ヨドバシカメラのCMでおなじみの「ヨドバシカメラの歌」。一度聴くと耳に残る軽快なメロディですが、その原曲がアメリカの歌だと知っているでしょうか。実は、この曲はアメリカの愛国歌「リパブリック讃歌(The Battle Hymn of the Republic)」と同じ旋律を使っており、さらに童謡「ごんべさんの赤ちゃん」や、南北戦争時代の流行歌「ジョン・ブラウンの亡骸」とも深いつながりがあります。
ただし、これらの曲は単純に一曲ずつ順番に生まれたわけではありません。メロディの起源には諸説があり、作曲者として知られるウィリアム・ステッフの功績についても、歴史資料によって説明に違いがあります。2026年10月時点の公開情報を踏まえ、ヨドバシカメラの歌の原曲、歌詞の由来、店舗別バージョンの特徴まで整理します。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 原曲の答え:ヨドバシカメラの歌は「リパブリック讃歌」と同じメロディを使用した替え歌です。
- 童謡との関係:「ごんべさんの赤ちゃん」と「ジョン・ブラウンの亡骸」も、同じ旋律につながる別の歌です。
- 作詞者と歴史:ヨドバシカメラの歌は藤沢昭和の作詞とされ、店舗ごとに地域性を反映した歌詞が使われてきました。
- 2026年の最新事情:歴史的な原曲の系譜と、現在のCMや店内で流れるアレンジは分けて考える必要があります。
【結論】ヨドバシカメラCMの原曲は「リパブリック讃歌」

ヨドバシカメラのCMソング「ヨドバシカメラの歌」の原曲として一般的に紹介されているのは、アメリカの歌「リパブリック讃歌」です。英語の原題はThe Battle Hymn of the Republic。日本では「リパブリック賛歌」と表記されることもあります。
楽曲情報を掲載するJOYSOUNDでも、「ヨドバシカメラの歌」の作詞は藤沢昭和、作曲欄はリパブリック讃歌と記載されています。つまり、ヨドバシカメラの歌は独自の旋律を一から作った曲ではなく、すでに広く知られていたメロディに、店舗や商品を紹介する日本語の歌詞を付けたものです。
冒頭の「丸い緑の山手線」というフレーズで知られる歌は、東京の鉄道路線と新宿西口の店舗を結び付けています。メロディそのものはアメリカ由来でありながら、歌詞を聴けば日本の家電量販店の広告だとすぐに分かる。この対比が、楽曲の面白さです。
ここで押さえておきたいのは、「原曲」という言葉には二つの意味があることです。ヨドバシカメラの歌が直接参照する曲としてはリパブリック讃歌が代表的ですが、そのメロディ自体には、さらに古い讃美歌や集会歌にさかのぼる歴史があります。
【メロディの由来】Say, Brothersからジョン・ブラウンの亡骸、そしてリパブリック讃歌へ
ヨドバシカメラの歌の旋律を理解するには、19世紀アメリカで広まった複数の歌を区別する必要があります。よく知られた系譜の中心にあるのが、「Say, Brothers, Will You Meet Us」「John Brown's Body」「The Battle Hymn of the Republic」の三曲です。
1.「Say, Brothers, Will You Meet Us」
この曲名は「兄弟たちよ、会いに来てくれるか」といった意味で、アメリカの宗教的な集会で歌われた讃美歌・集会歌として知られています。後にリパブリック讃歌へとつながる旋律の初期の形にあたります。
ウィリアム・ステッフは、このメロディの作曲者としてしばしば紹介される人物です。米国議会図書館(Library of Congress)の解説では、ステッフが1856年ごろに旋律と初期の歌詞を作ったと説明されています。
一方、讃美歌の歴史を扱うHymnology Archiveなどの研究では、類似する歌が19世紀初頭の讃美歌集にすでに掲載されていたことから、ステッフが旋律の最初の発明者だったのか、それとも既存の旋律を採譜・整理したのかについて議論があります。したがって、「ウィリアム・ステッフが1856年にゼロから作曲した」と断定するよりも、彼がこの旋律の成立史に関係する人物として伝えられている、と理解するのが正確です。
2.「ジョン・ブラウンの亡骸(John Brown's Body)」
次に登場するのが、アメリカ南北戦争の時代に広まった「John Brown's Body」です。日本語では「ジョン・ブラウンの亡骸」や「ジョン・ブラウンの屍」などと表記されます。
ジョン・ブラウンは、奴隷制廃止を目指した活動家です。1859年にハーパーズ・フェリーの連邦武器庫を襲撃し、同年12月に処刑されました。その後、彼の名前を取り入れた歌が北軍兵士らの間で歌われ、既存の旋律に新しい歌詞が結び付いていきます。
ただし、「John Brown's Body」と「リパブリック讃歌」は同じ曲名の別表記ではありません。前者はジョン・ブラウンの名前を歌詞に含む流行歌、後者は同じ旋律に別の詩を付けた歌です。
3.「The Battle Hymn of the Republic(リパブリック讃歌)」
現在知られているリパブリック讃歌の歌詞を書いたのは、アメリカの詩人ジュリア・ウォード・ハウです。米国議会図書館の歴史解説によると、ハウは1861年に兵士たちが歌う「John Brown's Body」を耳にしたことをきっかけに、新たな歌詞を作りました。その詩は1862年2月、雑誌『The Atlantic Monthly』に掲載されました。
こうして、もともとの集会歌に由来する旋律は、南北戦争時代の流行歌を経て、宗教的な表現と愛国的な意味を持つリパブリック讃歌へと発展しました。ヨドバシカメラの歌は、この長い歴史を持つ旋律を広告に取り入れたものです。
【比較表】ヨドバシカメラの歌と原曲・童謡の関係を整理
曲名が複数登場するため混同しやすいものの、歌詞と旋律を分けて整理すれば関係は明確になります。次の表は、それぞれの曲の役割と歴史的な位置付けをまとめたものです。
| 曲名 | 時代・背景 | ヨドバシカメラの歌との関係 |
|---|---|---|
| Say, Brothers, Will You Meet Us | 19世紀初頭までさかのぼる集会歌の系譜。1850年代のステッフ作曲説もある | リパブリック讃歌につながる旋律の初期形として知られる |
| John Brown's Body(ジョン・ブラウンの亡骸) | 1861年ごろの南北戦争時代に広まった歌 | リパブリック讃歌と共通の旋律を持つ、別の歌詞による歌 |
| The Battle Hymn of the Republic(リパブリック讃歌) | ジュリア・ウォード・ハウの歌詞が1862年に発表された | ヨドバシカメラの歌の原曲として一般的に紹介される |
| John Brown's Baby(ジョン・ブラウンの赤ちゃん) | 「John Brown's Body」をもとにした英語の替え歌 | 日本の「ごんべさんの赤ちゃん」につながる |
| ごんべさんの赤ちゃん | 英語の替え歌をもとにした日本の童謡・遊び歌 | ヨドバシカメラの歌と同じ旋律を使う別の歌 |
| ヨドバシカメラの歌 | 藤沢昭和作詞とされる企業CMソング・店内BGM | リパブリック讃歌の旋律に店舗や商品を紹介する歌詞を付けている |
表から分かるように、「リパブリック讃歌」と「ごんべさんの赤ちゃん」は、どちらか一方がもう一方の直接の原曲という関係ではありません。どちらも共通する旋律の歴史につながる、異なる歌詞の作品です。
また、ステッフ作曲説と、より古い集会歌を起源とする説は、必ずしも完全に相反するものではありません。1850年代に旋律が整理・普及したことと、それ以前から似た旋律が存在したことは両立し得ます。歴史を調べる際には、「最初に記録された時期」「旋律を整えた人物」「現在知られる歌詞が成立した時期」を分けて考えることが重要です。
【童謡との関係】ごんべさんの赤ちゃんも同じメロディなのはなぜ?
「ごんべさんの赤ちゃん」は、日本の子どもたちに親しまれてきた遊び歌です。赤ちゃんが風邪をひき、周囲の大人が手当てをするという内容で、歌いながら身振りを付けて遊ぶこともあります。
この歌の英語版にあたるものとして知られているのが「John Brown's Baby」です。英語の歌詞では、ジョン・ブラウンの赤ちゃんが胸の風邪をひき、樟脳油を塗ってもらうという内容が歌われます。日本語版では、歌いやすく親しみやすい表現へと変化しました。
つまり、「ごんべさんの赤ちゃん」とヨドバシカメラの歌は、メロディが似ているだけの偶然の一致ではありません。いずれも、リパブリック讃歌やジョン・ブラウンの亡骸と共通する旋律の流れに位置する歌です。
ただし、日本の童謡とヨドバシカメラの歌が、どちらか一方から直接生まれたと考える必要はありません。同じ旋律に別々の歌詞を付ける替え歌の文化が、それぞれの曲を成立させています。
このような現象は、ヨドバシカメラの歌だけに限りません。同じ旋律は「おたまじゃくしは蛙の子」や「ともだち讃歌」など、異なる歌詞を持つ日本の歌にも使われています。メロディが覚えやすく、繰り返しの多い構造を持っていることは、さまざまな替え歌が生まれた背景の一つと考えられます。
なお、童謡として歌われているからといって、旋律の歴史的な背景まで日本独自というわけではありません。子どもの遊び歌としての親しみやすさと、アメリカの宗教歌・戦時歌に由来する歴史は、別の側面として理解すると混乱しません。
【歌詞の由来】藤沢昭和の作詞と店舗別バージョンの秘密
ヨドバシカメラの歌の大きな特徴は、よく知られた旋律に、店舗名や交通アクセス、取り扱い商品を紹介する歌詞を組み合わせていることです。楽曲情報を掲載するJOYSOUNDでは、作詞者として藤沢昭和の名前が記載されています。
また、2005年のASCII.jpによる「ヨドバシカメラマルチメディアAkiba」の取材記事でも、同曲は藤沢昭和作詞、原曲はリパブリック讃歌と紹介されています。記事では、店舗ごとに歌詞が異なり、秋葉原店のバージョンには、つくばエクスプレスに触れたフレーズも盛り込まれていたことが報告されています。
この店舗別の仕組みは、単なる歌詞の違いにとどまりません。新宿西口の店舗なら山手線や中央線、秋葉原の店舗なら地域の交通事情というように、場所に応じた情報を歌に取り込めます。全国共通の旋律を維持しながら、各店舗の個性も伝えられるわけです。
ヨドバシカメラは、2024年11月時点で24店舗を展開していたとされ、2024年度の日本経済新聞社「日本の専門店調査」では、単独決算を主な対象とする売上高で家電量販店の第2位に位置付けられています。こうした規模の小売チェーンにおいて、共通のメロディと地域ごとの歌詞を組み合わせる手法は、ブランド認知と店舗の個性を両立させる仕掛けとして理解できます。
加えて、歌詞にはカメラだけでなく、パソコンや家電など、幅広い商品を紹介する表現も登場します。時代とともに家電量販店の取り扱い商品が広がってきたことを考えると、旋律を変えずに歌詞を更新できる点も、この曲の実用的な強みです。
なお、テレビCMで使用される音源、店舗内で流れる音源、地域別の歌詞は、必ずしもすべて同一とは限りません。「歴代CMソング」という言葉で検索した場合も、別の曲へ全面的に切り替わった履歴だけでなく、同じ旋律を使った歌詞やアレンジの違いを含めて考える必要があります。
【2026年最新】ヨドバシカメラのCMソングは変わった?原曲の真相と誤解
2026年10月時点で、公開情報からは、ヨドバシカメラの歌を全国共通の別の新曲へ全面的に変更したとする公式告知は見当たりません。少なくとも、同曲の原曲を説明する資料や楽曲情報では、リパブリック讃歌の旋律を使った歌として扱われています。
ただし、これはすべての店舗・すべてのCMで、常に同じ音源や歌詞が使われているという意味ではありません。店舗別の歌詞やアレンジ、広告の尺、映像に合わせた編集などは、原曲そのものの変更とは区別する必要があります。
「ヨドバシカメラの歌の原曲は、ごんべさんの赤ちゃん」という説明を見かけることもあります。これは、両曲が同じ旋律を使っているという点では理解できますが、歴史的な起源を厳密に説明するなら不十分です。ヨドバシカメラの歌の原曲として一般的に挙げられるのはリパブリック讃歌であり、ごんべさんの赤ちゃんも共通する旋律を持つ別の替え歌です。
もう一つの誤解は、「リパブリック讃歌のメロディはウィリアム・ステッフが1856年に作曲したことが完全に確定している」という見方です。ステッフ作曲説は広く紹介されていますが、古い讃美歌集に類似する旋律が見つかっているため、起源については研究上の議論が残ります。確実性の高い説明をするには、ステッフの名前だけでなく、旋律がそれ以前から歌われていた可能性にも触れる必要があります。
また、古い旋律が著作権保護期間を終えている場合でも、現在流通する録音や編曲、日本語の歌詞まで自由に利用できるとは限りません。ヨドバシカメラの歌を動画や広告に使用したい場合は、歴史的な原曲の権利と、実際に利用する音源・編曲・歌詞の権利を分けて確認することが大切です。
【ヨドバシカメラ cm 原曲】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ヨドバシカメラのCMソングの原曲は何ですか?
A1:一般的には、アメリカの歌「リパブリック讃歌(The Battle Hymn of the Republic)」が原曲として紹介されています。ヨドバシカメラの歌は、その旋律に藤沢昭和作詞とされる日本語の歌詞を付けた替え歌です。
Q2:「ごんべさんの赤ちゃん」とヨドバシカメラの歌はどちらが先ですか?
A2:旋律の歴史は、両曲よりも古いアメリカの集会歌や讃美歌の系譜にさかのぼります。「ごんべさんの赤ちゃん」は「John Brown's Baby」をもとにした日本の遊び歌で、ヨドバシカメラの歌とは共通する旋律を使った別の歌です。単純に両曲のどちらか一方が、もう一方の直接の原曲という関係ではありません。
Q3:ウィリアム・ステッフが原曲を作曲したのですか?
A3:ウィリアム・ステッフは、リパブリック讃歌につながる旋律の作曲者として広く紹介されています。ただし、より古い時代の讃美歌集にも類似する旋律が記録されているため、彼が最初の作曲者なのか、既存の旋律を採譜・整理した人物なのかについては議論があります。
まとめ:原曲の歴史を知ればヨドバシカメラの歌がもっと面白くなる
ヨドバシカメラのCMソングの原曲をたどると、リパブリック讃歌、ジョン・ブラウンの亡骸、ごんべさんの赤ちゃん、そしてSay, Brothers, Will You Meet Usという、異なる時代と文化を結ぶ旋律の歴史が見えてきます。
直接の原曲として一般的に紹介されるのはリパブリック讃歌です。その歌詞はジュリア・ウォード・ハウによって1861年に書かれ、1862年に発表されました。一方、旋律の起源はさらに古く、ウィリアム・ステッフの作曲者としての位置付けにも歴史的な議論があります。
日本では、この旋律が童謡や遊び歌、企業のCMソングへと姿を変えました。藤沢昭和作詞とされるヨドバシカメラの歌は、地域の交通事情や商品情報を歌詞に取り込むことで、親しみやすいメロディを店舗の案内とブランド認知に結び付けています。
2026年に原曲を調べる際の判断基準は、「直接の原曲」「旋律の歴史的な起源」「同じ旋律を使う別の歌」を区別することです。この三つを分けて理解すれば、「ごんべさんの赤ちゃんが原曲なのか」「リパブリック讃歌が原曲なのか」という疑問も整理できます。何気なく耳にしていたCMソングには、19世紀アメリカから日本の童謡、そして現代の広告へと受け継がれてきた長い音楽の歴史が刻まれているのです。