い19世紀半ばの旋律、「ジョン・ブラウンの亡骸」、そして「ごんべさんの赤ちゃん」へとつながる長い音楽史があります。
一方、ヨドバシカメラの歌を企業広告として特徴付けているのは、藤沢昭和による作詞と、店舗ごとの歌詞の工夫です。新宿西口、秋葉原、横浜、梅田、札幌、そして2026年の池袋店と、同じメロディーが地域ごとの情報を伝える役割を果たしてきました。
プロの視点で押さえたいのは、「原曲の歴史」「歌詞の制作者」「店舗ごとの広告表現」「権利関係」を混同しないことです。原曲の旋律が古いからといって、現在のCM音源や独自の歌詞まで自由に利用できるわけではありません。また、店舗別の歌詞が違うからといって、必ずしも別の楽曲が作曲されたわけでもありません。
2026年の池袋店バージョンは、このテーマソングが過去の懐かしいCMにとどまらず、新しい店舗の開業や地域戦略に合わせて更新され続けていることを示しています。次に店内であのメロディーを耳にしたときは、19世紀のアメリカから日本の童謡、そして現代の店舗広告まで続く、長い旋律の旅を思い出してみてください。