「まあるい緑の山手線」というフレーズでおなじみの「ヨドバシカメラの歌」。店内やテレビCMで耳にするこの曲には、意外な音楽史があります。原曲はアメリカの「リパブリック讃歌(The Battle Hymn of the Republic)」で、日本では「権兵衛さんの赤ちゃん」や「ともだち讃歌」と同じ旋律を持つ曲としても知られています。
ヨドバシカメラの歌は、単に有名なメロディーを借りたCMソングではありません。店舗の場所や地域の特徴を歌詞に取り込み、企業名と買い物のイメージを結び付けてきました。2026年時点で押さえたい誕生の経緯、作詞者、店舗別の歌詞の違い、著作権と音商標の関係まで、公開資料と報道をもとに整理します。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:ヨドバシカメラの歌の原曲は、アメリカの「リパブリック讃歌」。
- 要点2:1975年の新宿西口本店の開店時期に合わせて誕生したと広く紹介され、作詞は当時の社長・藤沢昭和氏によるものとされています。
- 要点3:原曲の旋律がパブリックドメインであることと、ヨドバシカメラ版の歌詞・録音・音商標を自由に利用できることは別問題です。
【原曲を特定】ヨドバシカメラの歌は「リパブリック讃歌」なのか?

答えは「はい、原曲として知られるのはアメリカの『リパブリック讃歌』です」。英語の原題は「The Battle Hymn of the Republic」。日本語では「リパブリック賛歌」と表記されることもあります。
ヨドバシカメラの歌は、この曲の親しみやすい旋律を使い、店舗の場所や取り扱い商品を伝える歌詞を付けたものです。メロディーを聴けば共通点が分かりやすい一方、歌詞の内容や曲が使われる場面は大きく異なります。
加えて、この旋律はヨドバシカメラだけのものではありません。日本では「権兵衛さんの赤ちゃん」「ともだち讃歌」など、別の歌詞を付けた歌としても親しまれています。同じメロディーが、アメリカの歴史を伝える歌から子どもの遊び歌、そして企業のCMソングへと広がったのです。
ここで押さえたいのは、「ヨドバシカメラの歌が原曲」というわけではないという点です。ヨドバシカメラの歌は、長い歴史を持つ旋律に独自の歌詞を載せた作品として位置付けられます。
【意外な音楽史】リパブリック讃歌はどのように生まれたのか?
「リパブリック讃歌」の歴史は、19世紀のアメリカにさかのぼります。アメリカ議会図書館(Library of Congress)の解説によると、この旋律はウィリアム・ステッフ(William Steffe)が1850年代半ばごろに作ったとされる「Say, Brothers, Will You Meet Us?」という歌にさかのぼります。
もともとは宗教的な集会などで歌われた旋律で、現在知られる「リパブリック讃歌」の歌詞が最初から付いていたわけではありません。その後、「ジョン・ブラウンの体(John Brown's Body)」など、別の歌詞を付けた歌が広まりました。
南北戦争期には、詩人ジュリア・ウォード・ハウ(Julia Ward Howe)が新たな歌詞を書き、1862年に「The Battle Hymn of the Republic」として発表されました。これによって、曲はアメリカの南北戦争や北軍の愛国的な歌を象徴する存在として知られるようになります。
つまり、ヨドバシカメラの歌のルーツをたどると、宗教的な集会の歌、南北戦争期の歌、そして日本で親しまれてきた替え歌という複数の段階が見えてきます。現在の店内BGMからは想像しにくいものの、旋律そのものには長い歴史があるのです。
【比較表】権兵衛さんの赤ちゃん・ともだち讃歌との共通点と違い
同じ旋律を持つ歌は、歌詞や用途によってまったく違った印象を生みます。代表的な曲を比較すると、ヨドバシカメラの歌がどのような位置にあるのかが分かります。
| 曲名 | 旋律の関係 | 歌詞・主な用途 |
|---|---|---|
| リパブリック讃歌 | 歴史的な原曲として知られる | アメリカの愛国歌。南北戦争期の歴史と結び付いている |
| 権兵衛さんの赤ちゃん | 同系統の旋律を使う | 赤ちゃんや風邪を題材にした、日本の子どもの遊び歌 |
| ともだち讃歌 | 同じ旋律を使う | 友達とのつながりや仲の良さを歌う作品 |
| ヨドバシカメラの歌 | リパブリック讃歌の旋律を使用 | 店舗名、所在地、商品や買い物の便利さを伝えるCMソング・店内BGM |
「権兵衛さんの赤ちゃん」は、英語圏の「John Brown's Baby」と関連する歌として知られています。「ともだち讃歌」も同じ旋律に別の歌詞を付けた作品です。いずれも、旋律が共通していても歌詞や作品としての成り立ちまで同一というわけではありません。
なお、音楽の歴史を厳密にたどる場合は、リパブリック讃歌と「John Brown's Body」も区別する必要があります。両者は同じ旋律を共有する別の歌であり、旋律の源流はさらに古い宗教的な歌にさかのぼります。
この曲がさまざまな替え歌に使われてきた理由の一つは、繰り返しの多い、覚えやすい旋律にあります。歌詞を入れ替えるだけで異なる内容を伝えやすいため、子どもの歌にも広告にも適したメロディーとして定着していきました。
【誕生の経緯】ヨドバシカメラの歌はいつから?作詞者とCMソングの歴史
ヨドバシカメラの歌は、一般に1975年の新宿西口本店の開店時期に合わせて作られたCMソングとして紹介されています。ヨドバシカメラの公式企業沿革にも、テレビCMソングの放送開始が創業期の出来事として掲載されています。
当時のヨドバシカメラは、カメラを中心とした小売店として事業を拡大していました。公式沿革によると、1975年に新宿西口本店が開店し、1980年代前半には時計、ビデオ、ラジカセ、家電などへと取り扱い商品を広げています。この時期、CMソングも子どもたちを中心に大ヒットし、社名の浸透に貢献したと説明されています。
作詞者については、複数の紹介記事で、当時の社長だった藤沢昭和氏が自ら歌詞を手掛けたとされています。会社の所在地や交通アクセスを歌詞に組み込んだ点は、単に商品名を繰り返すCMとは異なる特徴です。
一方、公式企業沿革はCMソングの放送開始を掲載していますが、初回放送の具体的な日付や、歌詞が最初に完成した日までは明示していません。そのため、1975年という年は開店時期との関係で広く紹介される誕生年として理解するのが適切です。
主な経緯を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 1850年代半ばごろ | 「Say, Brothers, Will You Meet Us?」の旋律が成立したとされる | リパブリック讃歌につながる旋律の源流 |
| 1862年 | ジュリア・ウォード・ハウの歌詞による「The Battle Hymn of the Republic」が発表される | アメリカの歴史を象徴する歌として広まる |
| 1975年 | 新宿西口本店の開店時期に合わせ、ヨドバシカメラの歌が誕生したと紹介される | 所在地と店舗名を印象付けるCMソングとして展開 |
| 1980年代前半 | 家電販売へ事業を拡大し、CMソングも広く知られるようになる | カメラ専門店から総合的な家電販売店へと認知が広がる |
| 2015年 | 代表的な歌の音商標を出願 | 音によるブランド識別を法的に保護する動き |
| 2017年 | 登録番号第5963049号などの音商標が登録される | 企業のブランド資産としての位置付けが明確になる |
この歴史で注目したいのは、歌が店舗の案内と広告を兼ねていることです。新宿西口という場所、山手線や中央線という交通の手掛かり、そして店舗名をひと続きのメロディーに乗せることで、買い物客が店の場所と名前を覚えやすくする仕組みになっていました。
【店舗別の違い】新宿・秋葉原・名古屋・京都では歌詞が変わる?
ヨドバシカメラの歌は、全国どの店舗でも歌詞が完全に同じというわけではありません。2022年のJ-CASTトレンドによる広報取材では、ヨドバシカメラ側が、店内BGMは基本となる部分を共通にしながら、地域に合わせた歌詞を一部に盛り込んで制作していると説明しています。
東京の店舗でおなじみのバージョンでは、山手線や中央線、新宿西口、秋葉原といった地名や路線名が登場します。これに対し、名古屋松坂屋店のバージョンでは地下鉄名城線や東山線、栄や矢場町が歌詞に取り入れられています。
京都のバージョンでは、京都駅前という立地や、買い物の楽しさ、店の親切さを伝える歌詞が使われてきました。店舗によって、交通案内を中心にするものもあれば、街の特徴や買い物の利便性を前面に出すものもあります。
この違いは、単なる歌詞の遊びではありません。地域の人にとってなじみのある駅名や路線名を使うことで、店の場所を具体的にイメージしやすくなります。全国共通のメロディーを維持しながら、歌詞で地域性を加える仕組みは、ブランドの統一感と店舗ごとの親しみやすさを両立させる工夫です。
ただし、過去に紹介された歌詞が2026年の全店舗でそのまま放送されているとは限りません。店舗の営業形態や売り場構成、音源の更新などによって、実際に耳にするバージョンが異なる可能性があります。地域別の違いを楽しむ際は、過去の歌詞紹介と現在の店内放送を区別して考えるとよいでしょう。
【著作権と音商標】原曲がパブリックドメインなら自由に使える?
ヨドバシカメラの歌をめぐっては、「原曲が古いアメリカの歌なら、歌詞も音源も自由に使えるのではないか」という疑問が生まれがちです。しかし、著作権と商標権は保護する対象も役割も異なります。
原曲の旋律がパブリックドメインであることと、ヨドバシカメラ版の歌詞や録音を自由に利用できることは同じではありません。19世紀の旋律や原詞は通常、著作権の保護期間を終えた作品として扱われます。一方、後から付けられた歌詞、独自の編曲、新しい録音などには、それぞれ別の権利が関係する場合があります。
ヨドバシカメラの歌については、藤沢昭和氏が作詞したとされる日本語の歌詞が、原曲の旋律とは別に考えるべき対象です。歌詞の保護期間や権利者、管理状況については、具体的な利用方法に応じて確認する必要があります。
日本音楽著作権協会(JASRAC)の著作権解説でも、音楽には曲だけでなく歌詞も含まれ、演奏、複製、インターネット配信などの利用形態ごとに権利が関係すると説明されています。また、替え歌や編曲については、著作権だけでなく、著作者人格権の一つである同一性保持権が問題になる場合があります。JASRACへの手続きだけで、あらゆる替え歌や編曲の許諾が得られるわけではありません。
さらに重要なのが、ヨドバシカメラの歌に関する音商標です。公開されている商標登録情報によると、同社は2015年7月6日に出願し、2017年7月14日に登録番号第5963049号の音商標の登録を受けています。関連する「みんなのヨドバシカメラ」についても、同日に登録された音商標があります。
音商標とは、音によって商品やサービスの提供元を識別するための商標です。ヨドバシカメラの場合、登録情報には「まるいみどりのやまのてせん」から始まるフレーズなどが記載され、関連する小売サービスなどが指定されています。
ここで混同してはいけないのが、音商標の登録は、原曲の旋律そのものをあらゆる用途で独占できるという意味ではないことです。商標権は、登録された音をブランドの識別標識として保護する仕組みです。著作権は歌詞や編曲、録音などの創作物に関する権利であり、両者は別の制度として機能します。
個人で歌を口ずさむことと、企業の広告に使用すること、既存の音源を動画に挿入して配信することでは、必要となる確認事項も変わります。特に商用利用や動画投稿を考えている場合は、原曲の著作権が切れているという理由だけで判断せず、歌詞・編曲・録音・商標の各権利を分けて確認することが大切です。
【2026年最新】ヨドバシカメラの歌は現在も使われている?
2026年時点でも、ヨドバシカメラの歌は同社を象徴するCMソングとして広く知られています。ヨドバシカメラの公式企業沿革にも、テレビCMソングの放送開始や1980年代前半に広く親しまれた経緯が記録されています。
現在の歌の特徴は、長年受け継がれてきたメロディーを土台にしながら、店舗や地域に応じた歌詞の違いを取り入れてきた点にあります。地域別の歌詞については、J-CASTトレンドの2022年の広報取材でも確認されています。
一方、企業の公式沿革は、全店舗で使われている最新音源や、店舗ごとの歌詞を一括で掲載するカタログではありません。そのため、2026年のすべての店舗で同じ音源が流れている、あるいは各店舗の歌詞が過去の紹介記事から一切変更されていない、とまでは判断できません。
また、音商標の登録は2017年の出来事です。登録された音がブランド保護の対象になっていることは、曲が単なるBGMではなく、企業の識別に役立つ資産として扱われていることを示しています。
この歌が長く記憶に残る理由は、メロディーの親しみやすさだけではありません。駅名、街の名前、店舗名という具体的な情報が短いフレーズにまとまっているため、耳にするたびに特定の場所や買い物の体験を思い出しやすいのです。原曲の歴史と地域別の歌詞を知ると、いつもの店内BGMも違った角度から楽しめます。
【プロの結論】原曲・歌詞・商標を分けて考えることが重要
ヨドバシカメラの歌の正体を理解するうえで、押さえておきたい要点は三つあります。
第一に、メロディーの源流です。原曲として知られるリパブリック讃歌は19世紀のアメリカで広まった旋律を持ち、「権兵衛さんの赤ちゃん」や「ともだち讃歌」などにも共通する音楽的なルーツがあります。
第二に、企業広告としての工夫です。1975年の新宿西口本店の開店時期に合わせて誕生したとされるヨドバシカメラの歌は、店舗の場所や交通アクセスを歌詞に組み込みました。加えて、地域ごとに歌詞を調整することで、全国共通のブランドイメージと地域への親しみを両立させてきました。
第三に、権利関係です。古い原曲の旋律がパブリックドメインであっても、後から作られた歌詞、編曲、録音、音商標まで自動的に自由利用できるわけではありません。特に商用利用では、何を使うのか、どのような形で利用するのかを分けて考える必要があります。
原曲を知りたい人にとっては、リパブリック讃歌の歴史をたどることが最も分かりやすい入口です。一方、店舗別の歌詞や著作権を知りたい人は、メロディーだけでなく、歌詞の作者、録音の権利、音商標の登録内容にも目を向けると、誤解を避けられます。
【ヨドバシカメラの歌原曲】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ヨドバシカメラの歌の原曲は何ですか? A1:アメリカの「リパブリック讃歌(The Battle Hymn of the Republic)」です。日本では「権兵衛さんの赤ちゃん」や「ともだち讃歌」と共通する旋律でも知られています。
Q2:ヨドバシカメラの歌はいつから流れているのですか? A2:1975年の新宿西口本店の開店時期に合わせて誕生したと広く紹介されています。ヨドバシカメラの公式企業沿革にも、テレビCMソングの放送開始が記載されています。
Q3:ヨドバシカメラの歌は著作権が切れているので自由に使えますか? A3:原曲の旋律がパブリックドメインであることと、ヨドバシカメラ版の歌詞・編曲・録音を自由に利用できることは別です。音商標も登録されているため、商用利用や動画配信では、使用する素材と利用方法に応じて権利関係を確認してください。
まとめ:原曲を知ればヨドバシカメラの歌の魅力が見えてくる
ヨドバシカメラの歌は、アメリカのリパブリック讃歌をルーツに持つ、歴史あるメロディーを活用したCMソングです。19世紀の宗教的な歌や南北戦争期の歌を経て、日本では子どもの歌や企業のテーマソングとしても親しまれるようになりました。
1975年の新宿西口本店の開店時期に合わせて誕生したとされるこの曲は、店舗の場所を歌詞に取り込むことで、企業名と地域のイメージを結び付けてきました。店舗ごとに歌詞が異なるのも、その土地の利用者に親しみを持ってもらうための工夫です。
そして、2026年に改めて注目したいのは、音楽の歴史と企業の知的財産が交差する点です。原曲の旋律、独自の歌詞、録音、音商標は、それぞれ異なる観点から理解する必要があります。聞き慣れたメロディーの由来を知ることは、広告音楽の歴史だけでなく、著作権とブランド保護の仕組みを学ぶきっかけにもなります。