「お先に上がらせていただきます」と上司に伝えるとき、この表現は正しい敬語なのか、もっと自然な言い方があるのではないかと迷った経験はないでしょうか。取引先や目上の人の自宅を訪問した際にも、「上がらせていただきます」という言葉を耳にすることがあります。
「上がらせていただきます」は、仕事を終えて職場を出る場面と、相手の許可を得て家や部屋に入る場面の両方で使われます。同じ言葉でも意味が変わるため、状況に合わない使い方をすると、丁寧に伝えたつもりでも不自然な印象を与えかねません。
【この記事の重要ポイントまとめ】
- 意味:退勤時には「仕事を終えて帰る」、訪問時には「相手の家や部屋に入る」という意味で使われる。
- 敬語:「上がらせていただきます」は使える表現だが、「させていただく」は相手の許可や恩恵との関係を考えて使うことが大切。
- 言い換え:退勤時は「お先に失礼いたします」、訪問時は「お邪魔いたします」など、場面に応じた表現を選ぶと自然。
【意味を解説】「上がらせていただきます」は退勤と訪問で意味が変わる
「上がらせていただきます」の意味を理解するには、まず「上がる」という動詞が持つ複数の意味を押さえる必要があります。
国立国語研究所の「日本語基本動詞バンク」では、「上がる」には仕事を終えて職場を出る意味と、相手の家を訪問する意味があると説明されています。この違いが、同じ表現を異なる場面で使える理由です。
1.退勤時は「仕事を終えて帰る」
職場で「上がる」と言えば、勤務を終えて帰ることを指します。「今日は定時で上がります」「そろそろ上がります」といった使い方が代表的です。
この意味で「上がらせていただきます」と言うと、仕事を終えて帰ることを、相手への配慮を込めて丁寧に伝える表現になります。
例えば、同僚がまだ仕事を続けているときに「お先に上がらせていただきます」と伝えれば、自分が先に退勤することを知らせながら、相手への気遣いも示せます。
2.訪問時は「家や部屋の中に入る」
一方、訪問先で使う「上がる」は、相手の家や部屋に入ることを意味します。特に日本の住居では、玄関で靴を脱いで室内に入る動作と結び付いています。
招かれた相手の家で「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて上がらせていただきます」と言えば、招待や許可を受けて室内に入ることを丁寧に表現できます。
ただし、訪問先が取引先のオフィスや会議室であれば、「失礼いたします」「お邪魔いたします」の方が自然な場合もあります。「上がらせていただきます」をあらゆる入室場面で使う必要はありません。
【敬語として正しい?】「させていただく」の適切な使い方と注意点
「上がらせていただきます」は、文法的に誤った表現ではありません。ただし、丁寧な言葉を選べば、どのような状況でも適切になるというわけではありません。
文化庁の「敬語の指針」では、「(お・ご)……(さ)せていただく」という形式について、基本的に次の2つの条件を満たす場合に使うと説明しています。
- 相手側または第三者の許可を受けて行うこと。
- その行為によって自分が恩恵を受けるという事実や気持ちがあること。
この考え方を「上がらせていただきます」に当てはめると、相手から室内に入ることを認められたり、勤務を早めに切り上げることについて了承を得たりした場面では、表現の意味が明確になります。
「させていただきます」を使うのが自然なケース
例えば、訪問先の人から「どうぞ、お上がりください」と勧められた場合です。相手の許可を受けて室内に入るため、「上がらせていただきます」は文脈に合った表現です。
勤務時間の途中で退勤する必要があり、上司に早退の許可を求める場合も同様です。「恐れ入りますが、本日は体調不良のため、早退させていただいてもよろしいでしょうか」と伝えれば、相手に判断を求める意図が明確になります。
丁寧でも、使いすぎると不自然になる
反対に、通常の勤務を終えて帰るだけで、許可を得る必要も特別な事情もない場面では、「お先に失礼いたします」と簡潔に伝えても十分です。
「させていただく」は、相手への敬意を示すために何にでも付ければよいという表現ではありません。文化庁の指針も、許可や恩恵との関係によって適切さが変わると説明しています。
なお、「上がらせていただきます」は二重敬語だから間違いだ、という理解も適切ではありません。大切なのは、敬語の数を増やすことではなく、誰に対して、何を伝えるのかを明確にすることです。
【退勤時の挨拶】「お先に上がらせていただきます」の正しい使い方と例文
職場で使う「上がらせていただきます」は、勤務を終えることを伝える表現です。特に「お先に」を付けると、自分が周囲より先に退勤することを伝えられます。
上司や先輩に伝える場合
例文1:通常の退勤時
「お疲れさまです。本日はこれで上がらせていただきます。お先に失礼いたします。」
普段から「上がる」という言葉を使う職場なら、自然な挨拶です。より幅広い職場で使える表現にしたい場合は、「お先に失礼いたします」だけでも問題ありません。
例文2:定時で退勤する場合
「お疲れさまです。定時になりましたので、お先に失礼いたします。」
退勤の理由が勤務時間の終了であることを簡潔に伝えています。通常の退勤に特別な許可が必要でない場合は、この程度の表現で十分です。
例文3:上司に早退の許可を求める場合
「申し訳ありません。体調が優れないため、本日は早退させていただいてもよろしいでしょうか。」
これは退勤の報告ではなく、早退の許可を求める表現です。相手の判断が必要な場面では、単に「上がらせていただきます」と言い切るよりも、確認の形にする方が適切です。
同僚に伝える場合
例文4:普段の職場で先に帰る場合
「お先に上がります。お疲れさまでした。」
同僚同士や、普段から気軽にやり取りしている職場では、「お先に上がります」でも自然です。必要以上にかしこまった表現にしなくても、挨拶と感謝が伝われば十分です。
社外の人や取引先がいる場面
例文5:会議や打ち合わせの途中で退席する場合
「恐れ入りますが、次の予定がございますので、こちらで失礼いたします。」
この場面では「上がる」よりも「失礼いたします」の方が適しています。会議を終えて帰るのではなく、相手との会話や会合から途中で退席することを明確にできるためです。
退勤時の挨拶では、職場の慣習、相手との関係、退勤の理由を踏まえて表現を選ぶと、丁寧さと自然さを両立できます。
【訪問先での使い方】目上の人の家や会社では何と言う?
訪問先で「上がらせていただきます」を使う場合は、相手が室内に入ることを認めているかどうかがポイントになります。
目上の人の自宅に招かれた場合
例文1:室内に入るとき
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて上がらせていただきます。」
招待や許可を受けたことを踏まえた表現です。相手への感謝を添えることで、かしこまりすぎず、自然な印象になります。
例文2:訪問の挨拶として使う場合
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。お邪魔いたします。」
こちらは、室内に入るときの挨拶として使いやすい表現です。「お邪魔いたします」は、相手の空間に入ることへの配慮を示せるため、相手の自宅だけでなく、オフィスを訪問する際にも使えます。
取引先のオフィスや会議室に入る場合
例文3:商談のために訪問した場合
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。失礼いたします。」
会社への訪問では、入室時に「失礼いたします」と伝えるのが使いやすい表現です。「上がらせていただきます」でも文脈が通じる場合はありますが、オフィスへの入室を表す言葉としては、やや家庭的な響きになることがあります。
相手の許可を得ていないときはどうする?
訪問先でまだ室内に入る許可を得ていない場合は、いきなり「上がらせていただきます」と言うのではなく、相手の案内を待つか、確認するのが適切です。
例えば、「こちらでお待ちしていればよろしいでしょうか」「中に入ってもよろしいでしょうか」と尋ねれば、相手の意向を尊重しながら行動できます。
「上がらせていただきます」は、訪問先ならいつでも使える決まり文句ではありません。招待された自宅なのか、取引先のオフィスなのか、相手の許可があるのかによって、自然な言い方は変わります。
【言い換えを比較】「帰らせていただきます」と「お先に失礼いたします」の違い
退勤時に迷いやすいのが、「上がらせていただきます」「帰らせていただきます」「お先に失礼いたします」の使い分けです。いずれも退勤に関連して使われますが、伝わるニュアンスには違いがあります。
| 表現 | 主な意味・ニュアンス | 適した場面 | 使う際のポイント |
|---|---|---|---|
| お先に上がらせていただきます | 先に勤務を終えて帰ることを丁寧に伝える | 職場での通常の退勤 | 「上がる」が日常的に使われる職場に向いている |
| お先に失礼いたします | 周囲より先に退席・退勤することを丁寧に伝える | 上司、先輩、取引先がいる場面 | 幅広いビジネスシーンで使いやすい |
| 帰らせていただきます | 帰ることについて、許可や配慮を受けるニュアンスを含む | 帰宅や早退の事情を説明する場面 | 許可が必要な場合は、質問の形で確認すると明確 |
| 退勤いたします | 勤務を終えることを事務的・明確に伝える | 業務連絡、勤怠に関する報告 | 挨拶が必要な場面では「お先に失礼いたします」などを添える |
| 上がらせていただきます | 相手の家や部屋に入ることを丁寧に伝える | 自宅への訪問、招待を受けた場面 | オフィスでは「失礼いたします」も検討する |
「帰らせていただきます」は失礼な表現なのか
「帰らせていただきます」自体は、正しい形の敬語表現です。ただし、状況によっては、帰ることを一方的に決めているように聞こえる可能性があります。
例えば、予定より早く帰る必要がある場合は、「申し訳ありませんが、本日は早退させていただいてもよろしいでしょうか」と確認する方が適切です。一方、通常の退勤であれば、「お先に失礼いたします」と伝えるだけでも十分に丁寧です。
「帰らさせていただきます」は正しい?
「帰らさせていただきます」は、一般的な標準語の使い方では避けたい表現です。「帰る」に「させていただく」を付ける場合は、「帰らせていただきます」が正しい形です。
同様に、「休まさせていただきます」ではなく「休ませていただきます」、「行かさせていただきます」ではなく「行かせていただきます」とします。丁寧に話そうとして「さ」を余分に加えないよう注意しましょう。
【プロの結論】ビジネスメールでは簡潔さと状況説明を優先する
会話では自然な「お先に上がらせていただきます」も、ビジネスメールでは、誰が何をするのかを明確にした表現にすると伝わりやすくなります。
特に、上司への退勤報告、取引先への連絡、早退の相談では、それぞれ目的が異なります。敬語を統一するのではなく、連絡の目的に合った言葉を選びましょう。
退勤を報告するメールの例文
件名:本日の業務終了について
お疲れさまです。
本日の担当業務が完了しましたので、これより退勤いたします。
対応が必要な事項がございましたら、明日確認のうえ対応いたします。
よろしくお願いいたします。
この例文は、退勤することを明確に伝えつつ、残っている業務への対応方針も示しています。社内のメールやチャットでは、職場のルールに合わせて必要な情報だけを記載するとよいでしょう。
早退について上司に相談するメールの例文
件名:本日の早退についてのご相談
お疲れさまです。
体調不良のため、本日は早退させていただきたく、ご相談いたします。
現在の業務状況と引き継ぎ事項については、整理して共有いたします。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、ご確認のほどよろしくお願いいたします。
このように、早退の相談では理由と業務への影響を伝えると、上司が判断しやすくなります。実際の連絡では、会社の勤怠ルールに従って必要な手続きを行ってください。
表現を選ぶときの3つの判断基準
- 許可が必要か:早退や予定変更など、相手の判断が必要なら、許可を求める表現を使う。
- 何を伝えるのか:通常の退勤なら「お先に失礼いたします」、勤務終了の報告なら「退勤いたします」など、目的に合わせる。
- 誰に伝えるのか:社内の慣習や相手との関係を踏まえ、自然で分かりやすい言葉を選ぶ。
敬語の丁寧さは、長い表現や複雑な言い回しだけで決まるものではありません。必要な情報を過不足なく伝え、相手への配慮を示すことが、ビジネスコミュニケーションでは大切です。
【上がらせていただきます】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「上がらせていただきます」は上司に使っても失礼ではありませんか?
A1:失礼な表現ではありません。職場で普段から「上がる」を退勤の意味で使っているなら、「お先に上がらせていただきます」は自然です。より幅広い場面で使える表現にしたい場合は、「お先に失礼いたします」がおすすめです。
Q2:「上がらせていただきます」と「帰らせていただきます」はどう違いますか?
A2:「上がる」は職場で仕事を終えて帰る意味でも使われますが、「帰る」は帰宅する行為そのものを表します。通常の退勤時は「お先に失礼いたします」、早退などの許可を求める場合は「早退させていただいてもよろしいでしょうか」のように、状況に応じて使い分けると自然です。
Q3:訪問先で「上がらせていただきます」と言うのは正しいですか?
A3:相手から室内に入ることを認められた場合は、正しい使い方です。例えば「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて上がらせていただきます」と言えます。取引先のオフィスなどでは「失礼いたします」や「お邪魔いたします」の方が自然な場合もあります。
Q4:「帰らさせていただきます」は正しい敬語ですか?
A4:一般的な標準語では「帰らせていただきます」が正しい形です。「帰らさせていただきます」は「さ」を余分に加えた形になるため、ビジネスでは避けましょう。
Q5:「上がらせていただきます」はメールでも使えますか?
A5:使えますが、退勤報告のメールでは「本日はこれで退勤いたします」「本日の業務を終了いたします」などの方が、用件が明確になります。相手との関係や社内の慣習に合わせて選びましょう。
まとめ:状況に合った敬語を選び、失礼のない挨拶を
「上がらせていただきます」は、仕事を終えて帰る場合にも、訪問先で室内に入る場合にも使える表現です。どちらの意味になるかは、会話の状況によって決まります。
退勤時には「お先に上がらせていただきます」「お先に失礼いたします」、訪問時には「お言葉に甘えて上がらせていただきます」「お邪魔いたします」など、場面に応じた言い換えを選ぶと、相手に意図が伝わりやすくなります。
また、「させていただく」は、相手の許可や自分が受ける恩恵との関係を考えて使うことが大切です。必要以上にかしこまった表現を重ねるよりも、相手と状況に合った言葉を選ぶ方が、自然で伝わりやすい敬語になります。
迷ったときは、通常の退勤なら「お先に失礼いたします」、訪問先で室内に入るなら「失礼いたします」や「お邪魔いたします」を基本にするとよいでしょう。相手への配慮と、用件の分かりやすさを両立することが、失礼のない挨拶につながります。
公的な根拠として、文化庁の「敬語の指針」と国立国語研究所の「日本語基本動詞バンク」を参照しています。