「上がらさせていただきます」は、取引先への訪問や目上の人の家を訪ねた際に使ってもよい表現なのでしょうか。丁寧に伝えようとしたつもりでも、敬語の使い方によっては、かえって不自然な印象を与えることがあります。
結論から言うと、標準的な文法では「上がらせていただきます」が適切です。「上がる」は五段活用動詞であり、使役形は「上がらせる」となるため、余計な「さ」を加えた「上がらさせていただきます」は、いわゆる「さ入れ言葉」に当たります。ただし、「上がらせていただきます」も、状況によっては「お邪魔します」などの方が自然です。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 正しい形:「上がらさせていただきます」ではなく「上がらせていただきます」。
- 間違える理由:「させていただきます」を一つの定型表現として捉え、五段活用動詞にも機械的に付けてしまうことが主な原因。
- ビジネスでの対処法:許可や恩恵を受ける意味が必要なければ、「上がります」「お邪魔します」「入らせていただきます」など、場面に合った表現を選ぶ。
【結論】「上がらさせていただきます」は正しい敬語なのか?

「上がらさせていただきます」は、一般的な標準語の文法では不適切な表現です。問題となるのは「いただきます」ではなく、「上がる」に使役の助動詞を付ける際に、不要な「さ」を加えている点です。
「上がる」は五段活用動詞です。五段活用動詞の未然形には、原則として使役の助動詞「せる」を付けます。そのため、「上がる」から作られる使役形は「上がらせる」であり、「上がらさせる」ではありません。
文化庁が公表した平成19年(2007年)の文化審議会答申「敬語の指針」でも、「休まさせていただきます」などの不要な「さ」を含む形が取り上げられています。加えて、文化庁の令和2年度「国語に関する世論調査」の解説では、「休まさせていただきます」「帰らさせてください」「伺わさせます」「読まさせていただきます」について、共通語では適当ではないとされる表現として説明しています。
この考え方を「上がる」に当てはめると、次のように整理できます。
- 誤:「上がらさせていただきます」
- 正:「上がらせていただきます」
- より簡潔な表現:「上がります」
- 訪問先の家に入る際の自然な表現:「お邪魔します」
ただし、文法的に正しい形であれば、いつでも「させていただきます」を使うべきだというわけではありません。正しい活用と、場面に合った敬語の選択は、分けて考える必要があります。
【文法の仕組み】「さ入れ言葉」が生まれる理由と見分け方
「さ入れ言葉」とは、本来は使役の助動詞「せる」を付けるところに、余計な「さ」を加えて「させる」としてしまう表現です。特に「させていただきます」という言い回しと組み合わさった形で使われることがあります。
背景には、「させていただきます」の方が丁寧に聞こえるという意識や、異なる活用をする動詞にも同じ形を当てはめてしまうことがあると考えられます。実際には、「せていただく」と「させていただく」は、どちらか一方が常に正しいわけではありません。動詞の活用によって使い分けます。
見分ける基本は、動詞の活用を確認することです。
- 五段活用動詞:「上がる」→「上がらない」→「上がらせる」
- 五段活用動詞:「休む」→「休まない」→「休ませる」
- 五段活用動詞:「読む」→「読まない」→「読ませる」
- 一段活用動詞:「食べる」→「食べない」→「食べさせる」
- 一段活用動詞:「見る」→「見ない」→「見させる」
「ない」を付けた形を確認すると、活用の違いを見分ける手掛かりになります。五段活用動詞では、未然形に「せる」を付けるのが基本です。一段活用動詞では「させる」を付けます。ただし、実際の判断では動詞の活用そのものを確認することが大切で、単に「さ」という文字が入っているかどうかで決めることはできません。
たとえば、「話させていただきます」は「さ」が含まれていますが、誤用ではありません。「話す」の未然形は「話さ」であり、そこに「せる」が付いているためです。同様に、「見させていただきます」も「見る」の使役形として成立します。
また、文化庁の令和2年度「国語に関する世論調査」は、全国の16歳以上を対象に2021年3月に郵送法で実施され、有効回答数は3,794人、回収率は63.2%でした。同調査の解説は、使役表現について、日常的に耳にする言い方であっても、共通語の文法上は適切ではないとされる形があることを示しています。使用例があることと、標準的な文法として推奨されることは同じではありません。
「さ入れ言葉」を見分けるときは、次の3点を確認すると実用的です。
- 元の動詞が五段活用か、一段活用かを確認する。
- 使役形が「せる」になるのか、「させる」になるのかを確認する。
- 「いただく」を付ける前の段階で、動詞の形が正しいかを確認する。
「さ入れ言葉 一覧」を覚えるだけでは、初めて使う動詞で間違える可能性があります。仕組みを理解しておけば、メールや会議、電話対応などでも応用できます。
【比較表】「上がる」の敬語表現と間違いやすい言い方
「上がらせていただきます」は文法上の形として正しくても、実際の会話では別の表現の方が自然な場合があります。「上がる」の意味と、誰の行為を表すのかに注目すると、適切な敬語を選びやすくなります。
| 表現 | 判定・特徴 | 使い方と注意点 |
|---|---|---|
| 上がらさせていただきます | 標準的な文法では不適切 | 「上がる」に不要な「さ」が入っている。 |
| 上がらせていただきます | 文法上は適切 | 相手の許可や恩恵を受ける意味がある場面で使う。 |
| 上がります | 丁寧な表現 | 自分が上がることを簡潔に伝えられる。 |
| お邪魔します | 訪問時の自然な表現 | 相手の家や部屋に入るときに使いやすい。 |
| お上がりください | 相手への敬語 | 訪問者に室内へ入るよう勧めるときに使う。 |
| 休まさせていただきます | 標準的な文法では不適切 | 「休ませていただきます」とする。 |
| 見させていただきます | 文法上は適切 | 「見る」の使役形。ただし、許可や恩恵の意味が必要かは別に判断する。 |
特に注意したいのは、「上がらせていただきます」と「お上がりください」の違いです。前者は自分の行為について述べる表現で、後者は相手に行為を勧める表現です。自分の行為をへりくだって述べる表現と、相手を立てる表現を混同しないようにしましょう。
また、「上がる」の敬語表現は、意味によって変わります。相手が家に入る場面なら「お上がりになる」「お上がりください」などが使えます。自分が訪問先の室内に入るなら「お邪魔します」が自然です。階段を上る、舞台に上がる、地位が上がるなど、意味が異なる場合には、文脈に合った表現を選ぶ必要があります。
【例文集】「上がらせていただきます」の正しい使い方と自然な言い換え
「上がらせていただきます」を正しく使うには、文法だけでなく、相手との関係や、その行為をすることになった経緯も考える必要があります。場面ごとの例文を確認しましょう。
1.相手の許可を受けて室内に入る場合
例:「それでは、お言葉に甘えて上がらせていただきます。」
相手から室内に入るよう勧められ、それを受け入れる場面なら、自然に使える表現です。ただし、日常的な訪問では「では、お邪魔します」と言うだけでも十分に丁寧です。
2.訪問先で簡潔に伝えたい場合
例:「失礼いたします。お邪魔します。」
取引先や目上の人の家を訪ねたときは、必ずしも「上がらせていただきます」と言う必要はありません。入室することを伝えるなら、「失礼いたします」や「お邪魔します」の方が簡潔で自然な場合があります。
3.舞台や壇上に上がる場合
例:「ご案内いただきましたので、壇上に上がらせていただきます。」
主催者の案内や許可を受けて壇上に上がる場面では、行為の背景が明確です。一方、進行役として単に次の行動を伝えるだけなら、「それでは、壇上に上がります」「それでは、登壇いたします」などでも十分です。
4.ビジネスメールで訪問を伝える場合
例:「当日は、担当者様のご案内に従い、会場に入らせていただきます。」
相手の案内に従うことを明確にするなら、「入らせていただきます」という表現が使えます。ただし、通常の訪問予定を知らせるだけなら、「当日は、14時に貴社へ伺います」とした方が簡潔です。
5.許可を得て資料を確認する場合
例:「こちらの資料を確認させていただいてもよろしいでしょうか。」
相手の資料を確認する許可を求める場面では、「させていただく」の基本的な使い方に合っています。すでに確認の許可を得ていて、単に作業を伝えるなら、「こちらの資料を確認いたします」でも問題ありません。
例文を選ぶ際は、丁寧さを最大限にすることよりも、何をするのか、誰の許可が関係するのかを明確にすることが大切です。
【ビジネス敬語】「させていただきます」と「いたします」の違い
「させていただきます」と「いたします」は、どちらもビジネスの場で使われる丁寧な表現ですが、意味と使いどころは異なります。相手に許可を求めることや、相手から恩恵を受けることが関係するかどうかが、大きな判断基準です。
文化庁の「敬語の指針」では、「させていただく」という形式は、基本的に、自分側の行為について、相手側または第三者の許可を受けて行い、その行為によって恩恵を受けるという事実や気持ちがある場合に使うと説明しています。この2つの条件をどの程度満たすかによって、適切さの度合いが変わります。
一方、「いたします」は「する」の謙譲語として、自分の行為を相手に対して丁重に述べる表現です。許可を受けるという意味を必ずしも含まないため、業務連絡や案内では、こちらの方が自然な場合があります。
「させていただきます」と「いたします」の使い分け例
- 会議の開始:「それでは、会議を開始いたします」
- 発表の開始:「それでは、発表いたします」
- 許可を得て発表する場合:「それでは、発表させていただきます」
- 休業のお知らせ:「誠に勝手ながら、本日は休業いたします」
- 許可や配慮を受けて休む場合:「明日は休ませていただきます」
- 資料を送る場合:「資料をお送りいたします」
- 相手の許可を得て資料を使用する場合:「資料を使わせていただきます」
この違いを理解すると、「させていただきます」の過剰使用も防ぎやすくなります。丁寧さを示すつもりで、すべての動詞に「させていただきます」を付ける必要はありません。
なお、「さ入れ言葉」と「させていただきます」の過剰使用は、同じ問題ではありません。「上がらさせていただきます」は動詞の活用に不要な「さ」が入った問題であり、「説明させていただきます」を許可や恩恵が明確でない場面で多用することは、表現の選び方の問題です。両者を区別することが、敬語を正しく使う第一歩です。
ビジネス敬語のメール表現では、次のような言い換えも役立ちます。
- 「確認させていただきます」→「確認いたします」
- 「ご連絡させていただきます」→「ご連絡いたします」
- 「説明させていただきます」→「ご説明いたします」
- 「送らさせていただきます」→「送らせていただきます」または「お送りします」
- 「休まさせていただきます」→「休ませていただきます」
- 「帰らさせていただきます」→「帰らせていただきます」
- 「読まさせていただきます」→「読ませていただきます」
- 「伺わさせていただきます」→「伺わせていただきます」
言い換えを選ぶときは、単に短くするだけでなく、相手への敬意が適切に伝わるかどうかも確認しましょう。文化庁の指針が重視しているのは、形式的に敬語を重ねることではなく、相互尊重を基本として、場面や相手にふさわしい言葉を選ぶことです。
【上がらさせていただきます】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「上がらさせていただきます」は絶対に使ってはいけませんか? A1:標準的な文法では不適切とされる「さ入れ言葉」です。仕事や改まった場面では「上がらせていただきます」や「お邪魔します」などに言い換えるのが無難です。
Q2:「上がらせていただきます」は正しい敬語ですか? A2:文法上は適切な形です。ただし、「させていただく」は相手の許可や恩恵が関係する場合に適しています。単に訪問先の家に入ることを伝えるなら、「お邪魔します」の方が自然な場合があります。
Q3:「さ入れ言葉」の簡単な見分け方はありますか? A3:元の動詞の活用を確認するのが基本です。「上がる」は五段活用なので「上がらせる」、「休む」は「休ませる」、「読む」は「読ませる」となります。見た目に「さ」があるかどうかだけでは判断できません。
Q4:「させていただきます」と「いたします」は、どちらが丁寧ですか? A4:どちらか一方が常に丁寧というわけではありません。許可や恩恵を受ける意味がある場合は「させていただきます」、業務上の行為を簡潔に伝える場合は「いたします」が適しています。
Q5:「見させていただきます」も「さ入れ言葉」ですか? A5:いいえ。「見る」は一段活用動詞で、使役形は「見させる」です。したがって「見させていただきます」は文法上成立します。ただし、許可や恩恵の意味が必要かどうかは、別に判断する必要があります。
【プロの結論】まとめ:敬語は「長さ」よりも正確さと場面で選ぶ
「上がらさせていただきます」が不適切とされる理由は、敬語として丁寧すぎるからではなく、五段活用動詞「上がる」の使役形に不要な「さ」が加わっているからです。標準的な文法では「上がらせていただきます」が正しい形となります。
ただし、正しい活用を覚えるだけでは十分ではありません。「させていただきます」は、相手の許可や恩恵が関係する場面に適した表現です。訪問先であれば「お邪魔します」、業務上の連絡であれば「いたします」など、状況に応じて簡潔な表現を選ぶことも大切です。
2026年にビジネス敬語を見直す際も、基本となるのは、文化庁の「敬語の指針」が示す相互尊重の考え方です。敬語は、長く複雑な言い回しにすればよいわけではありません。相手に対する敬意を保ちながら、意味が正確に伝わる言葉を選ぶことが、信頼されるコミュニケーションにつながります。
迷ったときは、まず動詞の活用を確認し、次に「させていただく」を使う理由があるかを考えましょう。この2段階を習慣にすれば、「上がらさせていただきます」だけでなく、「休まさせていただきます」「読まさせていただきます」などの間違いやすい敬語も、適切に言い換えられるようになります。