ベネフィット・ワンの創業者として知られる白石徳生氏は、福利厚生サービスを企業向けの事業として成長させ、2004年のJASDAQ上場、2006年の東京証券取引所市場第二部への上場などを実現した実業家です。しかし、2025年10月22日、第一生命ホールディングスの専務執行役員とベネフィット・ワンの代表取締役社長・取締役を辞任したことで、その経歴は新たな局面を迎えました。
第一生命ホールディングスが同日付で公表した公式発表によると、ベネフィット・ワンの社内懇親会における社員へのハラスメント行為について、外部の独立した弁護士による調査で行為が認定され、白石氏から各役職の辞任の申し出があったとされています。2026年現在の白石氏を理解するには、創業者としての実績と、経営トップを退くことになった経緯を分けて確認する必要があります。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 経歴:拓殖大学政経学部を卒業後、パソナジャパンを経て1996年に社内ベンチャーとしてビジネス・コープを創業。2000年に代表取締役社長に就任しました。
- 辞任理由:2025年10月22日、第一生命ホールディングスの公式発表で、社内懇親会における社員へのハラスメント行為が外部弁護士の調査で認定されたと説明されています。
- 2026年現在:白石氏はベネフィット・ワンと第一生命ホールディングスの該当役職を退任しています。退任後の新たな役職や活動については、公表情報から明確には確認できません。
【白石徳生の経歴】拓殖大学からパソナグループの社内ベンチャーへ
白石徳生(しらいし・のりお)氏は1967年1月23日生まれの実業家です。拓殖大学政経学部を卒業後、米国でのインターンシップを経験し、株式会社パソナジャパンに入社しました。その後、パソナグループの社内ベンチャー制度を活用して、福利厚生サービスを手がける事業を立ち上げます。
経営者インタビューサイト「TRIGGER」の掲載内容によると、白石氏は学生時代から起業を志向しており、米国でのインターンシップやパソナジャパンでの勤務を通じて、将来的に大きな市場を開拓できる事業を模索していました。
そこで着目したのが、商品にはメーカーと小売店などをつなぐ流通の仕組みがある一方、サービスには多様な事業者の商品を横断的に比較・利用する仕組みが十分に整っていないという問題です。個々の企業が提供するサービスを集約し、企業の従業員にまとめて提供できれば、新しい市場をつくれると考えました。
この発想を事業計画にまとめ、パソナグループの社内ベンチャーコンテストに応募。1996年、社内ベンチャー第1号として株式会社ビジネス・コープを設立しました。創業の出発点は、単に福利厚生メニューを増やすことではなく、サービスを利用する人と提供する事業者をつなぐ流通の仕組みを構築することにありました。
白石氏の経歴を理解するうえで重要なのは、既存の福利厚生制度を運営するだけでなく、複数のサービスを集約して企業向けに提供する事業モデルを構築した点です。この発想が、後のベネフィット・ワンの事業展開を支えることになります。
【年表で整理】ベネフィット・ワン創業から上場までの歴史
ベネフィット・ワンの公式沿革と白石氏の経歴に関するインタビューを照合すると、創業から上場までの流れが見えてきます。特に、1996年の設立、2000年の社長就任、2001年の社名変更、2004年と2006年の上場は、事業の成長をたどるうえで押さえておきたい節目です。
| 時期 | 出来事 | 経営上の意味 |
|---|---|---|
| 1967年1月23日 | 白石徳生氏が誕生 | 後にベネフィット・ワンを創業する実業家としての出発点 |
| 大学卒業後 | 拓殖大学政経学部を卒業。米国でのインターンシップを経てパソナジャパンに入社 | 起業への志向と企業勤務の経験を積む |
| 1995年 | パソナグループの社内ベンチャーコンテストに事業案を応募 | サービス流通という事業構想が社内で評価される |
| 1996年 | 株式会社ビジネス・コープを設立。福利厚生アウトソーシングサービスを開始 | ベネフィット・ワンにつながる事業がスタート |
| 1998年 | 選択型福利厚生制度「カフェテリアプラン」のサービスを開始 | 企業ごとの福利厚生ニーズに対応する仕組みを拡充 |
| 2000年 | 白石氏が代表取締役社長に就任 | 創業事業の経営トップを担う |
| 2001年 | 社名を株式会社ベネフィット・ワンに変更 | 事業ブランドを確立 |
| 2004年 | JASDAQ証券取引所に上場。総会員数100万人を突破 | 市場から資金を調達できる企業へと成長 |
| 2006年 | 東京証券取引所市場第二部に上場 | 上場企業として事業基盤を拡大 |
| 2018年 | EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2018 ジャパンの「Exceptional Growth 部門 大賞」を受賞 | 成長企業の経営者として外部から評価を受ける |
| 2022年 | 公式沿革で総会員数1,000万人突破を記録 | 福利厚生を中心とするサービスの利用基盤が拡大 |
| 2024年5月 | 第一生命ホールディングスの完全子会社化に伴い上場廃止 | 独立上場企業から大手金融グループ傘下へ移行 |
| 2025年10月22日 | 白石氏がベネフィット・ワンの代表取締役社長・取締役および第一生命ホールディングスの専務執行役員を辞任 | 創業者による経営トップとしての役職が終了 |
この年表から分かるのは、ベネフィット・ワンが設立から約8年でJASDAQに上場し、その2年後には東証二部への上場を果たしたことです。2004年には総会員数100万人を突破しており、サービスを集約して提供する事業モデルが利用者を獲得していったことがうかがえます。
また、2024年には第一生命ホールディングスの完全子会社となり、同年5月20日に上場廃止となりました。これは創業期の事業拡大とは異なる、資本関係と経営体制の大きな転換点です。
【ベネフィット・ワン創業者の実績】ベネフィット・ステーションの仕組みと強み
白石氏の代表的な実績を理解するには、ベネフィット・ワンの中核サービスである「ベネフィット・ステーション」の仕組みを知ることが欠かせません。
ベネフィット・ステーションは、企業が福利厚生サービスを導入し、契約条件に応じて従業員などが多様な優待メニューを利用できる総合型サービスです。グルメ、レジャー、ショッピング、学習、育児・介護、引っ越しなど、個別の企業が自社だけで用意するのは難しい幅広いサービスをまとめて提供します。
白石氏が「サービスの流通」に着目した理由は、個々の事業者が提供するサービスを利用者がそれぞれ探すのではなく、利用窓口を集約することで利便性を高められると考えたためです。企業から会費を受け取り、従業員に優待サービスを提供する仕組みは、サービス提供者と利用者をつなぐプラットフォーム型のビジネスモデルとして捉えられます。
もう一つの特徴は、企業が自社の従業員向けに福利厚生を一から設計・運営する負担を軽減できることです。1998年に開始した「カフェテリアプラン」は、企業が設定した福利厚生メニューや利用条件に沿って従業員が選択する仕組みで、福利厚生の柔軟性を高める役割を担ってきました。
ベネフィット・ワンの公式サービス案内によると、2026年4月時点で、優待対象サービスは140万件以上、導入企業・団体は約2万1,700団体、会員数は約1,350万人です。ただし、会員数は福利厚生事業に加えてCRM事業とパーソナル事業を含む合計値であり、ベネフィット・ステーション単独の契約者数を示すものではありません。
同社が公表する料金案内では、法人向けサービスの料金は1人当たり月額1,000円からとされています。実際の契約条件はプランや導入内容によって異なるため、導入を検討する企業は料金だけでなく、利用対象となるメニュー、利用率、従業員のニーズなどを合わせて評価する必要があります。
この事業の本質は、割引メニューを大量に並べることだけではありません。利用者が必要なサービスを探しやすくし、企業側の福利厚生運営を効率化し、サービス提供者に利用機会をもたらすという、複数の当事者をつなぐ構造にあります。
【2025年10月22日の役員人事】白石徳生の辞任理由は何だったのか
白石氏の経歴を語るうえで避けられないのが、2025年10月22日に公表された役員辞任です。第一生命ホールディングスが同日付で発表した「役員人事 専務執行役員の辞任について」には、辞任に至った経緯が具体的に記載されています。
公式発表によると、ベネフィット・ワンは、当時代表取締役社長だった白石氏による同社社員へのハラスメント行為について、社内から相談を受けて調査を実施しました。その結果、疑いを把握し、同社の監査役も出席した取締役会の決定に基づき、同社と利害関係のない外部の独立した弁護士による調査を行いました。
その調査で、社内懇親会におけるハラスメント行為が認定されたと、第一生命ホールディングスは説明しています。調査内容を通知された白石氏からベネフィット・ワンの代表取締役社長および取締役の辞任の申し出があり、同社が10月22日に受理しました。加えて、白石氏から第一生命ホールディングスの専務執行役員についても辞任の申し出があり、同社も同日付で受理しています。
したがって、白石徳生氏の辞任理由について、公式資料から確認できる中心的な事実は、社内懇親会で社員に対するハラスメント行為があったと外部弁護士の調査で認定されたことです。単なる経営方針の相違や通常の人事異動として説明されたものではありません。
一方、公式発表が説明しているのは、調査の経緯、認定された行為の概要、辞任の申し出と受理です。個別の行為の詳細や当事者間のやり取りについて、同資料に記載されていない内容まで推測して断定することはできません。
また、発表文の表現は「辞任の申し出があり、受理した」です。経営責任を考える際には、公式に記載された辞任の手続きと、調査で認定された行為を分けて理解することが大切です。
第一生命ホールディングスは、今回の事態を重く受け止め、ハラスメントを許容しない姿勢と再発防止に向けた対策を進める方針を示しました。創業者であり経営トップでもあった人物の問題は、個人の役職変更にとどまらず、企業のコンプライアンス体制や職場環境に対する信頼にも関わる問題です。
【白石徳生の現在2026年】退任後の肩書とベネフィット・ワンの経営体制
2026年現在、白石氏について公表情報から確認できる重要な点は、2025年10月22日付でベネフィット・ワンの代表取締役社長・取締役を退任し、第一生命ホールディングスの専務執行役員も辞任したことです。
ベネフィット・ワンの会社概要では、2026年の役員情報として、松田清人氏が取締役会長、羽生和之氏が代表取締役社長として掲載されています。白石氏は同社の現行役員として掲載されていません。
このため、白石氏を2026年現在のベネフィット・ワン社長、あるいは第一生命ホールディングスの専務執行役員として紹介するのは正確ではありません。過去のインタビュー記事や経営者プロフィールには、掲載当時の肩書がそのまま残っている場合があるため、情報の公開時期を確認する必要があります。
一方で、退任後に白石氏がどの企業に所属しているのか、新たな会社を設立したのか、経営活動を継続しているのかについては、確認できる公表情報から明確な結論は出せません。役職を退いたという事実と、その後の活動が公表されているかどうかは別の問題です。
ベネフィット・ワン自体は、白石氏の退任後も事業を継続しています。福利厚生、ヘルスケア、インセンティブ、購買・精算代行、CRMなどの事業を展開しており、2024年の完全子会社化以降は第一生命ホールディングスの傘下で運営されています。
ここで押さえておきたいのは、創業者の退任と企業の事業継続を混同しないことです。白石氏が経営トップを離れたことは大きな人事上の出来事ですが、それだけでベネフィット・ワンのサービスが終了したり、過去の事業実績が消えたりするわけではありません。
【実績と評判を検証】白石徳生の功績と経営者としての評価
白石氏の実績を評価する際は、事業の成長、サービスモデルの独自性、第三者からの評価、そして2025年のコンプライアンス問題を、それぞれ異なる観点から確認する必要があります。
事業面では、1996年の創業から2004年のJASDAQ上場、2006年の東証二部上場へと事業を拡大した経歴が代表的です。福利厚生のアウトソーシングからスタートし、カフェテリアプランやインセンティブ、ヘルスケアなどへ領域を広げてきたことは、同社の公式沿革で確認できます。
また、ベネフィット・ワンの公式沿革には、白石氏が代表取締役社長を務めていた2018年に「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2018 ジャパン」の「Exceptional Growth 部門 大賞」を受賞した記録があります。これは、同氏の経営者としての成長実績を考える際に参照できる客観的な評価材料です。
ただし、受賞歴や上場実績だけで経営者としての評価がすべて決まるわけではありません。企業の成長は、社員の働き、取引先との関係、顧客の利用、資本市場の評価など、さまざまな要素によって支えられます。創業者個人の功績として扱う場合にも、企業全体の成果との区別が必要です。
一方、2025年のハラスメント行為の認定は、経営者の評価を考えるうえで無視できない事実です。事業を成長させる能力と、職場で適切な行動を取り、従業員の尊厳を守る責任は別々の評価軸です。前者の実績があるからといって、後者の問題が相殺されるわけではありません。
白石氏に関する公開情報を読む際は、過去のインタビューや受賞歴だけで人物像を判断するのではなく、役職の変更や公式発表も含めて時系列で整理が必要です。反対に、辞任に関する発表だけを理由に、創業以来の事業上の成果まで存在しなかったかのように扱うことも適切ではありません。
【プロの結論】白石徳生氏の経歴は、社内ベンチャーから上場企業へ成長させた起業家としての実績と、2025年に明らかになった経営者としてのコンプライアンス上の問題を併せて理解する必要があります。事業の成果、職場環境への責任、退任後の公的な肩書は、それぞれ別の事実として評価することが、人物記事を読む際の基本的な判断基準です。
【白石徳生】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:白石徳生氏は現在、何をしているのですか?
A1:2025年10月22日付でベネフィット・ワンの代表取締役社長・取締役と、第一生命ホールディングスの専務執行役員を辞任しています。2026年現在、退任後の新たな役職や具体的な活動については、公表情報から明確には確認できません。
Q2:白石徳生氏が第一生命ホールディングスの専務執行役員を辞任した理由は何ですか?
A2:第一生命ホールディングスの2025年10月22日付公式発表によると、ベネフィット・ワンの社内懇親会における社員へのハラスメント行為が、外部の独立した弁護士による調査で認定されました。白石氏から辞任の申し出があり、ベネフィット・ワンと第一生命ホールディングスがそれぞれ受理したと説明されています。
Q3:白石徳生氏は、どのようにしてベネフィット・ワンを創業したのですか?
A3:拓殖大学政経学部を卒業し、米国でのインターンシップを経てパソナジャパンに入社した後、パソナグループの社内ベンチャー制度を活用しました。1996年に株式会社ビジネス・コープを設立し、福利厚生アウトソーシングサービスを開始。2001年にベネフィット・ワンへ社名を変更し、2004年にJASDAQ上場、2006年には東京証券取引所市場第二部への上場を果たしました。
まとめ:白石徳生の経歴と現在を正しく理解するために
白石徳生氏は、パソナグループの社内ベンチャーから出発し、ベネフィット・ワンを福利厚生サービスの大手へと成長させた創業者です。1996年の会社設立、2000年の代表取締役社長就任、2001年の社名変更、2004年と2006年の上場は、その経歴を示す主要な節目です。
しかし、2025年10月22日には、社内懇親会における社員へのハラスメント行為が外部弁護士の調査で認定されたことを受け、ベネフィット・ワンの代表取締役社長・取締役と第一生命ホールディングスの専務執行役員を辞任しました。2026年現在の白石氏を語るうえでは、この公式発表を含めて経歴を捉える必要があります。
白石氏の事業上の功績を理解することと、経営者として求められるコンプライアンスや職場環境への責任を評価することは、両立します。創業者としての過去の実績だけで現在の評価を決めず、また辞任という一つの出来事だけで事業の歴史全体を判断しないことが大切です。
今後、白石氏の新たな役職や活動が公表されれば、現在の経歴を理解するための情報が増える可能性があります。それまでは、公式に確認できる退任日と退任理由、ベネフィット・ワンの現在の経営体制を基準に、事実と推測を区別して情報を読み解くことが重要です。
主な参照資料:第一生命ホールディングス「役員人事 専務執行役員の辞任について」(2025年10月22日)、ベネフィット・ワン公式「沿革・受賞歴」「会社概要」「サービス一覧」、経営者インタビューサイト「TRIGGER」の白石徳生氏インタビュー。
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